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2022/3 Vol.125

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特集 カーボンニュートラルへの道 “省エネの視点から”<電気学会 合同企画>

鉄道分野における省エネ技術の研究開発 ~JR東日本 環境技術研究所の取り組み~

一木 剛〔東日本旅客鉄道(株)〕

はじめに

JR東日本は「ESG経営の実践」を経営の柱として掲げ、2050年度の鉄道事業におけるCO2排出量「実質ゼロ」を目指す環境長期目標「ゼロカーボンチャレンジ2050」を当社グループの目標としている。鉄道は交通分野において輸送量当たりのCO2排出量が相対的に小さく、環境にやさしい輸送機関であるが、当社グループでは「脱炭素社会」実現へ向けた取り組みを推進するとともに、環境優位性のさらなる向上とサスティナブルな社会の実現を目指している。

環境技術研究所では、鉄道事業における「エネルギーマネジメントの確立」や「省エネ技術の鉄道への応用」を目指し、エネルギー分野を中心に研究開発を行っている。本稿では当研究所で取り組んでいる省エネ技術に関する研究開発テーマの事例について、概要を紹介したい。

列車の運転操縦による省エネ技術の研究

省エネ運転の概要

当社におけるエネルギーのインプットから消費までのフローを図1に示す。自営の発電所と電力会社から供給された電力は電車の走行や駅・オフィスの照明・空調に使用している。また軽油や灯油などをディーゼル車の走行や駅・オフィスの空調に使用している。電力エネルギーに着目すると、当社の年間電力使用量47.9億kWhのうち、約8割に当たる38.1億kWhは列車運転用のエネルギーが占めている。したがって、当社の省エネ施策を検討していくにあたり、列車運転用のエネルギーを削減していくことは極めて重要である。

列車運転用エネルギーは、駅間の所要時間が同じであるにもかかわらず、力行(車両が引張力を発生して走行する状態)やブレーキのタイミングといった運転操作次第で相当な差が出ることがわかっている。そこで当研究所では、運転エネルギーを削減する運転操縦である省エネ運転の研究を行っている。省エネ運転とは、駅間の所要時間を変えずに力行による加速時間を短くすることで最高速度を抑え、惰行(車両が慣性によって走行している状態)の時間を長く、そしてブレーキによる減速時間を短くする運転である。図2に従来の運転と省エネ運転の運転曲線の比較を示す。

図1 JR東日本のエネルギーフロー(JR東日本グループレポート2021より)

図2 従来の運転と省エネ運転の運転曲線の比較

 

 山手線における実証試験

省エネ運転を研究する手法の一つとして、山手線を運行しているE235系電車の車両モニタリングシステムに着目した。この電車は、車両に搭載されている各機器の膨大な状態データを取得しており、一定のサンプリング周期で常時記録され、WiMAX通信を介して地上システムへ蓄積することができる。このデータの中から架線電圧、架線電流、時刻情報、列車走行位置、列車速度、乗車率、加減速操作タイミングなどの運転エネルギーに関するデータを取得して、消費電力量や運転操作、駅間ごとの運転曲線などの可視化を行うことにした。なお、消費電力量は、空調や照明装置などの補助機器で消費される電力量は含めず、走行のための動力として消費する電力量のみを算出している。

山手線の列車の走行実績を可視化することにより、同じ駅間においても乗務員ごとに運転曲線や消費電力量の違いがあることが明らかになった。また同じ乗務員においても走行ごとに運転曲線や消費電力量は、多少の違いが発生する。本研究では山手線の列車において駅間ごとに約1000回分の過去の運転実績を集計して、列車ごとに省エネ運転に関する特徴(消費電力量、所要時間、加減速操作のタイミングなど)を算出した。これらの集計した運転実績の中から消費電力量が少なく省エネ運転となっている手本となる運転(指標運転)を抽出した。指標運転を抽出するにあたり、消費電力量が少ないという特徴だけでなく、安全性や乗り心地、多くの乗務員が再現しやすい、といった要素も加味したうえで抽出を行うことが重要である。したがって、指標運転の候補について、乗務員が運転曲線および運転操作を確認したうえで、最終的な指標運転を決定した。

