日本機械学会サイト

目次に戻る

2022/1 Vol.125

バックナンバー

特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方

座談会 ”機械屋は俯瞰力を磨け!”

機械系学生の就職状況は堅調であり、産業界における機械系技術者へのニーズは今後も高いといわれる。しかし、産業界で求められている機械技術および機械技術者像は必ずしも明確とはいえない。今後、機械系の研究者、技術者が自身の仕事に誇りを持ち、自信をもって若い世代に機械系技術の習得・進学を薦められるよう、機械工学・機械技術の今後のあり方を明示し、それに向けて何をすべきかを議論した。

 

<フェロー>

佐田 豊

日本機械学会 会長/(株)東芝 執行役員 研究開発センター 所長

<フェロー>

山崎 美稀

(株)日立製作所

研究開発グループ生産・モノづくりイノベーションセンタ 信頼性科学研究部/日立ハイテク 技術イノベーション本部

<フェロー>

西村 秀和

慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 委員長

<正員>

元祐 昌廣

東京理科大学 工学部機械工学科 教授/日本機械学会若手の会

 

佐田:本日はお集まりいただき、有難うございます。山崎さんは本会設計工学・システム部門や1DCAE関連の行事企画、技術者継続教育検討WGで活動いただいております。西村先生には機械力学計測制御部門のご活動やシステムエンジニアリングについてお話を伺いたいと思います。元祐先生には、若手の会の活動を通じたご意見をいただきたいと考えています。

西村:よろしくお願いします。私は、機械力学計測制御部門の2011年度部門長を務めました。2007年までは千葉大学で機械力学・制御の担当教員としてMATLABを用いて制御系設計を行う研究を中心にしていましたが、現在の所属に移ってからはシステムズエンジニアリング、この中の特にSysML(Systems Modeling Language;システムズエンジニアリングのためのモデリング言語)を応用する研究に取り組んでいます。機械工学というよりは総合工学に足を踏み入れています。

山崎:私は設計工学・システム部門の2020年度部門長を務めました。本年度は機械学会ロードマップ委員会の副委員長を務めながら、部門横断による技術のロードマップ策定の検討や、他の学会との連携を通じて議論できる企画を進めています。現在、日立製作所の研究開発グループに所属していますが、2020年から、日立ハイテクの技術イノベーション本部にも所属しながら、社会課題を起点に10年先の会社の将来価値を高める事業推進の検討に取り組んでいるところです。もともとは材料工学をベースとする製品設計の信頼性向上を専門にしていました。

元祐:私は、機械・電気・情報と建築が混ざったような教育課程から、熱物性・熱流体の研究、PIV(粒子イメージ流速計測法)開発、細胞と液体の関わり、マイクロチップ内の流体、狭隘部の輸送現象などを研究するようになりました。本会では、若手の会の副委員長を務めています。

佐田:皆さん、機械工学からさらに幅広い分野に取り組まれているのですね。私も同じように、学生時代はPIVや乱流構造を研究し、入社後7年くらいは電子機器制御技術などの研究開発に取り組んでいましたが、2000年頃、改札機が切符搬送から無線通信に置き換わることとなったのをきっかけに、機械で培われた土台を引き継げるようにBluetoothを使った研究開発に分野を切り替えました。その後、東芝の英ケンブリッジや北京の研究所にも赴任し、画像処理や量子物理、音声処理をやってきました。

機械工学への産業界の期待

佐田:昨今はSDGs、ESG投資(Environment・Social・Governanceも考慮した投資)、グリーンイノベーション、カーボンニュートラルといったトピックが企業活動に影響を与えるようになってきました。それとともに機械工学が大きく変わっていくと想定しています。四力学を学ぶことはもちろん変わらず必要ですが、ものづくりも大きく変化しているので、総合的に工学を学んできた機械技術者が社会の変革を牽引していくことが求められているように感じています。

山崎:時代の変化と共に、産業界も大きく変わろうとしていると思います。単に企業の経営利益を追求するだけではなくて、社会的責任をしっかりと果たしているかどうかなど、社会が私たちに期待するものを把握して、それを踏まえて変わろうとしていると思います。例えば、現在、世界のさまざまなところで起きている、気候変動は人類全体の社会課題であり、今後、企業はこの気候変動に対する課題を様々な領域において取り組んでいく必要があります。これは、すぐに会社の経営利益につながる戦略というよりは、社会的価値向上を追求し、将来の企業価値も一緒に向上していくことになります。気候変動などの社会課題解決に必要な技術は機械工学全般に関わると思いますので、今後、機械技術者の役割も大きくなっていくと思います。

佐田:企業では、総合的にシステムを見るということを特に機械技術者に期待する傾向にあると感じますが、なぜなのでしょうか?

