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2022/1 Vol.125

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特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方

システムズエンジニアリングの中での機械工学

西村 秀和(慶應義塾大学)

潰しが効く機械工学

機械工学者が他の分野に適応する

筆者が学生の時代に、機械工学出身者は「潰しが効く」と言われていることを耳にすることが多かった。広辞苑によれば、『(地金にしても役に立つ意から)現在の職業・仕事を離れた場合、他の職業・仕事に十分に適応し得る。』ということである。これが真実かどうかを、統計をとって調べたわけではないが、機械工学を修めた者が他の分野に転身して適応している例が多かったのではないかと思われる。

機械工学で学ぶ4力:材料力学、熱力学、流体力学、機械力学+制御工学は、さまざまな分野でエンジニアリング活動を実践する上で役立つことは言うまでもない。例えば、社会基盤を支える電力を作り出すことを考えてみても、従来からある火力、水力、原子力による発電プラントはもとより、風力、波力、地熱などの再生可能エネルギーから電力を生み出すために、機械工学の貢献するところは極めて大きい。ほかにも人や物の移動を支える航空機、船舶、自動車、それに関わる設備など、機械工学はさまざまなところでこれらの実体をつくりあげるために欠かせない技術である。

ところが昨今では、Cyber-Physical System(CPS)やIoT(Internet of Things)などの技術、さらに、仮想空間に現実の空間を再現させるデジタルツインの技術が求められ、仮想空間が現実の世界に存在する実体に覆い被さり注目をさらっていくかのように見える。こうした状況の中で、今後、機械工学を専門とする者がどのように対応することが求められているのであろうか? また、学問としての機械工学に対して、どのようなあり方が求められているのであろうか?

36年前に機械工学の学士となり、その後、修士課程、博士課程を経て、教員として機械力学・計測制御分野の研究・教育を17年間続け、さらに、その後システムズエンジニアリングの世界に足を踏み入れて14年を経たところにいる筆者自身が考えることを以下に述べたいと思う。当然ながら、自身の浅学により、偏った考えが現れてしまうことをご容赦いただきたい。

振る舞いの理解

力学モデルを用いて分析し総合する

機械工学を学ぶことで身につけることができる能力は、機械がうまく動くように分析し、総合することであると考えている。ここで、「うまく動く」という点に注意して欲しい。動作と言っても良いが、「振る舞い:behavior」と呼びたい。機械工学を修めた者は、機械の振る舞いの理解を通して、さまざまなモノやコトの振る舞いの理解ができるようになっているのではないかと思う。機械工学では、力学モデルについて考えることが基本となっていて、そこでは、力の作用によって、どのような振る舞いが生じているのかを考えることになる。このモデルを記述する能力も、また、重要であり、どこに問題があるのかを見極めた上でその視点からモデルを構築している。このモデルでは、力がどこから入るのかを明確に定義し、微分方程式や偏微分方程式などを用いて理論的に記述することを基本としている。

分析するにしても総合するにしても、その目的と対象を明確にしなければならない。対象とする力学的な問題をモデリングする際には、外部環境からどのような作用が対象に及ぶのかを把握することが求められる。例えば、機械力学の演習問題には、人工衛星が月からの重力を受けて着陸を試みる図や、自動車がサスペンションで路面をとらえて走行する図が並ぶ(1)。月からの重力、路面からの外乱といった外部環境による影響を考慮したモデリングは、全体を俯瞰することにつながる。このように外部環境からの作用を最初から考えようとするところは機械工学の特徴と言えるのではないだろうか。

人と相互作用すること

機械は人のためにあり相互作用する

CPSを考える際に、忘れてはいけないことが人の存在である。最近は、CPSに人が相互作用することを考慮して、Cyber-Physical Human Systems(CPHS)を対象とする研究がある(2)。人と接するものは物理空間に存在するものであることを忘れてしまってはいけない。すなわち、サイバー空間からさまざまなデータや情報に基づいて人への働きかけがあるからと言って、人がサイバー空間と直接相互作用するのではない。人は物理空間に存在する“機械”を介してサイバー空間と相互作用する。図1は、CPSの中に、人と何らかの相互作用のある接続をした物理エンティティと、サイバーエンティティがあり、その外には天候や地形などの自然環境があり、また、道路や橋などの社会インフラが物理エンティティとつながっていることを表している。

CPHSは、さまざまな企業体などがIoTの技術を駆使して、複数のシステムから構成される複雑なものとなる場合がある。このような全体をSystem of Systems(SoS)と呼ぶ(3)。SoS全体に対して、ある共通の目的をもって集中管理、統制ができているか否か、構成するシステムが合意された目的に協調できているか否か、あるいは明確な目的はなく仮想的につながっているのみか、といった分類が定義されている。現実の世界ではこうした複雑な関係性をもった仕組みの中でビジネスが成立し、製品やサービスが提供されている。完全自動運転が可能な自動車を用いてタクシー会社を運営しようと考えた場合の関係性を図2に示す。損害保険会社、インターネットサービスプロバイダ、地図情報プロバイダ、支払い管理などの企業やサービスと連携して、そのビジネスを成立させようと考えて描かれた図である。

