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2017/1 Vol.120

【表紙の絵】
「ハッピーハッピーマシーン」
中村 遼くん(当時5 歳)
作者のコメント:
人の心を傷つける人や、けんかばかりする人をハッピーハッピーマシーンが吸い
とってくれて、心のきれいな人に産まれかわらせてくれるよ。
みんなが幸せになってほしいな。

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特集 夢未来マップ ~日本機械学会が目指すもの~

夢ロードマップ ~機械工学の未来への貢献~

岸本 喜久雄(東京工業大学)+新野 秀憲(東京工業大学)

これから10年後、20年後あるいは50年後のわが国の社会は、どのようになっているのだろうか?現在大きな課題とされている<食料・資源・エネルギー>、<気候変動・自然災害>、<少子化・高齢化>、<産業構造の変化・グローバル化>などに対して有効な解決策を見出し、「安全・安心で質の高い生活を誰でもが送ることができる社会」を構築することに、わが国は成功しているだろうか? その実現のために、我々機械工学分野の研究者・技術者は、何をしていったら良いのだろうか?
ロードマップの元来の意味は文字通り道路地図であるが、転じて、プロジェクトの達成などについて、将来の展開を時間軸に対してマイルストーンでまとめた<未来の予想図>として用いられている。ロードマップは、目標達成までの工程を管理するツールや、ロードマップの作成を通じて今後進むべき方向についての合意形成を図るツールとしても利用されている。実際に様々な分野で目標管理にロードマップが活用されている。それでは、わが国の目指す「安全・安心で質の高い生活を保証する社会」の実現に至る工程を明示する夢のロードマップの作成は可能だろうか?

技術ロードマップの必要性

科学技術の将来の展望をまとめたロードマップ、すなわち技術ロードマップは、多くの技術分野で作成されている。技術ロードマップを作成することで、目標管理が難しい研究開発にある程度の指向性を持たせることができるようになるというメリットが認められる。代表的な技術ロードマップとして「国際半導体技術ロードマップ」が挙げられる(1)。この技術ロードマップの作成は国際的な活動として20年近くにわたり続られてきた。しかしながら、産業構造の変化に伴って2016年3月にその活動を終了させている。今後の新たな活動が待たれる。
日本機械学会においては、2007年の創立110周年記念事業の一環として、技術ロードマップ作成事業が開始された。各部門に協力を呼びかけ、これに参加した部門(現在18部門)を中心に技術ロードマップの作成が試みられた。
2007年10月26日開催の創立110周年記念式典の当日に10件の「技術ロードマップ」が公表され(2)、パネルシンポジウムが開催された。その後、日本機械学会イノベーションセンターの技術ロードマップ委員会での10年余りの活動や「自動運転に関する分野横断型分科会」の活動により、機械工学に関する技術ロードマップの充実が図られている。最近の成果は、日本機械学会誌の小特集「技術ローマップから見る2030年の社会」として公表されている(3)。機械工学全体の技術ロードマップも提案されている。これらの活動を基に、機械工学の未来への貢献に向けた議論がさらに進展することが期待される。

日本学術会議の「科学・夢ロードマップ」

第21期日本学術会議第三部(理学・工学)は、理学・工学系学協会連絡協議会(本会も所属)の協力を得て、2011年8月24日に「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ(夢ロードマップ2011)」を報告として公表した(4)。この報告は、理学・工学分野が一体となって科学者の夢をロードマップという形にする初めての試みであった。しかし、1年程度の短期間で仕上げねばならなかった事情もあり、ロードマップそのものを含む記述内容の精査が不十分であること、分野毎の様式の統一が十分に図られていないことなどの問題点が指摘された。また、「夢ロードマップ2011」の公表5ヶ月前に東日本大震災が発生したが、科学者は震災に対して理学・工学の総力を挙げて解決の道を開くことができなかったという反省も加わり、社会における科学者の責任が大きな課題となった。この課題に対しても、十分に応えているとは言えなかった。
上述の観点から第22期日本学術会議第三部は、「夢ロードマップ2011」を基に、報告内容の精査を行った上で、東日本大震災で明確になった課題を踏まえて、「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014(夢ロードマップ2014)」を公表した(5)。このようにして完成された「夢ロードマップ2014」の作成方針は、以下に集約される。

  1. 「夢ロードマップ2011」の内容を見直し、その改定版とすること。
  2. 東日本大震災において明確となった課題をできるだけ取り入れること。
  3. 科学者と国民の対話の機会を提供することを目的とするため、科学者だけではなく、社会や国民に判りやすく示すこと。

完成された「夢ロードマップ2014」は、理学・工学の全11分野(環境学、数理科学、物理学、地球惑星科学、情報学、化学、総合工学、機械工学、電気電子工学、土木工学・建築学、材料工学)における各分野別のビジョンと、そのビジョンに基づいた科学・夢ロードマップとから構成され、冒頭に、これら11分野のビジョンを統合した「理学・工学分野における科学・夢俯瞰マップ」が示されている(図1)。

図1 理学・工学分野における科学・夢俯瞰マップ(日本学術会議「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014(夢ロードマップ2014)」より)

機械工学の「夢ロードマップ2014」

学問領域である機械工学は、特定の分野を対象とせず、広範な学および技術基盤を創造する重要な役割を有し、人間社会のための科学・技術の方向性を常に牽引すると共に、科学としての学術的な飛躍と発展の可能性を有している。したがって、機械工学は、多様なスケールにおける力学を基盤としたアナリシスとしての機能、ものづくりや価値創造を先導するシンセシスとしての機能、さらにそれぞれを堅持しつつ、先進的な研究開発を持続するためのハーモナイゼーションとしての機能、ならびに先端領域・融合領域の学術分野を発展させる機能を有している。
機械工学の展開には、これまでに確立された力学主体の学問分野を基盤としたアナリシスおよびシンセシスの学術コアに加えて、ものづくりのプロセスにおける社会の持続性との調和に代表されるハーモナイゼーションとしての学術を取り込み、さらに先端・融合による機械工学フロンティアの開拓も必要不可欠である。したがって機械工学は、従来の力学主体の学問分野にこだわることなく、絶えず異分野の学問領域を吸収しながら、新たな技術課題、技術目標、研究領域を持続的に創出するというアクティブな特性を有している。それらの挑戦が、これからの機械工学の発展の鍵を握り、それら一連の挑戦により、機械工学の学術基盤が創成され、さらなる発展につながることになる。
以上の観点を勘案して、機械工学分野では総論として「アナリシスの学術コアの進展」、「シンセシスの学術コアの進展」、「ハーモナイゼーションの学術としての進展」、ならびに「先端・融合領域における機械工学フロンティアの開拓」の4本の軸から構成される機械工学分野全体のロードマップが図2のように提示されている(5)。個別技術よりは俯瞰的に機械工学分野を捉えることで、機械工学分野全体の未来図を描こうと試みられている。さらに各論の代表例として自動車技術会の参画を得て自動車工学の夢ロードマップが示されている。そこでは自動車工学の将来像を包括的に予想する試みがなされている。

図2 2014年版機械工学分野の科学・夢ロードマップ(日本学術会議「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014(夢ロードマップ2014)」より)

これからの機械工学の発展に向けて

自然科学分野に属する研究者が自分達の研究課題をいかに夢ロードマップの中に反映させようかと時間をかけた議論を重ねるなどの努力をしていたのに対して、工学分野、特に機械工学分野の研究者の夢ロードマップに対する認識はそれほど高くなかった。「夢ロードマップ2014」における分野別の夢ロードマップの作成に際して、機械工学分野に属する学協会に対する呼びかけを行ったが、残念ながら、その反応はあまり高くなかったのが実情である。また、日本学術会議第三部の活動と日本機械学会イノベーションセンターの技術ロードマップ委員会の活動時期が合わなかったこともあって、今回は、双方の関係者で十分な意見交換を行う機会を持つことができなかった。今後は、日本機械学会の「技術ロードマップ」と日本学術会議の「夢ロードマップ」を基に検討を進め、さらに良質なロードマップが作成されることを期待したい。

新たな「夢ロードマップ」への期待

「夢ロードマップ2014」において機械工学分野のビジョンが示されている。そこでは、「21世紀の社会における機械工学のミッションは、科学の共通課題『社会のための科学・技術』への貢献であり、特に、『人と社会を支える機械工学』として、環境制約、資源制約の下で、安心・安全で真に豊かさの感じられる持続的な社会を構築するための具体的な方策を提示することである」とし、科学・技術駆動型イノベーションの創出において、機械工学の学術的、技術的な貢献の重要性が謳われている(5)。「夢ロードマップ2014」は、その具体像を示すことを意図したもので、「夢ロードマップ2011」に比較して内容の充実度は高まっていると言えるが、まだまだ、内容的に十分なものとはなっていない。
さらに言えば、理学・工学分野の将来の夢を語る科学・夢ロードマップは、日本学術会議や日本機械学会における限られたメンバーからなるコミュニティだけの考えで作成すべきものではなく、様々な学協会、産学官の研究者・技術者の多くが協働して長期的視野をもって継続的に議論し、作成していくことが大切である。作成されたロードマップは社会、産学官において共有されるとともに、広く活用され、さらに定期的に更新されることが望ましい。「夢ロードマップ」は、常に見直され、社会の発展のために貢献するものであることが理想である。会員諸兄の積極的な参画を望みたい。

 

参考文献

(1)一般社団法人電子情報技術産業協会半導体技術ロードマップ専門委員会 http://semicon.jeita.or.jp/STRJ/
(2)日本機械学会誌Vol.110, 2007 年10 月号付録 https://www.jsme.or.jp/InnovationCenter/images/roadmap2007.pdf
(3)日本機械学会誌Vol.119, 2016 年5 月号
(4)日本学術会議第三部,報告「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ」,2011 年. http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-21-h132.html
(5)日本学術会議第三部,報告「理学・工学分野における科学・夢ロードマップ2014(夢ロードマップ2014)」,2014 年.http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-22-h201.html

 


<フェロー>

岸本 喜久雄

◎東京工業大学 環境・社会理工学院 学院長・教授
◎専門:材料力学、破壊力学、計算力学


<フェロー>

新野 秀憲

◎東京工業大学 未来産業技術研究所 教授
◎専門:工作機械工学、超精密加工学、設計方法論


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