西村:私は共同研究などで産業界の技術者と頻繁に関わりがあるのですが、機械工学を学んだ方がメーカーで総合工学的な仕事に就かれていることが比較的、多いように思います。現在はICTやAIを使って業務の高効率化を広げていく流れですが、やはりモノ(機械)の「振る舞い」をわかるのは、ベースとして四力を学んできた機械技術者なんだと思います。「機械屋はつぶしがきく」と言われていた時代がありましたが、この力が作用すると何が起きる、流体が動くと何が起きるということを理解できるんですよね。機械の「振る舞い」の知識をベースにして、周辺分野を取り込んでいる機械系出身者が企業で活躍しています。私は、そうした「振る舞い;Behavior」を理解することが全体を見通す力になると思っていて、少し広げてみると経済の理解にも通ずると考えています。

元祐:機械工学は、常に出口を見据えている学問だと思います。熱力学が、熱から動力を取り出すために生まれた学問であるように、人の利を生み出すという思想が根底にあるのだと思います。この思想が、機械系出身者が先を見通せるということにつながっているのではないでしょうか。

佐田:機械系技術者がそういった機械工学の背景を正しく理解できていると、組織の中でもっとうまく活躍できますよね。

西村:全体を見通すことも必要ですし、一方で基礎的なことをやる人もいないと困るんです。機械技術者にはその両方を求められるのが特徴的だと思います。エンジニアは通常、自分の専門に入り込む“癖”があるのですが、常に全体を意識する必要があると思います。例えば、水力発電であれば電力系統につながることを忘れ、自分が担当している装置だけを深く掘り下げてしまうだけでは困るわけです。

システムで課題を解決する素養を磨いてほしい

山崎:リクルーターを担当していて感じることですが、入社後は専門知識を直接活用するケースよりは、会社での一般的業務遂行の過程で、数理力・分析力・論理力を求められるケースの方が多いと感じております。機械の専門知識も大事ですが、その背景にある論理力や数理力を通してモノ・コトの本質的な部分を読み取れるように磨いていくことがもっと重要だと感じています。機械系以外でも役に立ちますし、組織のリーダーにも求められる素養だと思います。

佐田:そのような産業界での機械技術者の役割に対して、大学ではどういった教育を進めていくべきでしょうか?総合的な教育も専門性を深堀りしていく教育もどちらも必要だと感じます。

元祐:教育全般の話になりますが、大学生のほとんどが、塾や予備校で大学受験のための効率の良い学びの手段を身に着けて入学してくるわけです。小学校から塾に通っていた学生も珍しくない状況です。大学の教育はある意味では放任主義であることが多いので、何をどう考えて勉強するか、などは自分で見つけなければならない、ということに大学での教育を受けて初めて気づきます。最近の学生は、ある意味でゴールベースの仕組みに慣れているので、それを逆手にとって、高校の物理・化学・数学の授業の中で、社会に出てから生きてくる知識や必要になる考え方を実例も交えて教えてもらえると、大学の学問に興味を持ってもらいやすいと思います。

佐田:確かに受験受験と勉強一色にならなくてもよかった時代は、モノの動く仕組みを知りたくて機械系の道に進んだ人は多かったですよね。

山崎:元祐先生のおっしゃるようにゴールベースで伝えることはトレンドの一つだと思います。私は大学で授業を担当することもあるのですが、理論中心の講義の中で、ものづくりでの経験を説明に入れて伝えるようにしております。しかし、知識を応用して存在しないものを想像・構想し実現化できるように育てていくためには、更なる工夫が必要だと感じております。最近は、インターネットの普及により、世界中の素晴らしい講義の動画を自由に聴講できるようになりましたが、生きた知識として学生に伝えるためには、教育現場の工夫、つまり大学への期待はますます大きくなっていくと思います。本来の大学のアイデンティティである、真理を探求し、教養を教育し、仕事の準備を支援することに加えて、環境的変化に対応できる人材を養成することも、大学の重要な役割であると感じております。

佐田:東芝の技術者に対して、今、どんな風に仕事をしているのかを聞いてみたのですが、ほとんどの技術者が学会などには参加せず、OJTで学ぶことが当たり前になっているようです。設計モデルがあるのでそれをやれば仕事はできてしまうんですよね。しかし、それでは環境変化に対応できなくなり、行き詰まってしまいます。問題設定ができても、解き方が分からない、そんな状況を打破するために企業と大学のコミュニケーションを促したいし、それこそが学会の役割だと思っているのですが…。