人は現実の物理空間で生活しさまざまな営みを行っており、図1に示したとおり、そこに提供される製品やサービスが人と相互作用する。その背後には、サイバー空間が存在し、そこではデジタルツインで人との相互作用を分析あるいは推論しているのかも知れない。こうした中での個人情報の扱いには注意が必要であり、また、システム側からの人への働きかけに関しては倫理を考慮した設計(Ethically Aligned Design: EAD)が重要となってくる(4)

図1 自然環境の中にあるCPSと社会インフラと人の関係

図2 System of Systemsを構成するビジネス事例

システムズエンジニアリング

製品やサービスをエンジニアリングする

製品やサービスあるいは企業体をシステムとして捉え、このシステムを実現するためにエンジニアリングするアプローチおよび手段をシステムズエンジニアリングという。ここでシステムは、相互に関連し全体として機能するコンポーネントの集まりと定義され、コンポーネントとしてはハードウェア、ソフトウェア、人、設備などが含まれる。国際的にシステムズエンジニアリングの普及を図る活動を行っているINCOSE(International Council on Systems Engineering)では、システムズエンジニアリングを「システムを成功裏に実現するための複数の分野にまたがるアプローチおよび手段」と定義している(5)。一般にシステムには、コンセプトを検討しはじめてから廃棄に至るライフサイクルステージがあり、ライフサイクル全体を通じてQCD(Quality, Cost, Delivery)を守ることが求められる。このような活動を行うには、さまざまな領域の学問、知識を必要とする。当然ながら、機械工学のみでこれを成し遂げることはできない。

近年では、新たな価値を生み出すためにDX(デジタルトランスフォーメーション)を導入することが求められ、デジタルエンジニアリングやDevOps(Development とOperationを組み合わせた造語)といった新たなエンジニアリング活動への対応を迫られている(6)(7)。自動車産業では、コネクティドの技術により、運用環境中の情報収集をするばかりではなく、ファームウェアやソフトウェアの更新をOTA(Over The Air) で実施することが求められる。さらに事前の検証のために現実の世界と同じ状況を仮想空間につくり、そこでシミュレーションを行うデジタルツインが必要とされる。図3は、自動車の先行開発から量産開発、製造、運用、保守・サポートのステージの中でIoT技術、コネクティド技術を活用して、どのようなエンジニアリング活動によってDevOpsが実現できるようになるのかを考えるために描いた図である(8)

図3に示したデジタルエンジニアリングの活動を推進し、製品あるいはサービスの品質を保証し、さまざまな技術的なリスクをマネジメントしていくためには、異なる専門分野のエンジニアとの協働作業が必須となる(6)(7)。これには複数の専門分野のエンジニア間で円滑なコミュニケーションをとる必要がある。モデルに基づくシステムズエンジニアリング(MBSE)(5)は、対象とするシステムを複数の専門分野で共有できるモデルとして記述することを前提にシステムズエンジニアリングを推進するアプローチであり、これは、デジタルエンジニアリングの活動の中でサブセットになると言われている(9)

CPHSを成立させるには、システムズエンジニアが技術に関するとりまとめ役となり、開発対象とするシステムが利用ステージでどのような環境下に置かれ、外部にあるシステムとどのように相互作用するかを把握する必要があり、その上で、例えば、物理エンティティに機械工学が関与するコンポーネントがあるならば、機械工学者はこれをつくるための分析、総合、設計、構築などに関与する。あるいは、利用ステージではない、製造、保守、廃棄などの他のステージでCPHS全体を有効にするためのシステムの実現に関わる者もいる。そうした全体のエンジニアの関与の様子を描いたのが図4である。機械工学者は、システムズエンジニアのもとで、電気、電子、ソフトウェアなどの専門性を持つエンジニアとともに、分析、総合・設計、製造の協働活動に関与するか、あるいは、別のステージである運用、保守、廃棄などに関わることになる。

図3 Connected技術を活用したエンジニアリング活動の中でのDevOps

図4 CPHSを実現するためのエンジニアたちの協働
(IT: Internet Technology, PE: Physical Entity, S/W: Software)

CPHSのような複雑なシステム全体をモデルとして記述し、さまざまなエンジニアリング活動に結びつけるための仕組みとしてシステムズモデリング言語SysML(Systems Modeling Language)(10)をもとにしたSysML v2が提案されている。最初に何が問題となっているかを明確にして、それを解決に導くために要求を定義し、システムをさまざまな専門分野のエンジニアが協働して開発、製造し、運用・保守し、最後に廃棄に至るまでのライフサイクルステージ全体の中で、モデルを共有しようとする仕組みである(11)。こうした仕組みを活用することが今後、さまざまなエンジニアに求めれることになると考えられる。

コネクトされる世界で何をすべきか?

