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2022/3 Vol.125

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特集 カーボンニュートラルへの道 “省エネの視点から”<電気学会 合同企画>

脱炭素時代に向けたヒートポンプへの期待

佐々木 俊文〔(一財)ヒートポンプ・蓄熱センター〕

ヒートポンプとは

ヒートポンプはその名の通り熱(ヒート)を低温から高温にポンプのように移動させる技術である。熱の移動元である熱源には空気熱、地中熱を代表として、工場廃熱、河川水熱、下水熱などがあり、移動先の利用用途は給湯・暖房などの温熱利用と冷凍・冷蔵・冷房などの冷熱利用がある。身近なところでは家庭のルームエアコンや冷蔵庫で使われており、2001年に発売開始されたCO2冷媒式ヒートポンプ給湯機(エコキュート)は2020年7月に累計出荷台数700万台を突破した。

ヒートポンプのポテンシャル

脱炭素電源×ヒートポンプ=熱利用の脱炭素化

熱の利用は人の生活に不可欠であり、生活水準の向上に伴い、熱の利用は多様化しながら増加してきた。エネルギー白書2021(1)によると、家庭部門では冷房、暖房、給湯を合わせて約6割が、業務他部門でも約5割が熱の利用のためにエネルギーを消費している。

これらの熱は、従来は石油ストーブやガス給湯器などの化石燃料を燃焼して得ていた。しかし、燃焼機器は化石燃料が持つ熱エネルギーを取り出して活用するため、燃料が持つ発熱量以上の熱エネルギーを取り出すことはできない。効率を上げるためには、いかにその発熱量を効率よく取り出して供給するかということになる。一方、ヒートポンプは電気を熱源としているわけではなく、電気は熱を移動させるために消費される。そのため、いかに少ない電気で空気などの熱源から効率よく熱を集めて移動させるかが、効率を上げるポイントとなる。つまり、投入する電気のエネルギー以上の熱エネルギーを得ることが可能であり、効率を表すCOP(成績係数)は3〜7程度にもなる。これにより、ヒートポンプの機器効率は燃焼機器の数倍にもなり、一次エネルギーに遡って電気のCO2排出係数を加味したとしても、燃焼機器と比較して省エネ・省CO2となる(図1、図2)

図1 ヒートポンプの仕組み

図2 ヒートポンプの省CO2ポテンシャル

ヒートポンプに投入する電気について、供給側では低炭素化・脱炭素化を目指し、再生可能エネルギー電源の普及が進んできた。そして、需要家側でもRE100(Renewable Energy 100%の略称で、企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブ)の取り組みに代表されるように、再生可能エネルギー電源へのニーズが高まるとともに、電力の全面自由化の進展から、消費者が脱炭素電源を選択することが可能となった。

「脱炭素電源」×「ヒートポンプ」により、日本のエネルギー消費の多くを占める「熱利用の脱炭素化」の道筋が見えてきたといえる。

ヒートポンプと再生可能エネルギー

再生可能エネルギーについては電源ばかりに注目が集まりがちだが、熱源も再生可能エネルギーとして定義されている。

EUでは、2007年に、2020年までに最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギー利用比率を20%に向上させることを決定し、この目標達成に向けて「再生可能エネルギー推進に関する指令(Directive 2009/28/EC)(2)」が成立した。この指令では、ヒートポンプ利用により移動させる熱源として大気熱、地中熱などを再生可能エネルギーとして扱うことが明文化されている。また、最終消費エネルギーベースで空気熱・水熱源・地中熱を利用するヒートポンプからの暖房・給湯に供給する温熱源としての利用量は、太陽光発電や風力発電などによる発電量と同様に再生可能エネルギー利用量として算定することができる制度となっており、EUの再生可能エネルギー利用率の向上に貢献している。また、新たな動きとして、2021年12月にヒートポンプの温熱利用量だけでなく、冷熱利用量も再生可能エネルギー利用量として算定する算定式が公表された。これにより、EUの再生可能エネルギー利用量はさらに向上することが見込まれる。

日本においては、2009年にエネルギー供給構造高度化法施行令で、空気熱、地中熱などが再生可能エネルギーとして定義されているが、残念ながら、再生可能エネルギー利用量として算定する制度がない(図3)。これは日本の再生可能エネルギー利用率を国際的に過小評価していることであるとともに、電源、熱源の両面から再生可能エネルギーを活用できるヒートポンプも同様に過小評価されているともいえるため、日本においてもヒートポンプの再生可能エネルギー利用量を評価する制度づくりが期待される。

図3 日本における再生可能エネルギーの定義

出典:経済産業省総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会(第37回)「配付資料」

国内外のヒートポンプ関連政策

海外の政策動向

IEA(国際エネルギー機関)は、COP26議長国からの要請に基づき、2050年までの世界全体で温室効果ガス排出量をゼロにするための包括的なエネルギー部門の特別報告書「Net Zero by 2050」(3)を2021年5月に発表した。本報告書では、各国政府が取り組むべき政策が提言され、ヒートポンプは暖房の主要技術とされている。世界のヒートポンプの月間設置台数は、現在の150万台から2030年には約500万台、2050年には1000万台に倍増するとされている。同報告書の「Figure3.29世界の建築・暖房機器のストック量の推移」には、2050年には石炭、油、ガスといった燃焼設備による暖房はなくなり、ヒートポンプが建物の暖房需要の半分を賄うシナリオが示されている(図4)

そして欧米を中心に、各国がヒートポンプを脱炭素社会の実現の主要施策として、政策に落とし込んでいる。

英国政府は2021年10月、住宅暖房などの低炭素化を目指す「Heat and Buildings Strategy(熱・建物戦略)」(4)を発表した。

同戦略には、ガスボイラーの新規設置を廃止し、既設ボイラーからヒートポンプへの更新を支援していくことの方向性を示した。2022年4月から3年間で4億5,000万ポンドを拠出することで、ヒートポンプの導入費用は従来のガスボイラーを導入した場合と同等の費用になるとしている。

米国においても、2021年3月に雇用創出や国家インフラ再建などに向けた投資計画「米国雇用計画(The American Jobs Plan)」(5)を発表。この中で雇用促進のためにも、電力の脱炭素化と電化への投資を謳い、ヒートポンプは、電気自動車や充電設備と並んで必要性が示された。また、4月の米国主催の気候サミットでも同様に、気候変動への対応が雇用創出をはじめとする便益をもたらすとし、電源の脱炭素化と建築物のエネルギー効率向上と電化が掲げ、ヒートポンプの利用拡大を具体的な施策の一つとしている。

図4 世界の建築・暖房機器のストック量の推移

出典:Net Zero by 2050,IEA

国内の政策動向

国内においてもCOP26開催直前の2021年10月に、エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略などが閣議決定され改訂された。

エネルギー基本計画において「2050年カーボンニュートラル時代のエネルギー需給構造は、徹底した省エネルギーによるエネルギー消費効率の改善に加え、脱炭素電源により電力部門は脱炭素化され、その脱炭素化された電源により、非電力部門において電化可能な分野は電化される。」と明記され、脱炭素電源×電化=脱炭素社会という方向性が確認された。

ヒートポンプは2015年に策定された長期エネルギー需給見通しにおいて、産業部門、業務・家庭部門における電化や省エネ対策として例示されていたが、今回の改定で、家庭用ヒートポンプ給湯機の2030年の導入見込み台数は1400万台から1590万台に上積みされた(図5)

図5 ヒートポンプの普及推移

出典:中央環境審議会地球環境部会・産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会合同会合(第50回)配布資料より作成

ヒートポンプのポテンシャル

2050年に向けたシナリオ

当センターでは、令和2年度ヒートポンプ普及見通し調査(6)として、国内におけるヒートポンプの普及拡大による温室効果ガスの削減効果を分析して発表した。

その効果は、中位ケースで2050年には1億3699万tCO2となり、2020の温室効果ガス排出量速報値11億4900万tCO2の約12%に匹敵することがわかった(図6、図7)

建物や設備のライフサイクルを鑑みると、2030年や2050年は決して遠い将来ではなく、ヒートポンプが導入できる建物の新築や熱源設備の改修工事の機会は1〜2度しかない。日本の政策目標を達成し、国際社会の高い期待に応えるために、数少ないヒートポンプの導入機会にロックインを防ぎ、2050年を見据えた取り組みが求められる。

迅速な脱炭素化が求められる現在にあっては、今後ゼロから新規に開発しなければならない技術ではなく、すでに普及が進んでおり、温室効果ガス削減効果の大きいヒートポンプ・蓄熱システムが、「電力の脱炭素化」×「電化」=「脱炭素社会」の切り札になることは間違いないだろう。

図6 温室効果ガス排出量の推移

図7 温室効果ガス排出量の推移(内訳)

 


参考文献

(1) エネルギー白書2021, 経済産業省資源エネルギー庁.

(2) 再生可能エネルギー推進に関する指令(Directive 2009/28/EC), 欧州委員会.

(3) Net Zero by 2050, IEA.

(4) Heat and Buildings Strategy, 英国政府.

(5) The American Jobs Plan, 米国政府.

(6) 令和2年度ヒートポンプ普及見通し調査, (一財)ヒートポンプ・蓄熱センター.


佐々木 俊文

◎(一財) ヒートポンプ・蓄熱センター 業務部 課長

◎専門:建築・都市環境工学

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