技術のみちのり
災害対応と日常点検、一台二役の防爆ロボット 三菱重工業(株)
2023年度学会賞(技術)
「引火性ガス環境のプラントを自動で巡回点検する防爆ロボット」
三菱重工業(株)
防爆レスキューロボットの開発
作業員の安全性向上や業務の効率化に貢献するため、三菱重工業(株)はプラント巡回点検防爆ロボット「EX ROVR」を開発し、2022年4月から市場に投入した(図1)。EX ROVRは防爆性能(機器自体が点火源にならない性能)を有するため、石油化学プラントのような引火性ガス環境下で、階段を自動昇降して点検作業を行うことができる。作業員は遠く離れた安全な場所から、ロボットが収集した点検データの確認を行う。なんと製品化までに約10年を要した。
図1 プラント巡回点検防爆ロボット「EX ROVR」
2011年、三菱重工・原子力事業部機器設計部の大西は福島原子力発電所事故を探査する手段を考えていた。そこで目に止まったのが千葉工業大学の開発したクローラ構造の災害対応ロボットだった。大西たちは瓦礫の上や階段を走破する性能の素晴らしさに驚き、千葉工大と技術協力して、原子力災害用探査ロボットの開発に取り組むことになった。
そんな中、2012年に中央自動車道笹子トンネルの崩落事故が起こった。トンネル内を調査したいのだが、ガソリンなどの引火性ガスが充満しているため、探査装置は使えない。電気を使用する機器はすべて点火源になる可能性があるからだ。結局、人が危険を冒して中に入るしかなかった。これがきっかけとなり、三菱重工は千葉工大と共同で、インフラ災害時に引火性ガスの中で探査活動する、防爆クローラ型ロボットの開発に着手したのだ。
ニーズを探せ
2016年に遠隔操作で災害現場を調査する無線移動ロボット「桜Ⅱ号(防爆仕様)」が完成した。引火性ガスの中で使用する電気機器には防爆認証が必要なため、大容量バッテリー駆動の無線移動ロボットとして、国内で初めて防爆認証を取得した。
大西はこのロボットの買い手を探すため、消防署や警察などに問い合わせしたが「いつ起こるかわからない災害に対して配備し維持するのは、費用対効果が見合わない」と購入を断られてしまった。災害対応目的では売れないことがわかり途方に暮れた。他のニーズを探そうとやっきになっていた時に、COCN(産業競争力懇談会)でロボット関連の集まりがあった。そこでENEOS(株)と出会ったことが事態を大きく好転させたのだ。
ENEOSでは石油ガスプラントの老朽化に伴い、巡回点検の回数を増やしたいのだという。しかしガス漏れなどが発生した場合を考えると、人が点検を行うのは危険だ。プラントを自動巡回点検する防爆ロボットがあるといいのだが…と話してくれた。大西はひらめいた。「日常はプラントの巡回点検に使い、事故発生時は災害対応に用いればいいんだ!」
無線移動ロボットを災害対応からプラントの自動巡回用に変えるためには、自律走行技術を付け加える必要がある。そこで東北大学と共同で自律移動ソフトウェアを開発した。さらにボタンの操作や物の移動などに使うため、山形大学と共同開発した防爆仕様のワイヤー駆動6自由度マニピュレータを取り付けた。モータは点火源となるため、ロボット本体内に設置した。これらの実地テストにおける検証評価はENEOSの製油所で行った。
ロボットの防爆化
開発でいちばん難しかったのは防爆という制限の中でロボットを作ることだった。こればかりは共同研究の相手が見つからず、三菱重工独自で開発した。耐圧防爆構造は、爆発の圧力に耐える頑丈な容器を用いるので、容器は重く大きくなる。容器内に引火性ガスが侵入し、電気機器が点火源となって爆発しても容器は壊れないため、外部への引火を防止できる(図2)。
図2 耐圧防爆方式の仕組み
一方、内圧防爆構造では、容器内にガスを入れて内圧を外圧より高く保つことにより、引火性ガスが内部に侵入するのを防ぐ。気密性やインターロックの維持メンテナンスなどの取り扱いが難しいが、容器は内圧に耐えればいいだけなので、とても軽い。
プラント内での階段の昇降や移動を考えると、ロボットの大きさや重さを小さくする必要があるため、内圧防爆方式を選んだ。万が一、内圧が低下した場合は内圧保護監視インターロックが作動し、内部の電気機器に供給しているバッテリーからの電気を遮断する仕組みだ。その際、バッテリー自体が点火源にならないように、ジュラルミン製の耐圧防爆ケースにバッテリーを入れたが、この方法が最良なのか、とても悩んだという(図3)。耐圧防爆ケースは重いので、なるべく小さくしようと何回も作り直した。
図3 防爆ロボットの内圧防爆システム
自動充電ステーションと給電システム
ロボットは長時間稼働するため、バッテリーへの給電が必要だ。さらにロボット内の小型タンクに、内圧を維持するための圧縮空気を充填しなければならない。その二つを同時に行う自動充電ステーションも開発した。
石油ガスプラントは通常は野外にあるので、雨やほこりを考慮し、ステーションからバッテリーへの給電には非接触給電を選んだ。非接触給電のコイル面には、電磁波を妨げず、帯電防止ができる非導電性材料としてガラスを使用した。しかし給電側は耐圧防爆構造なので、強化ガラスは約10mmもの厚さが必要だ。これにより送電コイルから、ロボットに内蔵された受電コイルまでの距離は30~40mmにもなってしまう。そこで、このような長い距離でも高効率に電力を伝送できる磁界共鳴方式を採用することにした。
数100Wもの電力をロボットに給電するための機器を求めていろいろなメーカーに問い合わせ、そこで(株)ダイヘンに辿り着いた。ダイヘンはちょうど大容量非接触給電を製品化している最中で、快く協力してくれた。さらに防爆化への対応として、非接触給電の最大出力で発生する電磁波の強さが、ガスの引火を引き起こすエネルギーに比べて十分小さいことを確認した。
最終目標は海上プラットホーム
こうしてEX ROVRが完成し、ASCENT(上昇)という製品名で販売を開始した。名前にはこの技術が発展していくようにとの願いが込められている。プロジェクトマネージャーの大西、メカ担当の宿谷、電気系のハードウェア担当の小堀、強電担当の村角、ソフトウェア担当の大西典子、そして大学やメーカー、検定機関など、とても多くの人たちの知恵と努力が開発を成功へと導いた。
「ロボット分野では引き出しを多く持つこと、そして人脈作りが大切だ」と大西は言う。何かを始める時や解決策を探している時にそれが力となり、壁にぶつかった時には誰かが背中を押してくれる。
開発の最終ターゲットは、いちばんニーズが高いと考えられる海外の海上プラットホームだ。海上は揺れるので、EX ROVRがどんな挙動をするか船上で試験を行っている。
災害対応からプラントの巡回用に生まれ変わったEX ROVRだが、人の命を守るという使命は変わらない。その技術は進化を続け、いつの日か日本に、もともと目指していた災害対応ロボットのマーケットを切り開くかもしれない。
取材・文 山田ふしぎ
キーワード:技術のみちのり
表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。
デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)