西村:共同研究を通じて、企業の若手技術者とシステムズエンジニアリング関係の相談をすることがよくあるのですが、担当の業務について突っ込んだ質問をすると、とても細かい図面を持ってきて業務の中身の説明をしようとします。その業務に関連して誰が何をやっているのか全体像を整理できていないことが多いです。全体が見えていないから、何かのトラブルがあった時に右往左往する、改良の余地がどこにあるか分からないということになると考えられます。そういったこともあって、大学教育などではシステム全体で課題を解決するというイメージを持たせることが重要だと感じます。

山崎:設計工学・システム部門にそういう研究分野が含まれています。とても重要ですよね!

西村:大学の学部教育から取り入れられるといいのですが、学会としても特にジュニア層・高校生向けにそういう視点を育む取り組みができないかと思います。

元祐:T型、π型人材と言われた時期もありましたが、今後は空からの視点が大事ですよね。

西村:俯瞰的な視点を教育に取り入れるのは本当に難しいんですよ。しかも、先ほども申し上げたように、専門性ももちろん大事です。自分の柱が1〜2本必要で、その柱がほかにも応用できることに気づくことが大事です。

山崎:全体的にものを見るというのは、高等教育より前のステップである初等教育から段階的に推進することも重要と感じます。科学が基礎になるんだと思いますが。そういった点では国もSTEAM教育(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematicsを組み合わせた教育概念)を推進していますね。

ジュニア層の科学技術の理解の実情

元祐:大学よりも前の年代ということでは、『ドラえもん』がテクノロジーで夢をかなえてくれるというイメージは既にありますよね。しかも道具の中でもすでにいくつか実現しているものもあります。さらに、週刊少年ジャンプでは初の科学漫画と言われる『Dr.STONE』もいま人気です。「技術が社会にどう役に立つか」「科学技術で社会がかわる」というのは子どもも十分理解しているんだと思います。その中で、具体的なキャリアパスを発信すれば、それを受け入れるニーズはものすごくあるはずです。そこで夢を持って大学に進学すると吸収力が違うと思います。

西村:やはり子どもたちに意識をもってもらうには漫画はとても頼りになりますね!幼稚園くらいからイメージしてもらいたいですよ。以前、機械力学・計測制御部門で松本零士さんに講演してもらったことがありましたが、とても評判が良かったです!

佐田:企業の技術者は自分の担当分野ばかり追ってしまいがちです。小学生に自分の仕事を伝えられるようになれば、それが全体理解につながっていきますね。

山崎:国もSTEAM教育をはじめ、分野横断的な学習システムを推進していますね。今後、世界をリードする国が持っているものは、資源ではなく、社会課題を解決する先端科学技術を創り出す人材であると思います。教育に対する投資はその国の発展のために重要な政策になると考えます。そのような観点から、横断的、段階的な学習推進の政策の中には、高度人材育成のための学会の役割も必要になっていくと思います。学会としての役割を検討することや、学会としての提言などを発信することはいかがでしょうか?

西村:以前、地元で自分の出身の小学校の外部評価委員をやったことがあるのですが、理科の授業をする先生が全然楽しそうではなかったんですよ。実際にものを触らせれば良いのに、電池と豆電球を生徒の机の上に置いたまま、ずっと黒板で説明だけしているんです。STEAM教育は教える側のスキルが求められると思うので、簡単にはいかないのではないでしょうか。むしろ国が推進すると楽しさが消えていくんじゃないかと危惧しています。漫画とか楽しいことを利用したほうがいいですよ。

元祐:STEAMの理念は良いと思いますが、自由研究のようなスタイルを授業にするわけですから教える側にかなりのスキルが求められますよね。ジュニア層へのSTEAM教育の事例紹介を連載したり、オンラインで動画にしたり、学会がレクチャーするコンテンツを用意してはどうでしょうか?

佐田:関東支部でジュニア会友を対象に継続的にものづくりを行う「エンジニア塾」というのを始めたり、関西支部では以前から「親と子の理科工作教室」を開催したり、ノウハウはすでにシニア会にありそうですから、形にできるかもしれませんね。

西村:日本の教育を変えるくらいの気持ちでやってほしいです!

