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2022/5 Vol.125

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新会長インタビュー 機械工学が向かうべきゴールを共有する

コロナ禍の2年を経て、学会運営にも感染症対応からの回復や新方式が求められている。さらにカーボン・ニュートラルやサーキュラー・エコノミーへの動き、不安定な世界の状況など、目まぐるしく変わる中で、個人も企業も工学全体でもゴールが見えない状況となっている。明確な答えが見えない不透明な社会状況の中で、機械学会・機械工学が今後どのような形で進むべきなのか。会長としての抱負を聞いた。

2022年度(第100期)会長 加藤 千幸(東京大学)

本質的な理解を心がけたコミュニケーション

―2022年度の機械学会の大きな話題の一つとして、行事の現地開催やアフターコロナ対応が挙げられます。コロナ禍の2年をどのように感じられていますか?

コロナ禍では、授業や会議のほとんどをオンラインで実施してきましたが、オンラインでもオフラインでも、相手の反応を引き出すことが重要だと考えています。特にオンラインでは相手の顔が見えず、カメラがあっても聴講者、あるいは参加者全員の顔を見るのには限界がありますから、こちらから積極的に問いかけることを心がけていました。

―本会の講習会で、オンライン・リアル問わず、ホワイトボードを使って講義をされている加藤先生の姿が印象的です。どのような意図があるのでしょうか?

これは機械学会の講習会だけでなく、大学の授業でもそうなのですが、パワーポイントを使って資料を説明しても、受講する側の理解はそのスピードに付いていけません。なので、その場でホワイトボードに書きながら説明することで、受け手がどの程度理解しているかを確認しながら進めるようにしています。国際会議で議論する時でもホワイトボードを使いますよ。これは講義に限った話ではないのですが、相手が何を知りたいか、そして相手がどの程度理解しているか、ということを常に意識するようにしています。例えば使う資料は同じでも話をする相手によって話しぶりは全く変わってきます。というのは、「たいていの人はあまり良くは理解していない」と感じるからです。ほとんどの人は大学で習ったことでも表面的な理解に留まっています。研究においてもマネジメントにおいても、全体的な状況や本質的な原因を理解することが重要だと思っています。

機械学会の課題と今期の施策

―会長就任に際して、機械学会の課題をどのように考えていますか?

2021年度末の会員数は約3万2千人で、コロナ禍の2年で約3千名減少しました。一時期5万人を目指していたことを思うと、この減少傾向は危機的状況だと考えています。なぜ会員減少が起きているのかその本質的な原因を理解して、この流れを止めることが必要です。また、財務状況については、21年度はストック(正味財産)を増やす結果になりましたが、事業規模をコロナ以前の9億円程度に戻すことも重要です。事業規模が小さくなると組織も縮小していくので、これも危機的な課題だと認識しています。

このような点について、今期の運営方針と重点課題(本誌P.4)で触れていますが、学会全体・会員一人ひとりが、日本機械学会がどこに向かうべきかという認識を共有することが重要だと思っています。企業であれば指揮系統に沿って組織は動きますが、大学、学会あるいは研究機関が主体となるプロジェクトは指揮系統だけではうまく機能しないということを経験上強く感じています。たとえば、プロジェクトの運営であれば、プロジェクトの目的地を共有して進めることが重要になってきます。学会運営も同様であり、会員の皆様が学会の課題に関する認識を共有し、進むべき方向を理解して、それぞれの活動に取り組んでいただくことが大切だと考えています。

―2022年度運営方針と重点施策は、どのような点がポイントでしょうか?

昨年度の方針を継続しているので施策内容が大幅に変わったわけではありませんが、先ほど述べました「進むべき方向の共通認識」を意識して、これまでと視点を変えた表現にしています。

重点施策1.社会的課題の解決に向けた学会の貢献強化と新たな機械工学の創生については、分野連携強化はあくまでも手段であって、目的は社会課題解決とその過程において実現される、新たな機械工学のコアコンピタンス*の創生だと考えています下図。社会課題解決のためには、一つの分野では最適なソリューションを見出せない状況であるため、分野連携が必須です。また、課題解決を進めていく上で、今後の機械工学が進むべき方向性が定まってくる、明確に見えてくると思っています。機械工学というしっかりしたバックボーンを堅持したうえで、機械工学がどこに向かうのかというゴールを会員の皆様と共有していくことが重要だと考えています。

注釈:組織活動において中枢・中核となる強み

重点施策2.コロナ後の社会変革を先取りした学会改革については、コロナ禍を経て、新たな方式や価値観を経験した以上元に戻ることはあり得ません。ただ、テレワークやWEB会議でかなり便利になりましたが、便利さだけを追求して人が移動しなくなってそれでいいのだろうかと考えることがあります。つまり、効率至上主義でいいのか、無駄は無用なのか、という本質的な問題に対して答えを出す必要があると思っています。オンラインの活用だけではなく、新しい方式を学会運営に取り入れていきたいと考えています。

―会員数の減少傾向については、大学などの研究機関に所属する会員の数の変化はほとんどなく、企業所属会員の減少が顕著です(2022年度の取り組み方針図5を参照)。これは産学連携のあり方にも問題があると思えますが、いかがでしょうか?

