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2022/1 Vol.125

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特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方

工学リテラシーとしての機械工学

岩附 信行(東京工業大学)

はじめに

昨今、細分化された専門分野に偏らず、分野横断的な教育を行い、いわゆるスペシャリストではなくジェネラリストを養成することに重きを置く傾向がある。また、少子化にともない、さまざまな大学で学科組織の再編などが進んでおり、中には1学部1学科として、いわゆる総合的なカリキュラムを策定する動きもあると聞く。筆者の勤務する東京工業大学においても、2016年の教育改革により、大学院研究科が再編され、学士課程・大学院課程が統合された学院となり、とりわけ、それまで4学科に分かれていた機械工学関連学科が機械系という1組織にまとめられた(1)。さらに、機械系に限定されず多くの系の学士課程修了生が進学して理工学を横断的に学べる大学院課程複合系コースが創設された。

それまで、個々の学科で個性ある教育を推進していたが、機械系として教育すべき範疇を明確化すること、さらに、学士課程1年で系に所属しない段階、つまり機械系以外の系に進学する学生に対する教育、さらには大学院課程で複合系コースに進学する学生への教育について貢献することを日々議論しつつ、改善を図っているところである。

ここでは、上記の目的に沿って行っている、東京工業大学工学院ならびに同学院機械系における教育の取り組みの2件について紹介する。

工学リテラシー授業

東京工業大学工学院は学士課程1年生(定員358名)に対して創造性育成実習授業「工学リテラシー」を開講している。2016年の教育改革前は、当時の1年次学生組織である旧4類(機械工学関連学科・経営システム工学科へ所属予定)、旧5類(電気電子工学科へ所属予定)がそれぞれ学士課程新入生向け類リテラシーを開講していたが、工学院創設とともに新たな科目を創設することになった。

特に旧4類の機械工学系リテラシーは、2008年度の日本工学教育協会の工学教育賞業績賞を受賞(2)したり、2008年度大学改革推進事業「質の高い大学教育推進プログラム」に採択されるなど高い評価を受けていたが、旧5類のリテラシー科目と統合して、これまでの倍以上の学生を対象とする「工学リテラシー」に改編することとなった。

新たな「工学リテラシー」の授業目標を「工学院の新入生が2年次以降に積極的に専門教育を受けられるように、高校までの一般教育と2年次以降の専門教育との橋渡しをするとともに、工学的センスや問題解決の姿勢などを身に付ける」と設定した。前述のように、学士課程1年生が工学院在籍の1年後に、工学院の機械系、システム制御系、電気電子系、情報通信系、経営工学系に所属することを前提に、2年次以降に各系での学修で必要となる工学技術、問題解決への取り組み方などを学べるよう、さらには、1年次は、数学、物理などの基礎科学、第1、第2の外国語などを必修科目として履修しているため、工学へのモチベーションを維持できるように、魅力的な実習を体験できるように検討を重ねた。新たな側面としては、工学院の各系において優秀な学生が志望するように、各系の特色をアピールできるような実習テーマを策定しようとする系間の適切な競争を誘引したことがあげられる。

表1に、工学リテラシーの内容を示す。受講学生を45名×8班に分け、100分授業×7週で2種類の実習を行う。ただしテーマ番号3は実習一つである。週の2日を使い、それぞれ4班ずつ実習を行っている。クォータに対応する4クールの1年間で学生はすべての実習を体験できる。

テーマ番号1〜3は機械工学に関連深いものである。もちろん、テーマ番号2の「ものを制御する」は、システム制御系に、テーマ番号3の「無線操縦自動車を創る」は電気電子系にも強く関連していてそれぞれ実習の計画・実施を主導いただいている。

いくつか例をあげると、図1は、「ものを加工する」(機械工作実習)の実習風景写真である。汎用工作機械ならびにCNC工作機械による金属加工実習を行い、加工精度を測定・評価している。工学=ものづくりであるとすれば、自ら加工した経験は重要であるという認識はほとんどの教員が共有している。さらに、写真中の赤い作業着の学生は大学院課程の学生であり、訓練と資格検定を受けてTAに従事しており、彼らの教育という側面もある。

図2は「ものを熱で動かす」の実習写真であり、左図のような「ぽんぽん蒸気船」の銅パイプ加熱部、バルサ材の船体形状を設計・試作する。ろうそくで加熱された銅パイプの水中の端部から出る気泡により船が推進する。機械工学における熱工学、流体工学に誘っている。右図のように、競艇レースを行って優秀者を表彰することにより、受講学生の競争心をより優れた設計・改良に向けている。

