日本機械学会サイト

目次に戻る

2021/11 Vol.124

機構模型

工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)

機関車模型

年代未詳/ボールドウィン社製/フィラデルフィア(米)/真鍮、鉄、木製台座/

H250, W610, D180(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵

「Baldwin Locomotive Works Philadelphia, USA Compound Locomotive Cylinder and Valve Gear S.M.Vauclains Patents 4o6o11, 4o6o12, 471836」の金属プレート付。このような模型が近代化の進められた機械学教育に用いられた。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きの機構模型を含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機器が現存する。

上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵

[東京大学総合研究博物館]

バックナンバー

特集 機械と繊維の新しい関係

テキスタイルの力学

高寺 政行(信州大学)

テキスタイルと繊維集合体

テキスタイル(textile)とはもともとは織物のことであるが、現在では繊維(fiber)を主たる素材とする材料や製品の総称として用いられる。類似用語のファブリック(fabric)は、主として2次元シート状のものを表す。

テキスタイルは、その構造が繊維の幾何学的な絡み合いと繊維間摩擦のみによって保たれている不連続体である。そのため繊維集合体(fiber assemblies, fibrous materials)と呼ぶこともある(1)。紡績糸はりによって形態が保たれているし、織物や編物は糸の幾何学的な絡み合いで構成されている。繊維間を接着や溶着しない不織布では繊維の絡み合いのみで形態を保っている。縫製品も布と布を糸により拘束したものである。

繊維の摩擦

不織布は繊維を直接集合させたものであり、糸は繊維を配向させ撚りをかけ強度を得たものである。織物や編物は糸を用いた複雑な構造であり、繊維による糸の構造と糸による布構造(組織)の階層を持つ。テキスタイルの力学的性質には連続体としての繊維の物性、集合体である糸の物性とともに、組織による幾何学的拘束と、繊維・糸・布間の摩擦が関与する。テキスタイルの摩擦についてはH. G. Howellら(2)、Guptaらの成書(3)がある。高分子からなる繊維は粘弾性的性質を持ち、摩擦は金属とエラストマーの中間の性質を持つ。繊維の摩擦は法線力と真の接触面積の関数で表される。主に接合点でのみかけのせん断強度、硬度、圧力、接触面積曲線に影響される(3)。実用的な繊維や糸間の摩擦係数は、ツイスト法(4)やRÖDER法(5)で測定される。テキスタイル中の繊維や糸の形状はマイクロX線CTによる計測やそれを用いた3Dモデリングが可能になっている(6)(15)。また、繊維を要素としたモデリングや特性解析システムも開発されている(7)。しかしながら、繊維・糸の特性からテキスタイルの力学特性が予測できる汎用的な解析システムはない。

糸の力学

不織布以外のファブリックは糸を材料として製造される。長繊維をフィラメントと呼び、釣り糸やメッシュの糸はモノフィラメント(単繊維)、複合材料の強化繊維はマルチフィラメントである。これらには撚りがないが、横方向に摩擦される用途では摩耗に耐えるように撚りをかける。紡績糸では短繊維(staple fiber)の束に撚りをかけて強度を得る。撚りがなければ法線力がなく、強度は0である。糸の力学特性では、引張特性が重要であり、引張試験で特性を得る。これを予測するためには繊維の形状と物性に加え、繊維間の相互作用のパラメータ化が必要である。紡績糸の断面繊維数は中心と外側では異なり、繊維の形態(曲げとねじれ)も均一ではない。糸の引張特性の予測モデルは多数存在し(8)、現象の理解は行えるが、パラメータが多くその測定も容易でないため、実用的には引張実験の結果を用いることになる。糸中の繊維の形態をモデル化し紡績糸の形成をシミュレートする研究は途上にある。繊維を固体モデルとし、繊維束中の繊維の配向と分布のモデル化、撚りをかけるプロセスの有限要素法よるシミュレート(9)や流体シミュレーションと組み合わせた紡績プロセスのシミュレーション(10)も試みられている。

