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2022/3 Vol.125

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特集 カーボンニュートラルへの道 “省エネの視点から”<電気学会 合同企画>

廃熱回収技術THS2について

島田 一孝・広瀬 功一郎・友田 平三〔(株)三井E&Sマシナリー〕

はじめに

2021年11月英国グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、世界の平均気温上昇を1.5度に抑える努力を追求することが求められており、COP26の直後に開催されたIMO(国際海事機構)の第77回海洋環境保護委員会(MEPC77)において、2050年までに国際海運からのGHG(GreenHouse Gas)排出を2008年比で半減させることなどを定めたIMOのGHG削減戦略を2023年までに見直しすることが決定した。

GHGの大幅削減では、従来のC重油から水素やアンモニアなどのカーボン・フリー燃料やバイオマス燃料、自然エネルギーを利用して生成されるカーボン・ニュートラル燃料への転換が必須であるとされ、最近ではこれら燃料を利用する主機関の技術開発が着目されている。

これまでの船舶のGHG削減は、新造船のエネルギー効率設計指標(EEDI)を段階的に強化していくEEDI規制に加え、2023年以降は既存船の燃費性能規制(EEXI規制)や燃費実績の格付け制度(CII格付け)など既存船の規制も始まるが、これら規制対応には主機関出力を落とし、減速運転による燃料消費量を減らすことが主流となっており、本稿のテーマである廃熱利用技術の利用はそれほど進んでいないのが現状である。

しかしながら、COP26やMEPCなどの最近の動向から、カーボン・フリー燃料やカーボン・ニュートラル燃料への転換は必須であり、高価なこれら燃料の使用量を少しでも減らし,船舶の輸送手段としての高い経済性を維持するためには、廃熱回収技術の利用価値は高まると予想している。

本稿では、当社が独自に開発したTHS(Turbo-Hydraulic System)および次世代型であるTHS2(Turbo-Hydraulic System type 2)について紹介するとともに、今後の廃熱利用技術に関する展望を考察していく。

主機関のヒートバランスについて

図1に舶用低速ディーゼル機関のヒートバランス例を示す。ヒートバランスとは一般的に、燃料が燃焼することで発生する熱量がどのように消費されるかを示すものである。図1から機関の定格負荷での正味出力は50%ほどにまで達しており、機関単体で熱効率の向上は簡単ではない。機関単体の熱効率とNOx排出量はトレードオフの関係にあるため、更なる熱効率向上にはNOx排出率の増加が伴い、NOx排出率規制が関わってくる。この全体の約30%を占める排気損失からの廃熱を有効に利用することで、機関の熱効率を改善することを目指した。さらに、排ガスエネルギーを利用する過給機は、年々高効率化しており、過給機で使用されなかった、余剰の排ガスエネルギーは増加する傾向にある。

そして、排ガス余剰エネルギーを有効活用し熱効率上昇させた手段の一つがTHSである。

図1 舶用低速ディーゼル機関のヒートバランス

THSについて

THSの基本構成

当社は2006年から油圧式廃熱回収システム(THS : Turbo Hydraulic System)の開発を開始した。THSは、余剰の排ガスから得たエネルギーを、油圧動力として利用し、クランク軸へのアシストに使用することで、熱効率向上を実現するものである。

THSの主要機器は過給機に装備された油圧ポンプと、クランク軸側の油圧モータであり、これらを油圧回路で結んだものが基本構造となる。コンパクトでメンテナンス性に優れた構造を目指し、減速機と固定容量式ポンプを過給機一体型とする配置を開発した(1)

機器構成

油圧回路は大きく以下の5つの部分で構成されている。図2にはこれらの機器を搭載した機関のモデルを示す。

①過給機付き油圧ポンプ ②クランク軸付き油圧モータ ③可変容量モータ ④バルブブロック ⑤油圧ユニット

THS運転モード

THSは二つの機能を有している。図3に示す過給機を介して排ガスエネルギーを油圧動力として回収しクランク軸を加勢するPTO(Power Take Output)モードと、逆にクランク軸付きのポンプをモータとして使い油圧を発生させ、過給機に付いたポンプを介して過給機の回転を加勢するPTI(Power Take Input)モードである。

PTOモードでは高負荷域においてNOx排出率を増加させることなく、燃料消費量を低減することができる。

PTIモードでは補助ブロワの代用として使用することで、ブロワの駆動に必要な電力を節約することができる。そのため低負荷においても省エネルギー化を実現することができる。また、船体の大きさに対して比較的定格出力の小さな機関が搭載されると、低速運航時の低トルクが加速不足を引き起こすことがある。低速2ストローク機関を搭載した船は、過大なねじり振動応力から軸を保護するためにバードレンジ(BSR : Barred Speed Range)という連続使用禁止回転速度域が設けられている場合もあり、軸の損傷を避けるためにもBSRを素早く通過する必要がある。PTIモードでは低負荷域において、過給機回転数を加勢することによる加速能力改善効果もある。このように運転モードを切り替えることによって、THSは高負荷域での熱効率向上だけでなく、低負荷域においても電力の省エネルギー化と加速能力改善効果を有している。

図2 THS搭載機関のモデル

図3 THS PTO運転モード

THSの実績

2012年10月からは主機型式(6S50MC-C)を搭載したばら積み貨物運搬船にて実船試験を実施し、長期信頼性の検証を行った。実海域においてもテスト機関と同レベルの性能を得られることを確認した。 2014年7月にはTHSを搭載した初号機が出荷され、これまでに23台のTHSを出荷した。

THS2(次世代型THS)について

THS2基本構造

これまでの製造経験によってTHSの構成を確立していったが、その間に大型舶用機関においては機械式制御機関から、電子制御機関が主流となっていった。電子制御機関では、排気弁の駆動や燃料噴射システムの動力に油圧を使うため、THSで生み出した油圧をこれらの動力として使用できる。これが電子制御機関向けに開発された次世代型THSの基本概念であり、当社はこれをTHS2(Turbo Hydraulic System type 2)と名付けた。

THS2のPTOおよびPTI運転モードの油圧回路を図4に、図5に機関搭載モデルを示す。THS2ではシステムを簡略化するために、図6に示す過給機付き油圧ポンプに可変式ポンプを採用した。これによって従来型THSでは回収動力制御用に使用していた可変容量モータが不要となった。また、THS専用油ではなく、主機のシステム油と共油にすることで、油圧ユニットが不要となった。さらに過給機に装備された油圧ポンプで発生した油圧は、図5に示す通り、機関のアキュムレータブロックに供給される。供給された油圧は機関の排気弁駆動と燃料噴射動力に使われる。そして、THS2で回収できる排気ガスエネルギーは排気弁駆動と燃料噴射動力に必要なエネルギーの約2倍供給できると試算されたことから、機関駆動ポンプを改良しモータとして使うことで、余剰なエネルギー(油圧)を利用してクランク駆動力を加勢することができるようにした。これにより、クランク軸を加勢する従来機能を維持しながら、図2で示したクランク軸付き油圧モータが不要になった。その結果として、従来型と同等の熱効率向上効果を保ちながら、コンパクトなデザインとし、THS導入の初期費用が低減された。

また低負荷時にはアキュムレータブロックから油圧ポンプを介し油圧動力により過給機をアシストする機能も従来型と同様に有している。

図4 THS2の油圧回路モデル

図5 THS2搭載機関のモデル

図6 過給機付き油圧ポンプモデル

THS2制御

THS2油圧系統を機関油圧系統と統合するため、MAN Energy Solutions社の協力の下、これまで単体で設計していたTHS制御系も機関制御系と統合された。これによりTHS2のOn/Off操作は、図7機関制御画面(MOP:Main Operation Panel)を使用して行うことができる。また、PTO/PTIモードは機関負荷に応じて自動で移行する。THS Onの状態にて機関起動後、低負荷においてPTIモードがスタートし、その後、負荷上昇に伴い高負荷域ではPTOモードに移行する。またTHS2による動力回収量もMOP画面で確認可能である。

図7 THS2制御画面(MOP)

THS2実機初号機陸上試験

2020年7月に7S65ME-C8.5 TCA-77用THS2初号機の陸上試験を実施した。図8にTHS2を装備したTCA77過給機の写真を示す。

そして図9、図10に陸上試験におけるPTOモードでの燃費改善効果とNOx排出率を示す。図9からPTOモードにおいて最大で約4g/kWhの燃費改善を確認した。その間NOx排出率はほとんど変わらなかった。つまり、NOx排出率を維持しながら、熱効率にすると約2%の向上を達成したことになる。また、排ガス分析の結果では、CO2排出量を約200kg/h削減できたことを確認した。

さらに図11にPTIモードにおける掃気圧の変化を示す。PTIモードでは掃気圧が約0.1bar上昇することを確認した。これによりPTIモードでは補助ブロワの代用としてTHS2を使用できる能力を有することが確認できた。

8 実機初号機THS2付きTCA77過給機

図9 PTOモードによる燃費改善効果

図10 PTOモードによるNOx排出量変化

図11 PTIモードによる掃気圧変化

THS2海上試験

陸上試験を経て、客先へ引き渡し後、海上試験も無事終了した。図12にTHS2動力回収設定と、陸上および海上運転時におけると実際の回収量を示す。海上試験でも、設定通りの動力回収量が行うことができた。さらに、図13に示す通りPTIモードでは、補助ブロワと併用することで、Dead slowからHarbor Fullまでの経過時間を約2/3に短縮することができ、加速性能を向上させる効果があることを確認できた。

図12 THS2動力回収設定と実際の回収量

図13 THS2 ON/OFFによる加速時間比較

廃熱回収技術の将来展望について

国交省および日本船舶技術研究協会が2019年度に取りまとめた国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ(2)において、LNG→カーボンリサイクルメタン移行シナリオと水素・アンモニア燃料拡大シナリオが示されており、GHG削減において燃料転換が必須であることに疑いはない。

カーボンリサイクルメタンの場合には、既存のLNG焚き機関技術がそのまま利用できるため、エンジン側の開発要素は無いが、水素やアンモニア燃料については、燃料特性が従来燃料と比べ大きく異なるため、エンジン側にも開発要素がある。三井-MAN B&W機関でも、ライセンサ MAN ES社と共に、アンモニア燃料焚機関の開発を進めている。

これらエンジン側の開発要素に加え、燃料転換の課題として、カーボンリサイクルメタン、水素やアンモニア燃料は、重油燃料よりも高価であること、アンモニアや水素は製造量が少なく調達性が悪く港湾インフラも未整備であることなどが上げられる。表1にDNVの燃料価格の比較を示す(3)

今後燃料転換による大幅なGHG削減は不可避であるが、同時に船舶輸送の最大の強みである高い経済性を損なわないために、船舶のエネルギー消費を抑えることも重要であり、廃熱回収技術はその一助となる重要な要素技術であると考えている。

 

表1 燃料費比較表

まとめ

2006年に開発を開始したTHSは、高負荷において熱効率上昇により省エネルギー化できた。電子制御機関向けに開発したTHS2は、油圧系統を機関側と統合し、よりコンパクトな製品となり初期導入費用の削減を実現しながら、従来のTHSと同様の熱効率向上で約2%のGHG削減を実現できるものである。

これからのGHG削減を実現するためには、燃料転換の開発が率先して行われることに疑いはない。但し、燃料開発だけでは、船舶の最大の強みである低コストの輸送能力が失われる可能性がある。よって、THS2の様な廃熱回収技術により、省エネルギー化を目指すことも重要である。

 


参考文献

(1)大田,舶用低速ディーゼルエンジン用油圧式排熱回収システム(THS)の開発(第1報)-構成と基本性能-,三井造船技報,205(2012-3).

(2) 国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ,国交省,

https://www.mlit.go.jp/maritime/GHG_roadmap.html (参照日2022年1月7日)

(3) DNV, MARITIME FORECAST TO 2050, Energy Transition Outlook 2021, p.52.


島田 一孝

◎(株)三井E&Sマシナリー ディーゼル事業部 設計部 部長補佐

広瀬 功一郎

◎(株)三井E&Sマシナリー ディーゼル事業部 設計部 主管

友田 平三

◎(株)三井E&Sマシナリー ディーゼル事業部 設計部 主任

 

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