山崎:国の教育投資は年々増えています。特にエドテック(テクノロジーを用いて教育を支援する仕組みやサービス)市場は2015年から2018年までに1.5倍に成長し、2023年には約3,000億円以上の市場になると言われています。これを背景に小・中・高に科学教育に対するビジネスも活性化されていくと感じております。ある意味、大きな教育市場ができつつあるので、社会貢献の一環としても企業の参入の価値は大きく、企業から生きた科学教育ができる仕組みづくりの支援や既に進めている事例を広げていく努力が必要ですね。

西村:国の教育投資の総額としてはまだまだ少ないですよね。科学・文化にかける予算が少なすぎます。

オープンテクノロジーの可能性

元祐:教育ではお金も人も足りていないわけですが、これを打破するためにはオープン化が一つの鍵だと思います。ICTが進化したのはオープンソースの貢献があったからだと思いますが、テクノロジーをオープンにすることで日本の産業の飛躍につながるのではないでしょうか?

佐田:確かにソフトウェアではオープン化が進んでいます。情報系の学術論文では、コードも公開して査読されるので、それに抗えないですからね。一方で機械技術では特許の関係もあってなかなか難しいかもしれません。ただ、当社では技術広報を積極的に進めていて、それに連動して顧客などからの引き合いが大きいということもありました。

山崎:産学連携でもやはりコア技術のところはオープンにできないですね。当社はオープンイノベーションを進めていますが、企業として重要な情報を守った上でのステップにならざるを得ません。その線引きはとても難しいです。ただ、元祐先生のおっしゃるように、オープンにするメリットはとても大きいと思います。オープンにすることで会社が抱えている課題が解決することもあるわけですので。

元祐:そうなんです。実は先日、ある企業の方から「こういうことが何十年もこの業界内での課題なんです」と伺ったのですが、それをもっと声高に主張していれば誰かがもう解決してくれたんじゃないかなと感じたんです。それが産業全体の底上げにつながるわけですから。

西村:海外の企業では、「口外してはいけないこと」が明確に決まっていて、それ以外のことは話して良いので、外部で打ち合わせしていてもあっという間にアイデアがまとまる様子を見たことがあります。日本の企業では、原則何も言わないようにという姿勢で対応している感じです。

佐田:ソフトウェアと比較すると、機械産業はコミュニケーションが進んでいないですね。

元祐:オープンソースという概念はたかだか20年ちょっとしかなくて、それのおかげもあって情報系は短期間でこれだけ進んだわけですから、機械でもかなり進むのではないかと期待してしまいます。

西村:3Dプリンター用の図面が流通して、これからさらにオープンになっていくと面白いかも知れないですね。

未来に向けた本音の取り組み

西村:機械工学の社会への貢献、特に社会インフラについては、つくることにしても維持管理にしてもとても重要なことだと思うんです。にもかかわらず、技術者にその貢献分の報酬が与えられていないように感じます。機械工学は重要だという発信はもちろん大事ですが、それだけだと優秀な学生が技術者ではなくて、コンサルになった方が稼げるということになってしまいます。職業として適正なリターンを得られるようにすることも大事です。そういったことを含めて、機械工学に携わる人たちに意識を持ってほしい。出口としても魅力的な職業になるようにしたいです。

山崎:現状維持では、それは難しいと思います。組織や社会を変えていく取り組みが必要になるんだと思います。例えば、機械学会の課題に企業会員の減少がありますが、減少する原因には、企業会員への価値を十分に創れていないことがあります。やはり今までの機械学会の中で、会員数を増やす工夫ではなく、社会への貢献や会員への価値を向上させるために、機械学会を変えていく、みんなの努力が必要になりますね。

西村:ASME(米国機械学会)のオンラインセミナーを、時差があるので深夜に目をこすりながら頑張って見ているのですが、ある分野(例えばデジタルツイン)に関係する方々で自分たちがやるべきことを語り合っているんですよね。非常に広い視野を持っていると感じました。そういう意味で、企業に入ってからのリカレント教育を自ら志望でき、大学や学会がその受け皿を用意できるようにしていく必要があると思います。

佐田:本会ではさまざまな講習会が企画されていますが、それを体系付けてパッケージ化するという具体的な検討を進めています。本日は、ほかにも皆さんからさまざまなご意見をいただきまして有難うございました。オンラインでしたが、非常に濃いコミュニケーションが取れ、楽しくお話を伺えした。この場でお話しいただいたことを、行動に移していきたいと思います。やはり、社会の変化に合わせて、これからの機械技術者の人材育成を進めていかなくてはいけません。そのためには、全体システムを俯瞰・理解できる機械系出身者がリーダーになって、組織や社会を牽引していくような姿勢が求められると思います。本会の取り組みに期待していただき、会員の皆様からのご協力も是非お願いします!

(2021年10月8日オンラインで実施)

キーワード: