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2022/3 Vol.125

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特集 カーボンニュートラルへの道 “省エネの視点から”

【総論】カーボンニュートラルを目指す省エネ分野の取り組み

荻本 和彦(東京大学)

はじめに

本稿では、カーボンニュートラルに向けた省エネルギーの取り組みについて、省エネルギー分野の動向、電力エネルギーシステムの変容、省エネルギー分野の新たな視点、長期的PDCAについて述べる。

省エネルギー分野の動向

2050カーボンニュートラルに向けた流れ

2020年10月26日菅義偉総理(当時)は、所信表明演説で、2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言した。2021年6月、政府は、温暖化への対応を「成長の機会」と捉え、この流れを加速するためと位置づけグリーン成長戦略を閣議決定した。この戦略では、「イノベーション」を実現し革新的技術を「社会実装」することを目指し、2050年に向けて成長が期待される14の重点分野が選定された。並行して、2020年度の補正予算では、2兆円のグリーンイノベーション基金事業が行われることになった。

2021年12月、岸田文雄政権における新たなクリーンエネルギー戦略策定のため、経済産業省のクリーンエネルギー戦略合同会合が開始され(1)、エネルギー社会、産業、そして需要のそれぞれの構造転換に向け、グリーントランスフォーメーション(GX)として、エネルギーを起点とした産業の変革、需要サイドのエネルギー構造転換、必要な社会システム・インフラなど、産業分野、需要側を意識した議論が開始された。また、2022年1月には岸田文雄首相が出席する「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会が開始された。

エネルギー基本計画と地球温暖化対策計画における省エネ

2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画と同時に発表された関連資料(2)では、2050年カーボンニュートラルに加え2021年4月に表明された「2030年度の46%削減、さらに50%の高みを目指して挑戦を続ける新たな削減目標」の実現に向けたエネルギー政策の方向性と、2030年のエネルギーの需給見通しが示された。さらに、国際的なルール形成の主導や、既存の脱炭素技術、新たな脱炭素に資するイノベーションによる国際的な競争力の強化が重要であり、安全性の確保を大前提に、安定供給の確保やエネルギーコストの低減(S+3E; Safety, Energy security, Econominal efficiency, Environment)に向けた取り組みを進めるとしている。

この基本計画における省エネルギーのパートでは、徹底した省エネ実施方法として、以下の対策が検討された。

・ 産業部門:エネルギー消費原単位の改善を促すベンチマーク指標や目標値の見直し、「省エネ技術戦略」の改定による省エネ技術開発・導入支援の強化

業務・家庭部門:2030年度以降の新築住宅・建築物についてZEH(zero energy house)・ZEB(zero energy building)基準の省エネ性能の確保を目指し、建築物省エネ法による省エネ基準適合の義務化と基準引上げ、建材・機器トップランナーの引上げなど

・ 運輸部門:電動車・インフラの導入拡大、電池などの電動車関連技術・サプライチェーンの強化、荷主・輸送事業者が連携した貨物輸送全体の最適化に向けたAI・IoTなどの新技術の導入支援など

2030年の見通しにおける省エネ目標の試算では、部門毎に対策を最大限積み上げ、2015年度策定の見通しから1200万kL程度の深掘りが行われた(図1)

エネルギー基本計画と同時に閣議決定された地球温暖化対策計画では、産業、業務その他、家庭、運輸、エネルギー転換の各部門について35%〜66%の温室効果ガス削減目標と実現のための対策が示された。

図1 各部門における省エネ目標の試算における考え方(出典:METI資料)

省エネルギーへの取り組みの動向

1979年に制定されたエネルギーの使用の合理化等に関する法律(省エネ法)(3)では、7回の改正を経て、工場などの設置者、輸送事業者・荷主に対し、省エネ取り組みについて設備管理の基準やエネルギー消費効率改善の目標年1%などを示し、一定規模以上の事業者にはエネルギーの使用状況などの報告を義務付け、指導・助言や合理化計画の作成指示などが行われる。また、生産量が一定以上の特定エネルギー消費機器など(自動車・家電製品など)の製造事業者などに対しては、機器のエネルギー消費効率の目標を示し、勧告などが行われる。工場・事業場について、年度のエネルギー使用量が1,500kL以上の特定事業者に対しては、エネルギーの使用状況などの定期報告に基づき、国は取り組み状況を評価する。また、省エネの状況をSABCの4クラスに分ける評価制度も実施されている。

トップランナー制度の見直し

省エネ法の1998年の改正により開始された機器・建材のトップランナー制度は、メーカーなどに対して、省エネラベルによる省エネ性能の表示を義務づけ、消費者に対して省エネ機器の選択を促すことで大きな成果をあげてきた。2021年10月のトップランナー制度の改正では、電気、ガス、石油の各温水機器について、横断的な評価基準(★の点数の付け方)が新たに設定され、年間の目安エネルギー料金とともに表示されることとなった(4)。これによりエネルギー源を跨いだ省エネ性能の相対比較が可能となった。

技術開発の一貫した支援

革新的な省エネルギー技術の導入を支援する「省エネルギー技術の研究開発・社会実装促進プログラム(5)」が2021年度に開始された。長期的な視野に立ったテーマから実用化に近いテーマまでを対象とする公募型技術開発により、シーズ発掘から事業化まで一貫した支援を目指している(図2)

図2 省エネルギー技術の研究開発・社会実装促進プログラム(出典:NEDO HP)

電力・エネルギーシステムの変容

電力システムの変容は次の三つの変化により進行する。

第一の変化:電化

電化は古くて新しいエネルギー利用の変化であり、これまで、家庭、業務、産業、運輸のさまざまな分野において、利便性、経済性などの視点で電化が進められてきた。これから電化が進展する分野は、家庭・業務・産業におけるさまざまな温度帯での温熱供給や、蓄電技術の発達を背景とした電気自動車をはじめとする運輸分野の電動化である。産業のプロセスの改変を伴う多様な電力利用や、運輸のうち長距離トラック・航空・船舶など、さらにハードルの高い分野の電化も期待されている。

第二の変化:再生可能エネルギー発電の大量導入

太陽からの放射や地球の熱や運動を起源とする再生可能エネルギーのうち、太陽光発電、風力発電は、多くの国・地域でほぼ共通して大きな導入量が期待される。しかし、出力が時間、天気により大きく変動するこれらの発電技術の大量導入が進むと、出力の変動性と不確実性が増加し、これまでの出力を調整できる火力発電や揚水発電などによる電力システムの安定で経済的な運用が難しくなる。

第三の変化:分散型資源の大量導入と能動化

発電側で導入が進む太陽光発電や風力発電は、数kWのルーフトップPVをはじめとし、配電網あるいは低圧の送電線に接続される多数の比較的小容量の設備が多い。需要側では、ヒートポンプ式の空調・給湯に加え、EV充電器、定置式蓄電池、新規の電力利用分野など、多様な技術が導入される。

これらの分散型資源のうち、太陽光発電や風力発電は、発電設備として、有効電力を調整することができる。需要側の分散型資源は、電気の利用時間をシフトし、使用量を調整することもできる。このような分散型資源による有効電力の調整に無効電力を加えたな調整の機能は、発電側は発電量の減少、需要側は電力の使用ニーズの一部の制限を伴うが、周波数制御や予測誤差対応、送配電網の電圧の逸脱や混雑の回避など、電力システムの運用に貢献することができる(図3)

図3に示すように、分散型資源は、自端で検出する電圧や周波数、あるいは遠隔の管理・制御信号に基づき有効電力や無効電力を調整し、送配電網の周波数、電圧、過負荷の管理・制御に貢献することができる。このような分散型資源の調整力の活用を、分散型資源の能動化と呼ぶ。

図4に示すように、分散型資源は従来の火力、原子力発電などの集中型電源の場合のように、個別の設備事故が電力システム全体の需給に大きな影響を与えないという利点を持つ。しかし、集中型電源よりはるかに数が多いPVや風力さらには需要側の分散型資源の大量導入の状況では、それらが電力システムの運用に調整力を供給するための設備管理、運用管理は難しい。例えば、米国あるいは日本でも、電源や送電線の事故時の電圧や周波数の変動により多数の分散型資源が一斉に脱落するなどの事象が発生している。このような電力システム運用への悪影響の防止は、数がはるかに少ない集中型の設備のみの場合に比べて難しい課題となる。