織物、編物の力学

織物、編物は連続体ではないが、布の力学特性の評価やアパレルのシミュレーションでは巨視的に均一体と仮定して連続体の力学を適用している。また、他の機械材料に比べて「顕著な異方性、低荷重での大変形、繊維間の摩擦に伴うヒステリシス」などの特徴を持つ。衣料用途では強度だけでなく、曲面形成能や形態的審美性、着心地、風合いなどが重視される。このため、力学特性の測定には低荷重や大変形に対応した専用の試験機・方法が用いられる。川端らによるKawabata Evaluation System(KES)は、風合いに関する布物性測定のために開発され、テキスタイルの基礎物性の測定で標準的に使われている(11)。引張では異方性のため、少なくともたて・よこ2方向の特性の試験が行われる。荷重-変位曲線は線形でなくヒステリシスを示すため、さまざまな特性値が用いられている。また、見かけのポアソン比は1を超えるものも多い(12)。さらに、引張と圧縮で剛性が異なるため曲げ特性は独立したものとして扱う(13)。大曲率に対応する純曲げ試験や、大たわみ変形を利用した測定が行われる。織物のせん断変形は、たて糸とよこ糸の交差部の角度変化によるもので、面積が減少する特異な変形である。このため、織物は塑性変形やしわなく非可展面を形成できる。せん断特性は斜め方向の引張の他、横荷重をかけるせん断試験、トレリスタイプの試験などが行われている(14)

織物や編物の設計では、糸の選択と交差構造(組織)を定める。力学的には糸の力学特性と組織から布の力学特性が予測できることが望ましい。織物中の糸の曲線はクリンプと呼ばれ、・の糸直径、糸間隔、クリンプ率(糸の曲線長と糸間距離の比率)で定まる。糸のクリンプは伸びない弾性体を仮定すればエラスチカ(図1)になる。織物の引張変形では引張方向の糸の屈曲が真直ぐになり、直交方向の糸の屈曲が増える。これをクリンプ交換と呼ぶ。また、糸の交差部での圧縮変形も起こる。荷重が増えると糸の伸長も加わり複雑である。糸形状のモデリングと有限要素法でのシミュレートが行なわれており、実験との検証が進められている(15)

編物には緯編と経編がある。緯編では幾何学モデル、3次元エラスチカモデル(ねじれを伴う大変形曲げ)による編目のモデリングが行われている(図2)。経編みについても同様にモデリングが行われている。編機用のCADやコンピュータビジュアライゼーションでは糸の幾何学的モデルや、質点−ばねモデルを用いている。編物の引張変形では変形した糸が真直ぐになる変形とともに糸と糸の交差部の移動、糸の伸びが複合しており、限定された組織について有限変形モデルが提案されている(11)(15)。また、初期状態をモデル化した有限要素法による解析も行われており(16)、実験との比較による検証と汎用化が課題となっている。

図1 平織のエラスチカモデル

図2 平編のエラスチカモデル

おわりに

テキスタイルの力学は、繊維の特性に加え、糸や不織布中の繊維の形態、糸の特性、織物や編物の中の糸の形態と相互作用に依存する。力学特性の測定技術と糸や繊維の形態の測定技術、コンピュータによるモデリングと解析技術の発展により、テキスタイルの力学についての理解が進んでいる。一方で繊維の種類もテキスタイルの構造も無限にある。いまだ、海辺で遊んでいる少年なのかもしれない。


参考文献

(1) Omenetto, F., Kaplan, D., New Opportunities for an Ancient Material, Science, Vol. 329(2010), pp. 528-531.

(2) Yazawa, K., Hidaka, K., Pressure- and humidity-induced structural transition of silk fibroin, Polymer, Vol. 211(2021), 123082.

(3) Shao, Z., Vollrath, F., Surprising strength of silkworm silk, Nature, Vol. 418(2002), 741.

(4) Yazawa, K., Sasaki, U., Forcibly spun dragline silk fibers from web-building spider Trichonephila clavata ensure robustness irrespective of spinning speed and humidity, International Journal of Biological Macromolecules, Vol. 168 (2021), pp. 550-557.


矢澤 健二郎

◎信州大学 繊維学部  応用生物科学科 助教

◎専門:タンパク質性繊維

キーワード: