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2017/1 Vol.120

【表紙の絵】
「ハッピーハッピーマシーン」
中村 遼くん(当時5 歳)
作者のコメント:
人の心を傷つける人や、けんかばかりする人をハッピーハッピーマシーンが吸い
とってくれて、心のきれいな人に産まれかわらせてくれるよ。
みんなが幸せになってほしいな。

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特集 夢未来マップ ~日本機械学会が目指すもの~

日本機械学会憲章を造ろう

創立120周年記念事業委員会 「学会(技術者として)のあり方・機械工学のあり方」小委員会 北村 隆行+土屋 和雄

1. はじめに

著者のひとり(北村)が日本機械学会創立120周年記念事業委員会委員に選任され、委員会より記念事業として日本機械学会のあり方について検討することを依頼されたことが、ここで説明する憲章の検討の始まりである。日本機械学会の「技術者の学会」としての考え方や位置付けについて考えることが委員会より求められた課題であったが、その重さに些か困惑を感じ、土屋に相談を持ち掛けて方向性について議論を始めたところから、その後一年間を超える厳しい(しかし今となっては楽しく得難い)議論が始まった。

学術の発展とともにその社会貢献や発展持続性に関する議論等が活発になり、技術・工学のあり方に対する社会的関心が高まった結果、技術や関連学術の本質的なあり方に関する認識を明確にすることが必要となってきたことは日ごろから感じていたことであった。機械技術に関する学術である機械工学については、日本学術会議機械工学委員会を中心として、その基盤に関する本質的な議論が進められてきた。また、本会でも、2011年の大震災を契機として学会のあり方を議論する場が本会に設けられたり、時機を捉えて本会の現状分析やそれに基づく真摯な議論に基づいて有効なアクションプランが策定されてきた。しかし、今回委員会から与えられたような、本会の普遍的な基盤そのものについての議論が整理された形でなされる機会はなかったことも事実である。そこで、「あり方」の中でも日本機械学会の「技術者の学会」としての根本となる考え方や位置付けについて、小委員会を組織して1年間を目途に検討を行い、日本機械学会憲章として纏め提案することとした。
本稿は、これから学会全体で本格的な議論が始まるであろう日本機械学会憲章についての議論の一助として、小委員会によって作成した日本機械学会憲章案の作製過程やその考え方について紹介するものである。なお、本来ならば憲章案を本稿と合わせて読んでいただくべきものであるが、原案は創立120周年記念事業委員会を経て会長に提出され、現在、その取扱いについては検討中であるため、本稿では憲章案との対照が必要でない程度の記述に留める。憲章案は、本会誌1月号が発行された後に日本機械学会ホームページにて公開される見込みで、会員諸氏からの忌憚のないご意見をお寄せいただければ幸いである。

2. 憲章とは何だろうか

グローバル化を持ち出すまでもなく、現在のものづくりの世界的な拡がりは大きく、機械技術は大きな空間スケールで行われている。また、我々は日々技術の成果に囲まれて生活しており、機械技術は現代生活において不可欠のものであり、広く社会に浸透している。その壮大な社会的・国際的な空間の中で、多様な人々が織りなすネットワークを介して造りあげられていった技術に関する普遍的なものの考え方が、学会の基本概念を形成しているはずである。本会の憲章としては、社会的・国際的な空間の中で形成されてきた技術に関する普遍的な考え方を包括的に纏めて明文化するのも一つの方法であろう。しかし、機械技術者の学会(Japan Society of Mechanical Engineers)を標榜する日本機械学会は、専門家(Engineers)集団として規定されることから、機械技術の専門家としての見識を踏まえた考え方を積極的に発信し、それを軸として、一般市民社会と交流していくその役割を重要視することにした。
一方、日本機械学会の基盤となっているものは、機械技術と機械工学(学術)である。「機械」の定義にもよるであろうが、ラフな表現をお許しいただくならば、これらは千年単位の歴史を持っていると言えるであろう。このことは、学会の根本となる考え方や位置付けについて検討するとき、機械技術と機械工学の持つ長い歴史を踏まえてその価値や意味を評価しておかねばならないことを意味するだろう。すなわち、憲章を造るとは、長い時の流れの中で機械技術や機械工学の変わりゆくものと変わらないものを熟慮・判別して不変部分の姿を炙り出すことであり、学会活動の背景にある基本的概念を抽出することであると言ってもよい。とはいうものの、日本では歴史の長い学会である日本機械学会といえども千年を見通した根本を明示的な文章で示すことは難しい。実際的には、五十年、百年の時間スケールで学会の「あり方」を記述して、五十年、百年後の改訂を期待するのが妥当であろう。油絵のように知を塗り上げてゆくことによって、千年に耐える「あり方」を示すことができるようになることが理想的である。憲章とは、数百年を紡ぐ老舗のそれぞれの時代における伝統の抽出である家訓のようなものであろうか。
日本機械学会は、社会的価値が高い活動を続けてきており、人類の未来に貢献できる高いポテンシャルが多方面にあることは論を待たない。その中で、ものづくりを支える文化である機械工学に関する専門家集団として、日本機械学会の根本概念としての日本機械学会憲章を適度な時間的・空間的尺度を見据えながら策定してゆくことが必要であると考えた。
さて、組織の意味を表現する標題となる言葉は数多くある。例えば、理念、基盤、基本、根本である。憲章もそのひとつである。また、組織発足のときならば設立趣意、法的な観点からは定款における目的などの用語が考えられる。一方、上記の時間スケールや空間スケールを限定した方向性を示すものは、目標(目的)、アクションプラン、施策(政策)、指針、ポリシー等がある。学会の存在意義や礎を表現しようとするこの度の趣旨からは、理念や憲章といった表現が相応しい。詳細に違いを考えると、理念は原則的な考え方を表す言葉であるのに対して、憲章は原則的な決まり事を示すものである。組織の根本的性格を記述する上では重なり合う部分も大きいが、ここで提示するものは単に基本的な考え方を示すだけに留まらず、それを具体化するための組織構成や行動についての基本的な指針を示すことを意図している。この観点から、「日本機械学会憲章」として提案することにした。また、具体化へ1歩踏み出したものを提示することによって、社会や学術等の境界条件の様相に照らして時間・空間スケールを限定したアクションプラン作成の基盤となることを目指している。

3. 検討はどのように進められたか

原案の検討を行った「学会のあり方・機械工学のあり方小委員会」委員は下記である。

 

梅川 尚嗣   (関西大学)
加藤 千幸   (東京大学)
北村 隆行   (京都大学)……小委員会委員長
久保田 悠美(日産自動車)
土屋 和雄   (京都大学)
吉村 忍      (東京大学)

メンバーは、単に機械技術や工学に対する造詣が深いだけではなく、その背景にある概念に対する考察力やそれらについての表現力を有する方々を選んだ。その結果、現在の所属は大学ではあるが、産業界で活躍された後に移籍された方が多くなった。実質的な議論を深めるためには限られた人数にする必要があったが、その中で若手や非機械工学出身なども考慮した人選である。結果的に忙しい方々ばかりで構成したこととなり、当初は小委員会の成立を危ぶんだ。1回3時間程度、2か月ごとの開催(6回)を設定したが、驚いたことに、全委員が全委員会出席という結果であった。これは、建設的な熱い議論を行い、実質的な検討を行うことができた証左である。
最初の小委員会において、学会のあり方に関する資料を参照しながら、憲章の各章となる骨格を決めた。その後の小委員会では、各章の課題について北村と土屋が準備した文をたたき台にして、自由討論を行った。活発な議論と噴出するアイデアを二人が持ち帰って修正案を作製して、次の小委員会で議論するプロセスを繰り返した。回を重ねると議論の方法も効率的になり、プロジェクターで文章を映しながらパソコンを全員で囲んで修文するスタイルまでになった。
議論は、本学会に対する各委員の個人的期待を紹介することから始まった。企業に所属する委員からは、今後の技術方向を議論する場としての期待が述べられ、大学に所属する委員からは、次の機械工学の課題を技術者との交流から見つけていきたい等、それぞれ技術者、工学者としての切実な意見が述べられたが、議論の焦点は必然的に技術と学術の関わり、専門家と市民の関わりに収斂してゆくことになった。逆に言えば、両者の結びつきそのものが学会の本質的な立ち位置であると理解することができた。すなわち、技術と工学、専門家と市民の結節点としての学会のあり方を示すことが、本憲章の要諦であることが自然と明らかになった。活動の性格や学会の構造は複雑多岐にわたっている。しかし、結節点としての観点から学会の構造や活動を眺めると、普遍的な意味づけが可能と思えるようになった。これは、憲章第1章の冒頭段落に関するものであるが、すべての段落において深い議論が行われ、いつも眼が洗われる想いを味わった。そのことについて少し詳しく述べておこう。

4. 何が議論されたのか

交流の場としての機械学会

技術は人・社会を幸福にするための実践活動をもたらすものであり、工学は技術に関わる知識・知恵の体系(学術)である。前者は企業が担い、後者は大学を核とする高等教育機関が主に担当している。ただし、社会における価値としては、企業は利潤を目的とする経済的観点が必須であり、大学は人材育成を目的とする教育的観点が大きな部分を占めている。企業では、技術の知識は蓄積できたとしても、その体系化や全体像を把握する概念へと普遍化へ向かうことは難しい。大学のその基本的な役割(教育と研究)から、技術を用いた実践活動はできない。逆に言えば、企業は知識を特殊化することによって実践(技術)を進めることに強さを持っているのに対して、大学は新しい知識の発見と知識の普遍化によって概念を切り開いてゆくことに強さを持っている。企業においては基礎研究所の設置、大学においてはベンチャー企業化の奨励など、互いの弱い部分を補う試みは行われているが、技術と工学(学術)の連携にまだまだ課題があることは事実である。日本機械学会は、実際の技術に携わる技術者のみならず大学等における機械工学者も正員として活発に活動しており、技術と工学を繋ぐ組織である。
高度技術は単に複雑な機能を実現する技術だけではなく、意図した機能を設計・運用できる安定性・信頼性が基本となる。このことは、技術を通して、専門家と市民との緊密な連携が不可欠であることを示している。専門家と市民の連携は、古今東西の何時の時代においても状況は同じであるが、高度技術が日常生活の中に深く入り込んできた現代においては、特に重要なことである。日本機械学会は、機械技術の専門家集団として専門家としての見識を持った活発な活動をしており、機械技術と社会を繋ぐ組織となっている。
以上のように日本機械学会の立ち位置を考えるとき、まず、機械技術と機械工学の交流の場としての役割が浮かび上がる。そしてその交流は、企業と大学のみならず、技術に関連する教育・研究・開発・実践・行政等に従事する多様な形態の組織を結び付ける要として広がっている。日本機械学会の活動は異なる形態の組織間の「交流の場」であり、その共通基盤を提供することである。ここで、交流を越えた創造性をも学会の役割として考えることもできるが、創造されたものごとが産業技術、学術、教育、行政等によって社会に定着されることを考えれば、それらはそれぞれのミッションを持つ機関が学会(他形態の機関との結節)を通じて獲得するものと整理できよう。一般的な位置づけとして、学会は種々の果実を各組織に与えるための交流の場とすべきであろう。

関連する報告書について

我が国の技術界・工学界における機械工学全般の位置づけについて、日本学術会議から2つの報告(「人と社会を支える機械工学に向けて」(2009年)と「機械工学分野の展望」(2010年))が出されている。報告の目的から学術サイドの指摘ではあるが、現在の機械工学や産業との関わりの全景を見渡す優れた指針を与えてくれる。とりわけ、後者は前者における議論を土台として作成されたものであり、完成度が高い。現在と近未来に焦点を絞った具体的記述は、「いま」を生きる我々にとって理解しやすく、読みやすい内容となっている。その中で、今後の世界の発展と機械関連技術の貢献の観点から、産業界と学術界の連携や協働の重要性が強く指摘されているが、それを担う機関について直接的な記述はない。もちろん、学会の位置づけについて深い言及はない。しかし、技術と学術にわたる領域を対象とする学会が本質的役割を期待されていることは、上記の報告の指摘内容から明らかである。
一方、大学における機械工学教育のあり方をまとめた日本学術会議の報告(機械工学分野 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準(2013年))がある。同報告は、大学院を含まないことから、研究部分は卒業論文等のごく一部に限定され、機械工学の純粋な教育部分の在り方を示したものとなる。すなわち、機械に関連した高等教育と学術の関わりを一般的に記述したものである。教育は、原則として、事前に学習内容をカリキュラムとして学生に提示し、卒業にはその内容の理解が必要である。すなわち、基本的に体系化された知識・知恵を主な対象としており、目的と学習範囲が限定されている必要がある。したがって、機械(その定義や範囲)の学術(力学と設計科学)としての境界を明示する必要がある。ここで、この報告は広い空間・時間スケールを意識した記述となっている。このスケールの視点では、本憲章と同一の基盤を有している。
学会の存立基盤が技術と学術の接点にあることにより、その根本を語る憲章は、その活動について、自ら機械に関連した技術と学術の関わりを記述することになる。技術は発展を続けるものであり、その研究・開発を含めて、基盤となる学術は時代によって変貌してゆく。すなわち、教育は原則として「閉じた系」の学術を対象としているのに対して、学会で取り扱うのは本質的に「開いた系」の学術と言うことができる。

5. 日本機械学会憲章案

以上に述べた背景を基に、次の3章からなる憲章案を提案している。

第1章 日本機械学会

第2章 日本機械学会の役割

第3章 学術の発展と社会の変化

 

第1章は、技術者の組織としての学会の全体像を示している。学会を「機械技術に関連する知識・知恵や情報の交換を行い、機械技術の発展によって人類社会へ寄与することを目的とする高い志と倫理性を有する広義の技術者の自主的な集まりであり、それらの技術者自身の運営による開かれた公正・公平な組織」と定義するとともに、学会を構成する者は、「実際の技術に直接関わる専門家(狭義の技術者)とともに、技術に関する学術に造詣があって技術およびその基盤となる知恵の発展を志す学者や研究者」であることを宣言している。また、その使命は、「人類社会の繁栄や個人の幸福な生活に寄与するための機械技術の進歩を目指す」ことである。
第2章は、学会活動の方向性を示している。「学会は会社や大学等の本務組織を越えた活動の場である」とし、機械技術に関する「知識・知恵に関する発表の場であるとともに、それらの体系化、それらに基づく技術の認証や標準化、人材の合理的な育成等の多彩な目的に沿う交流の機会を提供する」ことが主要な役割であることを記述している。もちろん、他分野との連携、国際的な役割、市民社会との接点など、交流の場としての多彩な役割も含んでいる。
第3章は、機械工学の豊かな将来性について記述している。機械工学は、「細分化と深化を続ける認識科学に加えて、具体的な目的達成のために、総合力・俯瞰力を基礎とする設計科学が全体を統合してゆくところにその特徴」があり、「社会構造が急速に変化しつつある」将来において、「機械技術はこの変革のための中核的な役割を果たす」ために、「そのすべての構成員の力を合わせて学術・技術・社会の変革をリードしていく」ことを宣言している。

6. おわりに

120周年は、東洋の暦における3周目に入る節目である。長い年月の間における先輩会員諸氏の努力と学会が果たしてきた社会への貢献実績の重みを改めて認識するために、学会のあり方を根本・原点から検討することが記念事業委員会から与えられた使命であったと考えている。活発な小委員会の議論に押し出されて憲章という案を出すことができた。小委員会委員や資料調査等で支えていただいた学会職員の皆様に深く感謝する。これが、理事会や学会全体の議論を経て、日本機械学会のあり方を示す一指標になれば、幸いである。
なお、機械技術・機械工学は、技術・工学の主要分野であることは言を待たない。したがって、ここで根本的に議論したことは、日本機械学会に限るものではなく工学系一般の学会に通じる普遍的・基盤的なものであると自負している。すなわち、「機械」の部分を他分野名に置換しても、根源的な意味は失わない。
最後に、本憲章の検討のみならず、日本学術会議や日本機械学会において機械工学に関する知の「交流」や「伝承(教育)」についての纏めに深く関与する機会をいただいたことを、大変幸運に感じている。とくに、憲章作成の過程の中で、筆者の一人(北村)は、工学研究者として、「機械工学研究」の根本についても検討の必要性を感じた。とくに、機械工学の学術的特性を考えるとき、「力学を基盤とするシステム科学の現状と将来性」に関する検討の大切さを認識した。憲章作成にかかわる委員の方との真摯な議論を通して、研究者としての課題が与えられたと感じ、感謝している。

 


<フェロー>

北村 隆行

◎京都大学 工学研究科 研究科長・学部長・教授
◎専門:機械工学、材料強度学、材料物性学


<フェロー>

土屋 和雄

◎京都大学 名誉教授
◎専門:機械工学、宇宙工学、システム工学


 

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