図3 分散型資源の能動化(6)

図4 3E+Sにおける分散型資源の位置づけ(7)

 

省エネルギー分野の新たな視点

エネルギーの定義の見直しと需要の高度化・最適化

二酸化炭素排出量の大幅低減に向けては、これまでの「省エネ」の化石燃料を対象としてきた枠組みを超えて、非化石エネルギーを含めた全てのエネルギーの使用合理化の促進と、需要側を含めた非化石エネルギーの導入拡大を目指すことが必要とされている(図5)

図5 エネルギー使用の合理化と非化石エネルギーの導入拡大(出典:METI資料)

これまでの需要側の取り組みは、省エネ法に基づく規制と省エネ補助金などの支援により、事業者の高効率機器・設備への投資の後押しにより行われてきた。しかし、①再エネの増加による供給構造の変化、②AI・IoTなどのデジタル化進展による技術の変化、③電力自由化などによる制度の変化により、エネルギー需給構造は大きく変化する。今後、需要側では、従来の省エネに加えて、①需要側での非化石エネルギーの導入拡大(需要の高度化)、②再エネ電気有効利用のための需要の最適化、③変動電源の導入拡大に伴う系統安定維持のための需要サイドのレジリエンス強化が必要とされている。

固定価格買取制度導入により太陽光発電・風力発電の大量導入が進む九州では、時期・時間帯によって日射や風況により本来可能な出力を抑制する「出力制御」が実施されている。この結果、再エネ発電量が多い軽負荷期の昼間には卸電力市場の価格が0.01円/kWhとなる時間帯が増加している。需要の最適化として、再エネ余剰電力が発生している時間帯に需要をシフトし、また、従来需要と供給のバランスの調整を担っている火力の運転量が低下する中では、需要を需給調整にも活用できること、例えば需給逼迫時などに需要を抑制できることが電力システムのS+3Eの確保に重要となる。

省エネルギー技術戦略

2006年に初版が策定された「省エネルギー技術戦略」は、資源エネルギー庁とNEDOにより改訂されている。2019年の改訂(8)では、重点的に取り組むべき分野(重要技術)として、「排熱を高効率に電力変換する技術」や「高効率な電気加熱技術」、デジタル技術を活用する新たなビジネスモデルの登場などを踏まえた「第4次産業革命技術」、再生可能エネルギーの主力電源化のための「電力需給の調整力・予備力に関する技術」が追加された(図6)。最新の技術開発・実用化の進捗や技術・市場動向などを踏まえ、今後もこの技術戦略の見直しが行われると考えられる。

図6 「省エネルギー技術戦略」の重要技術(出典: NEDO HP)

分散型資源による需要の高度化・最適化

需要技術は、一つ一つは規模が小さいいわゆる分散型資源である。しかし、それらが数千万の住宅の戸数あるいは数十万の業務用が集まれば数千万キロワットの規模となり、将来の電力システムの運用に貢献することが期待される。図7にEV充電の適用例を示す。帰宅後即充電を充電最適化、充放電最適化とすることで、日中の太陽光発電の出力制御量が低減され、また重要電最適化では日没後の最大需要が低減される。これらにより化石燃料の使用と二酸化炭素排出が減少する。

図7 EV充電最適化による再エネ出力の最大活用(9)

需要最適化の枠組みにおける「電気」の評価

現行省エネ法は、「電気需要の平準化」を目的の一つとしており、夏季・冬季の08:00〜22:00において、電気から燃料又は熱への転換や、当該時間帯以外での電気の使用などを求めている。しかし、このエネルギーの使い方は、二酸化炭素排出削減と再エネ大量導入のもとでは合理的ではない。

このため、省エネ法において「電気需要の平準化」に代えて「需要最適化」の枠組みを新たに設け、当該枠組みにおいては、再エネ出力制御時、それ以外の時間帯などで異なる電機換算係数とする「需要最適化原単位」の導入が考えられている。また、住宅・建築物や輸送分野についても、需要平準化に代えて需要最適化を推進するため、これらの分野における需要最適化の評価の在り方の検討が必要とされている。