山手線の全駅間において指標運転を抽出した後、指標運転の再現性および実際の省エネ効果を確認するため検証を行った。図3に目白駅〜高田馬場駅間(内回り)の消費電力量の分布を示す。図中の灰色の点が過去の運転実績(約1000回)、赤点が前述した指標運転である。そして緑点は赤点(指標運転)を目指して試行運転した結果を示している。緑点(試行運転)が、過去の運転実績に対する線形近似直線(省エネ効果の基準線)の下に位置していることから、試行したすべての運転で省エネ効果を確認することができた。また、赤点(指標運転)の周辺に緑点(試行運転)が位置していることから、指標運転のとおりに運転の再現が可能であることが検証でき、省エネ運転の有効性を確認することができた。

図3 目白駅~高田馬場駅間(内回り)の消費電力量の分布

 

省エネ運転の効果と未来

山手線の外回り、内回りの全駅間で省エネ運転を試行した結果、1駅あたり平均0.1〜4.1kWhの消費電力の削減量を確認し、外回り、内回り全駅間で省エネ効果を確認することができた。山手線1周あたりの省エネ効果として算出した結果を図4に示す。外回り1周あたり平均31.4kWh、12%の省エネ効果、内回り1周あたり平均41.0kWh、15.7%の省エネ効果が得られた。

本研究は大きな設備投資を必要としない省エネ技術であり、非常に有効な手法である。今後は山手線以外の他線区への拡大など省エネ運転の更なる展開を目指し、全乗務員が取り組むための課題を抽出していくとともに、将来の自動運転への展開も視野に入れた研究を進めていく考えである。

図4 山手線1周当たりの省エネ効果

 

水素ハイブリッド電車「HYBARI」の開発

開発の背景と目的

当社の在来線車両は、電力を運転エネルギーとする電車と軽油などの化石燃料を運転エネルギーとする気動車に大別されるが、電車は約10500両に対して、気動車は約500両に過ぎず5%以下の割合である。当社の在来線車両の約95%以上を占める電車のメリットの一つとして、架線を介してブレーキ時に発生する回生電力を周辺の他の電車へ供給できるため、省エネに寄与できる点がある。しかし、このメリットも列車本数の密度が大きい東京近郊区間に限られ、地方線区のような密度が小さいエリアでは、そのメリットも小さくなる。むしろ、そのような地方線区において電車を走らせ続けることは、架線などのインフラ設備の保守管理の観点において、将来に向けた課題となる可能性がある。

また、主に非電化区間を運行する気動車は、ディーゼルエンジンを動力源としており、両数は少ないもののCO2排出という点において、脱炭素社会の実現を目指すための課題となっている。

当社ではこれまでに、鉄道車両の省エネやCO2削減を目的に、環境負荷の小さい車両としてディーゼル・ハイブリッド車両や架線・バッテリーハイブリッド車両の営業導入を進めてきた。当社における主なハイブリッド車両を図5に、また、ハイブリットシステムの概要を図6に示す。いずれの車両も二次電池として主回路用蓄電池を搭載することで、環境負荷の低減を実現しているが、ディーゼル・ハイブリッド車両はCO2排出の課題が、完全には解消されてはいない。また、架線・ハイブリッド車両は走行距離が短く、導入可能線区が限られるという大きな課題がある。

そこで、将来に向けて、化石燃料を使用している地方線区の気動車の置換えや、すでに電化されている線区の新しいモードへの転換を意識するとともに、エネルギーの多様化も見据えて、水素をエネルギー源とした燃料電池ハイブリッド試験車両の開発を進めることとした。

図5 JR東日本の主なハイブリッド車両

図6 ハイブリッドシステムの概要

燃料電池鉄道車両を取り巻く環境と安全性の検証

水素を燃料として鉄道車両に搭載するための法令や技術基準は定められていない。本開発を進めていくにあたり、自動車業界における法令への適合および技術基準策定の考え方について、関係省庁、関係業界へ聞き取りを行った。その結果、「高圧水素を燃料に用いる場合は高圧ガス保安法(経済産業省所管)への対応が必要」「自動車業界同様に技術検証の上で省令の緩和ができることを証明する必要性」があることがわかった。そこで、燃料電池試験車両を開発し、実証試験において本線を走行するにあたっては、自動車同様に経済産業大臣特別認可(大臣特認)を取得の上で、実施していくこととした。

法令を順守して実証試験を行うためには、燃料電池の仕様決定より優先して高圧水素を搭載するための大臣特認の取得へ向けた技術評価を行うこととした。これには「鉄道車両用高圧水素燃料容器の評価」と「鉄道車両への大容量水素搭載」の二つの課題があった。

「鉄道車両用高圧水素燃料容器の評価」の課題については、自動車において国際認証取得済の70MPa自動車用高圧水素容器(タンク・電磁弁・安全弁など)を購入し、鉄道車両の使用環境を考慮した条件で検証・認証取得を図った。

「鉄道車両への大容量水素搭載」の課題については、鉄道車両に適した大容量水素搭載システムのトータル設計を行い、車両実機システム相当での検証を行った。特に水素タンクは屋根上に搭載することにし、沿線火災などの異常時にもタンクの温度検知の結果、緊急放出した水素が拡散しやすくするようにした。また、水素漏洩を未然に防止するのはもちろんであるが、万が一、漏洩した際にもそれを検知して水素漏洩を遮断できるシステム構成にするなどさまざまな安全性の検証を実施した。

FV-E991系「HYBARI」の概要

開発を進めている試験車両の形式はFV-E991系であるが、愛称名を「HYBARI(ひばり)」と命名した。「HYdrogen-HYBrid Advanced Rail vehicle for Innovation(ひばり)」の頭文字であるが、HYには水素(HYdrogen)の意味とともに、HYBでハイブリッド(HYBrid)の意味を込めている。

HYBARIは水素を燃料とする燃料電池装置と主回路用蓄電池の二つのエネルギー源からなるハイブリッドシステムを採用している。燃料電池装置は、鉄道車両用に新規に開発することはせず、自動車用に既に実用化されているものを採用し、鉄道車両用にカスタマイズして搭載することにした。これにより開発費用や開発期間を大幅に縮小することができ、メリットは非常に大きい。HYBARIの燃料電池ハイブリッドシステムの概要を図7に示す。水素タンクに充填された水素は燃料電池装置へ供給され、空気中の酸素との化学反応により発電するが、その際に排出されるのは水のみである。主回路用蓄電池は燃料電池装置からの電力とブレーキ時に発生する回生電力を充電することができる。ハイブリッド駆動システムは燃料電池装置と主回路用蓄電池の両方からの電力を主電動機に供給し車輪を動かす制御を行う。その他、空調や照明などの補助機器のための補助電源装置の電力も燃料電池装置と主回路用蓄電池から供給される。

水素ハイブリッド電車「HYBARI」の外観を図8に示す。デザインは燃料電池の化学反応から生まれる水を碧いしぶきで表現し、大地を潤すイメージでスピード感と未来感を持たせた。

車両構成と仕様を図9に示す。HYBARIは制御電動車(Mzc)と制御付随車(Tzc’)の2両で構成され、Mzcには床下に電力変換装置と主回路用蓄電池を搭載する。Tzc’には、屋根上に水素タンクを内蔵した水素貯蔵ユニットと水素の圧力を1Mpa以下に減圧する減圧弁を内蔵した屋根上配管ユニットを搭載する。床下には水素の充填口がある床下配管ユニットと燃料電池装置を搭載する。

図7 燃料電池ハイブリッドシステムの概要

 

図8 水素ハイブリッド電車「HYBARI」

図9 HYBARIの車両構成と仕様

水素を燃料として走行する鉄道車両は、ドイツなど海外ではすでに実用化されている先例があるが、水素充填圧力は35MPaである。しかしHYBARIは最高充填圧力を70MPaとしており、鉄道車両としては世界初となる。これは自動車用として実用化されている燃料電池装置を採用しているメリットでもあり、一充填あたりの航続距離を延ばすことが可能となる。HYBARIは35MPaでの充填も可能であり、その際の航続距離は約70㎞と見込んでいるが、70MPaの充填の場合は、約140㎞の走行が可能になる見込みである。

水素タンクは、自動車でも使用されている炭素繊維複合容器(Type4容器)を採用している。水素タンクは51ℓ/本であり、これを5本1ユニットとし、4ユニットをTzc’の屋根上に搭載している。

実証試験の概要

HYBARIは2022年春に完成し、その後、神奈川県横浜市、川崎市に位置する鶴見線、南武線尻手支線、南武線(川崎〜登戸)において実証試験を開始する。実証試験では、車両基地などにおける定置での水素充填試験や各種機能試験、および本線における走行性能試験、燃料電池制御試験、ハイブリッド制御試験など水素をエネルギー源とする燃料電池鉄道車両としてのさまざまな技術と安全性の検証を実施する計画である。本実証試験は、前述したとおり大臣特認を取得したうえで実施するが、今後、他線区における営業運転を目指すには、鉄道事業に関連する高圧ガス保安法などの法令の規制緩和が不可欠となる。これに向けた実績データの取得も必要であると考えている。

また、鉄道車両における水素充填量は自動車の数十倍となるため、将来に向けた水素充填設備に必要な要件や基準、さらには今後見込まれる大型トラックやバス用の水素充填設備との共通した基準の見極めなども重要な項目となる。

将来の水素社会における主要インフラとなる可能性を秘めた燃料電池鉄道車両を実用化するためには、この実証試験を通じて鉄道車両としての技術検証だけではなく、エネルギー源となる水素の製造方法、製造場所から充填個所への運搬方法など水素サプライチェーンの全体像の構築を検討していくことも極めて重要な課題であると考えている。

おわりに

本稿では当研究所で取り組んでいる省エネ技術に関する研究開発の一例を紹介した。今回は列車の運転操縦技術や鉄道車両開発といった列車の運転系エネルギーに関するテーマを紹介したが、建物系エネルギーの消費を削減することや定置型蓄電装置の導入やエネルギー需給マネジメントの実施によりエネルギーの効率的な利用を図ることなどの研究開発テーマにも取り組んでいる。

当研究所の研究開発テーマは、いずれも省エネやCO2排出削減など脱炭素社会の実現に貢献できるものである。今後も、これらの研究開発を地道に進めていくことで、前述した当社グループの目標だけでなく、我が国における2050年カーボンニュートラルの達成へ向け、微力ながら寄与していきたいと考えている。


参考文献

(1) 柴田悠介, 飯田隆幸, 省エネ運転支援ツールの開発, JREA(日本鉄道技術協会), Vol.64, No.9(2021), P27-30(45345-45348).

(2) 大泉正一, 田中康裕, 飯田隆幸, JR東日本におけるハイブリッド車両(燃料電池)試験車両実証試験について, 水素エネルギーシステム(水素エネルギー協会), Vol.45,No.3(2020), 159(19)-164(24).

(3) 飯田隆幸, ハイブリッド車両(燃料電池)試験車両の開発, JREA(日本鉄道技術協会), Vol.63,No.1(2020), P35-38(43749-43752).


一木 剛

◎東日本旅客鉄道(株) JR東日本研究開発センター

 環境技術研究所 上席研究員

◎専門:鉄道システム技術、鉄道環境技術

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