図3は「無線操縦自動車を創る」の実習写真である。電気電子系による発案で、マイクロコンピュータを搭載した2輪車を無線操縦して、自動車レースを行い、優秀者を表彰する。マイクロコンピュータの簡単なプログラミングを体験でき、しかも、競争を楽しめるため、受講生の人気は高い。

このように、工学を学ぶ上で必要であり、かつ工学院所属各系の特色を出すことのできる実習を7種類、1学年358名すべての学生が受講できるようにするには、その設備、教員の膨大な労力が必要である。しかしながら、受講生には好評であり、授業のねらいである2年次以降の工学の学修へのモチベーションの維持、すなわちドロップアウトの防止のために十分機能していると考えている。また、それらの実習テーマに機械工学に関するものが多く、工学リテラシーとしての機械工学の意義を示している。

ただ、学院全体のリテラシーと拡大したために、機械工学分野の実習が削減されたものもある。具体的には、テクニカルイラストレーションや第三角法による機械製図の実習である。「ものの形を創る」(3D-CAD実習)があるものの、コンピュータ操作での立体図作成とそれを用いた有限要素解析などのCAEを体験させているが、受講生の立体図形の認識力には効果が低いかもしれない。

表1 工学リテラシーの実習内容

図1 工学リテラシー 実習「ものを加工する」

図2 工学リテラシー 実習「ものを熱で動かす」

 

図3 工学リテラシー 実習「無線操縦自動車を創る」

図形科学とCG授業

工学のスキルの代表的なものの一つに「立体図形の認識と表現」がある。特に機械工学においては機械設計製図において、工業規格に則って、第三角法による製図ならびにテクニカルイラストレーションにより、設計者が第三者に設計情報を伝達するスキルである。また、その機械設計製図の受講以前に図法幾何学を教養科目として学んでいたかと思われる。

しかしながら、筆者の所属する東京工業大学の旧4類(機械工学関連学科)では2004年頃から、図法幾何学・図学製図の受講者が激減するとともに、各学科での機械製図授業を簡略化する傾向が目立っていた。もちろん、その背景には、旧来の機械工学関連科目ではなく先進的な講義科目の導入が進んだためもある。また、前述のように、3D-CADを導入し、機械部品の設計・描画を可能としているものの、第三角法による機械設計製図の授業時間は減少していた。その一方、機械系教員の大半は、研究室に所属してくる学生は第三角法図面の読み描きのスキルは当然もっているものと考えている。

さらに、学生は2D-CAD/3D-CADを含め、各種のグラフィクスソフトを駆使して、さまざまな立体を描画しているが、それらをほとんどブラックボックス的に使用しており、果たしてその描画の原理を理解しているか、換言すれば、既存のグラフィクスソフトを使用せずに、立体図形の認識と描画ができるのか心もとないとも考えられた。

そこで、上記の問題を解決するために、教員のWGをつくって検討を重ね、2006年度から、旧来の図法幾何学・図学製図授業を改編して、新たに旧4類1年次科目「図学・図形科学第二」という演習授業を立ち上げた(3)。このとき、①CAD、CGの基礎として、平面および空間図形の描画原理を数理的に取り扱うこと、②その原理に基づいてコンピュータ実習で描画を行うが、ブラックボックスのソフトウェアとせずに、ソースコードを公開するとともに、学生自身がプログラミングを体験できるものとした。

さらに、2016年の東京工業大学教育改革に伴って、機械系学生に限定することなく、工学院1年次学生主体さらには希望すれば、理学院、物質理工学院、情報理工学院、生命理工学院、環境・社会理工学院所属の1年次学生も履修可能とした全学科目に改編し、「図形科学とCG」という演習授業を開講した。このとき、これまでの図法幾何学の演習授業(図形科学第一を経て図学1、2)もこの授業に組み込むこととした。

表2に、新たに開講した「図形科学とCG」の授業内容を示す。100分授業×14回の講義とし、3、4クォータの後期に開講している。もとより理工系教養科目の一つで、必修科目ではないが、全6学院から計260名程度の受講があり、学生を2クラスに分けて、週に2回開講している。

第1週から3週は図法幾何学の授業で、学生は定規、コンパス、鉛筆、消しゴムを用いて図形を手描きするとともに、幾何学的に立体の実長や角度などを計測することを学ぶ。特徴として、図法幾何学を従来の第一角法ではなく、機械製図に用いる第三角法で講述(4)しており、機械工学を学ぶにあたっての最低限の製図規則を教えていることになる。

第4週〜14週は図形の数理の講義ののち、コンピュータを用いた計算ならび描画の演習である。BYOD(Bring Your Own Device)制として、学生にノートPCの持参を義務付けており、学生にさらなる経済的負担をかけないようにするため、無償提供されるプログラム開発環境とすることにして、熟慮の結果、MS社のBASICプログラムを用いる環境とした。他の候補もあったが、グラフィクス関連のヘルプ機能が詳細でなく、逆にブラックボックスとして描画してしまうソフトウェアを避けた。なにより学士1年生でまだプログラミング教育を受けていない学生には、ほとんど数式のままコードを記述できるBASICが適していると考えている。

表2 図形科学とCGの講義内容

第4週以降の講義内容のいくつかを紹介すると、「立体の直観的投影とその代数表現」では、立体上の座標を入力して立体のさまざまな投影図を例えば図4のように描画する。図のように、第三角法も投影の一環であることが理解される。第5〜7週では、図形のベクトル表現を学び、それを用いて立体図形の交線や交面を計算・描画する。高校数学の範囲を超えて、多種の曲面が表現できること、3D-CADで簡単に描画される交線や交面の計算原理が理解できる。

図5は、二つの媒介変数で表せる円すい側面を平面で切ったときに得られる双曲線を描画した例である。この円すいと平面の交線は代数的に導くこともでき、それを実際にコンピュータを使って描画することにより、学生の理解を促進する。

第8週の「多面体による曲面表現」ではのちのち有限要素解析などに用いられる自動メッシング、実際の有限要素法構造解析などを体験する。図6上図は3Dスキャナで取り込んだ点列をメッシングしたもので、下図は、その隠れ線を消去したうえで、パッチと光源の成す角から陰影を付与したものである。このような技術はVideoゲームやアニメーションのキャラクタ描画技術に通じることを学ぶ。

第11週の「座標変換」では、回転の座標変換行列を用いた変換が重要である。単に描画だけではなく、この行列を剛体の3次元角運動、並進運動の表現に用いることを詳しく説明することにより、工業力学の内容も併せて理解できる。図7は、これを利用したフライトシミュレーションの描画例である。

図8は、この授業の内容の総まとめとして、地面に描かれた像が鏡筒に反射して歪んで見える図について、見たい図形をスプライン補間の一筆書きで与えて、視点から図形上の点を通って鏡筒で反射して地面に到達する光線のベクトル計算を行うことにより地面の元図形を求めている。

受講生の反応は、「興味深いが難しい」というものが多いようだが、概ね好評である。また、前述のように、将来、機械工学で用いるスキルの一つである立体図形の認識と描画について工学院だけではなく広く理工学を学ぶ学生にリテラシーとして教育しているともいえると考えている。

図4 図形科学とCG「立体の直観的投影と代数表現」例

 

図5 図形科学とCG「空間図形の交線と交面」例

図6 図形科学とCG「多面体による曲面表現と陰影」例

図7 図形科学とCG 座標変換の例

図8 図形科学とCG「図形と光と影(反射と屈折)」例

おわりに

汎用性が高い総合型学問である機械工学のどの部分を、あるいはどこまで、機械系学生にとどまらず工学全般を志す学生に教育すべきか、いまだ検討中であり、試行錯誤しているところである。その例として、東京工業大学工学院で学士課程1年生に開講している二つの授業について紹介した。本稿が少しでも諸賢の参考になれば幸いである。また、ご意見、コメントは大歓迎である。

最後に、本稿で紹介した授業「工学リテラシー」と「図形科学とCG」の計画立案ならびに授業担当いただいている東京工業大学工学院の各教員に謝意を表す。


参考文献

(1) 東工大教育改革の歩み, 東京工業大学, https://www.titech.ac.jp/education/reform (参照日:2021年11月23日).

(2) 岩附信行, 東京工業大学工学部第4類の新入生向け創造性育成授業「機械工学系リテラシー」, 工学教育, Vol.59, No.5(2011), pp.82-87.

(3) 岩附信行, 高橋秀智, 天谷賢治, 早川朋久, 図形と数理を関連づけるコンピュータ図形科学教育~東京工業大学工学部第4類講義「図形科学第二」の試み~, 日本設計工学会平成20年度秋季大会研究発表講演会講演論文集, (2008), pp.91-94.

(4) 伊能教夫, 小関道彦, 例題で学ぶ図学 第三角法による図法幾何学(2009), 森北出版.


<フェロー>

岩附 信行

◎東京工業大学 工学院 教授

◎専門:ロボット工学、機械運動学、機械力学

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