長期的PDCA

省エネ分野に限らず、最適な選択は、目標とする姿が分かっていると取り組みやすい。しかし、カーボンニュートラルの目標達成には、バイオマス発電からのCCSや、大気中からの二酸化炭素回収など、負の二酸化炭素の排出源までが必要となり、そのような将来の社会や産業の姿には不確実が大きい。この不確実な将来に向けては、企業や自治体が大きな技術開発、設備導入、人材育成などの継続的な投資をカーボンニュートラルへの取り組みとして、足下から進めることは難しい。このため、それぞれの主体の取り組み方策としては、問題を実施しやすい形に分解する「長期的PDCA(10)」が有効である。長期的PDCAでは、まず現在の足元から到達可能で、不確実ではあっても最終ゴールに到達できると考えられる中間目標を設定、次に、その目標に向けた足元からの最適な取り組みを選択する。そして足元から中間目標に向けた取り組みと、中間目標自体の評価と改善を効果的に行う。

長期的PDCAは、日本が実践してきた「計画、実施、評価、改善のPDCA」において、目指す姿である中間目標を並行して評価・改善し続ける応用問題である。「長期PDCA」では、評価のための指標に応用問題特有の工夫として、結果指標にとどまらず、取り組みの状況とその効果を把握する補助指標の利用が、通常のPDCAの場合に比べてより重要となる。

まとめ

供給側の脱炭素化には長い時間がかかるが、需要側、特に寿命の長い建物、産業用設備などの設備の改修・入れ替えは、2050年までの約30年間という期間では1回の機会しかないとも言われる。省エネの取り組みでは、対象をすべてのエネルギーに拡大し、新たに加わる需要の高度化・最適化の取り組みも求められる。多くの取り組みの実施主体にとって、不確実な将来においては目標を修正しながら取り組みの軌道修正を行う長期的PDCAを導入した取り組みが必要と考えられる。

電力・エネルギーシステムの変容は、省エネルギーの新たな視点の実現による化石燃料の費用低減に加え、再生可能エネルギー導入など投資費用の管理・低減ができれば、経済性を大きく損なわずに進めることが期待される。さまざまな取り組みが適時かつ効率的に進むよう、技術に加え制度のイノベーションが必要であろう。


参考文献

(1) 岩船由美子, 荻本和彦, 東仁, 2030 年の電力需給における電気自動車評価,IEEJ 電力技術/電力系統技術合同研究会(2018).

(2) 経済産業省, 2030年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)(2021.10).

(3) 資源エネルギー庁,省エネポータルサイト(参照日2022年1月31日)

https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/index.html

(4) 経済産業省, テレビ・温水器の省エネラベル表示が変わります (2021.8).

(5) NEDO, 事業紹介(参照日2022年1月31日)

https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100197.html

(6) 荻本和彦,岩船由美子, 片岡和人, 池上貴志, 八木田克英, 電力需給調整力向上に向けた集中・分散エネルギーマジメントの協調モデル,電気学会部門大会, I-16 (2011).

(7) 荻本和彦, 電力システム・再エネインテグレーションの将来, IEEJ全国大会 講演論文集 シンポジウムH4_3 (2019) における公演投影資料から作成.

(8) NEDOホームページ(参照日2022年1月31日)

https://www.nedo.go.jp/library/energy_conserv_tech_strat.html

(9) Y. Iwafune, K. Ogimoto, H. Azuma, Integration of EV into the Electric Power System Based on Results of Road Trac Census,energies-12-01849(2019).

https://www.mdpi.com/1996-1073/12/10/1849/htm

(10)東京大学生産技術研究所ESI連携研究部門,「提言:カーボンニュートラルに向けた システムインテグレーションの 取り組み(2020).


<電気学会 会員>

荻本 和彦

◎東京大学 生産技術研究所エネルギーシステムインテグレーション社会

 連携研究部門 特任教授

◎専門:エネルギーシステムインテグレーション

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