機械がコネクトされて振る舞うことを知る

機械はCPHS、IoTなどとともに、製品あるいはサービスの中に存在して、人々に提供される。そこには、機械工学をもとにした技術が活かされ、特に人が物理空間で利用するところと密接な関わりを持つ。サイバー空間により提供される機能はこれまでにない新しい価値を人々に提供することに大きく貢献する。しかし、それでも直接的に人と接し、人のために動き、人のために働くのは“機械”である。これを支えるのが機械工学であることをまず、再認識しておくことが重要であろう。しかし、機械工学が、これまで通りの機械工学で良いかと言えば、それは否であろう。

ここまでに述べたとおり、これまでの機械工学が扱ってきたこととは、異なる点があることに注意する必要がある。それは、サイバーエンティティとのインタフェースがあることである。すなわち、図4のサイバーエンティティにある情報技術(IT)と、物理エンティティの要素であるPE1、PE2との間の赤色の実線がこれに該当する。これを単に、物理的にコネクトされていると理解するに留めてはいけない。そこには「振る舞い」がある。サイバーエンティティとコネクトされた物理エンティティが、あるいはそこにある機械が何をすることが期待されているのか?この結果、人々にどのような作用をし、良い効果を与えるのか、あるいは何らかの影響を与えようとしているのか?こうしたことを明確に定義して、エンジニアリング活動をしていくことが求められている。こう考えてみると、間違いなく、これまでの機械工学の範疇を超えざるを得ない。

それでは、機械工学者が、あるいは機械工学そのものが、どこに向けてその学問を超えていくと、人々により良い価値を提供できるのか。図3に描いてみたとおり、企業では、より良い価値を提供するビジネスを成立させるために、一つの大きな活動として、DevOpsを実施しようとしている。そこでは、これまで個別の部署に分かれて活動をしてきたIT、ソフトウェア、ハードウェアなどの技術者、運用者、保守員などが、協働で作業することが必須となる。これを実践するためのアプローチであるシステムズエンジニアリングを推進する際に、機械工学者はどのような役割を担うのか、これまでに身につけた専門性に加えて、何を学び、そして身につけなければならないのか。他の専門性をもつエンジニアと協働していくための新しいトレーニングプログラムが必要になるのではないかと考える。


参考文献

(1) J.L. Meriam, L. G. Kraige, J. N. Bolton, Engineering Mechanics: Dynamics (2015), WILEY.

(2) Sulayman K. Sowe, Eric Simmon, Koji Zettsu, Frederic de Vaulx and Irena Bojanova, Cyber-Physical-Human Systems Putting People in the Loop, IT Pro, IEEE Computer Society (January/February 2016), DOI: 10.1109/MITP.2016.14.

(3) ISO/IEC/IEEE 21841: 2019, Systems and Software Engineering – Taxonomy of Systems of Systems.

(4) The IEEE Global Initiative on Ethics of Autonomous and Intelligent Systems, Ethically Aligned Design, First Edition: A Vision for Prioritizing Human Well-being with Autonomous and Intelligent Systems (2019), https://standards.ieee.org/content/dam/ieee-standards/standards/web/documents/other/ead1e.pdf(参照日2021年11月6日).

(5) Systems Engineering Handbook : A Guide for System Life Cycle Processes and Activities, , 4th Ed. (2015), INCOSE, Wiley

(翻訳書:システムズエンジニアリングハンドブック第4版,慶應義塾大学出版局,西村秀和監訳 (2019) ).

(6) IEEE 2675-2021 – IEEE Standard for DevOps: Building Reliable and Secure Systems Including Application Build, Package, and Deployment, IEEE STANDARDS ASSOCIATION (2021).

(7) Michael E. Porter and James E. Heppelmann, “How Smart, Connected Products Are Transforming Competition”, Harvard Business Review, THE OCTOBER 2015 ISSUE (2015).

(8) 西村秀和, モデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)の活用とDX, 2021年度日本機械学会年次大会講演論文集, F182-04.

(9) Digital Engineering Metrics, SERC-2020-SR-003, Systems Engineering Research Center, June 8, 2020

https://sercuarc.org/wp-content/uploads/2020/06/SERC-SR-2020-003-DE-Metrics-Summary-Report-6-2020.pdf(参照日2021年11月6日).

(10) Sanford Friedenthal, Alan Moore, Rick Steiner, A Practical Guide to SysML The Systems Modeling Language, 3rd Ed. The MK/OMG Press, Morgan Kaufmann

(翻訳書:システムズモデリング言語 SysML,東京電機大学出版局,西村秀和監訳 (2012)).

(11) Systems Modeling Language (SysML®) v2, API and Services, Request For Proposal (RFP), OMG Document: ad/2018-06-03,

https://github.com/Systems-Modeling/SysML-v2-Release/blob/master/README.md(参照日2021年11月6日).


<フェロー>

西村 秀和

◎慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 委員長/教授

◎専門:システムズエンジニアリング、MBSE、システムズモデリング、システム安全、システム制御

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