①研究成果と製品開発との関係が一直線上ではなくなってしまったこと、②現在の工業製品がさまざまな要素技術の組み合わせや制約条件の下で成立しているため一つの技術だけで新しい製品を開発したり、性能を飛躍的に向上させたりすることができなくなっていることが産学連携が進んでいかない要因だと思っています。大学の研究成果と産業界における製品・技術開発との距離がますます大きくなり、大学が輩出する人材と産業界が求める人材像との間の乖離も広がっていることを危惧しています。それを解決するためにも、将来の工学のビジョンを産学官が共有するための場を提供することが本会の重要なミッションであると考えています。

日本機械学会とのつながり

――機械学会にはどのような経緯で入会されたのですか?

機械学会には論文集への掲載がきっかけで1985年に入会しました。学会では主に流体工学部門と動力エネルギー部門で活動してきました。若手の頃は流体工学部門の洋上セミナーの企画を担当していて、2泊3日くらいで東京から釧路にいくフェリーの中で研究の議論したことが思い出深いです。その時の交友関係は今も続いています。

―企業と大学という両方のご経験を振り返られていかがでしょうか?

84年に修士課程を修了後、日立製作所に入社して、99年に大学に移りました。機械工学を専門に選んだ時も、日立に就職した時も、大学に異動したときも、非常に強い意志があったというわけではありません。偶然が重なって、今に至っています。しかし、結果としては企業活動と大学での研究活動の両方を知ることができ、またさまざまな仲間が増え、それぞれの機関の研究方法やマネジメント方法を知れたことは非常に良かったと思っています。偶然は心に余裕を持って受け入れるもの、必然は強い意識で作るもの。偶然と必然のバランスが重要だと思っています。

会員へのメッセージ

とにかく学会全体で進むべき方向を共有することが重要だと考えています。世界の状況が不透明で、個人でも企業でも工学全体でも、ゴールが誰にも見えていない時代ではないでしょうか。何か特定の原因があって、ゴールが見えなくなったというより、自然にそうなったと考えています。世界中がどこに行ったらいいかよく分からないことになっていますよね。その中で、機械工学が向かうべきゴールを提示することができれば、頼りになる強い学会になれると思っています。

機械学会の会長の任期は1年ですから、成果を数字で出すには短すぎます。継続性をもって、新しい強い流れを作ることが会長の任務だと考えています。皆様のご支援とご協力お願い致します。


<学会横断テーマの狙い>

目的:社会課題の解決

課題:単一分野では目的解決できない

手段:部門間連携+産業界との連携による深化させるべき分野の創出

〔①新部門の創設 ②国プロの提案 ③教育カリキュラムの策定 ④社会への提言発信 など〕

この全体像が新しい機械工学の創生に繋がり、新しい機械工学のコアコンピタンス、つまり機械工学の将来ビジョンを会員が明確に共有することに繋がる。


2022年度運営方針と重点施策

2022年度(第100期)運営方針

1. 社会的課題の解決に向けた学会の貢献強化と新たな機械工学の創生

2. コロナ後の社会変革を先取りした学会改革

3. 学会の価値向上に向けたアクションプランの加速

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2022年度(第100期)重点施策

1. 社会的課題の解決に向けた学会の貢献強化と新たな機械工学の創生

✓ 産業界と学会が対話できる仕組みづくりと実践

✓ 新部門制試行の総括と本格実施に向けた準備

✓ 部門間連携と部門横断的議論の促進(→分野連携委員会・学会横断テーマ)

✓ 他の学協会との連携強化による機械工学のコアコンピタンスの強化

 

2. コロナ後の社会変革を先取りした学会改革

✓ オンライン活用による学会行事の活性化

✓ 事業規模の適正な拡大による会員メリットの追求

✓ 年次大会の更なる活性化(→年次大会活性化 WG)

✓ 技術者継続教育の仕組作り(→技術者継続教育検討 WG)

✓ IT を活用した「知の情報」の事業化(→情報の事業化検討 WG)

 

3. 学会の価値向上に向けたアクションプランの加速

✓ 学術誌の価値向上

・機論と講演会のリンクによる投稿数向上

・投稿数・掲載数を増やすためのアクションプランの具体化

✓ 若手の会の活躍支援強化

✓ 本会のブランド価値向上

・機械遺産の知名度アップ

・機械工学振興事業のあり方の見直し

✓ グローバル化・多様性の推進

・国際戦略の策定(→国際的な情報発信機能の強化)

・LAJ、IU活動の更なる活性化