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2018/5 Vol.121

【表紙の絵】
空気をきれいにする車
須藤 二葉 さん(当時5歳)
走っても空気をよごさずにきれいにしてくれるから走るとみんなにこにこになるよ。


本誌2017年7月号に、「空気をきれいにする車」のテストプロジェクトを掲載しています。
合わせてお読みいただければ幸いです。

バックナンバー

未来マッププロジェクト 第2弾

地球を冷やす機械 2:機械の具体的な検討

村上 陽一(東京工業大学)

仮定と検討項目の設定

本稿では、児童の描いた「地球を冷やす機械」の絵P.12図1)について、前稿でエネルギーバランスの議論に基づき提案された方法、すなわち、周回軌道上で太陽光の一部を遮蔽して地球への入射熱量を低減する機械(P.17図3b)について、より具体的な検討を行う。以下、本機械は、一辺が100 kmオーダーの矩形の面形状を持つとする。その基材には、樹脂薄膜にアルミニウムの蒸着膜を付したもの(太陽光のふく射圧を用いるソーラーセイル実証機、IKAROSでは厚さ7.5 μmのポリイミド樹脂が使用された(1)、または、炭素材料の薄いシートを想定する。この材料選択は、アルミニウムも炭素も、宇宙空間に僅かでも存在する原子状酸素との反応効率が事実上ゼロ(2)であり、長期の化学的安定が期待できるためである。前者にはより軽量で省体積であることが期待でき、後者には受けるふく射圧がより小さいことが期待できる。この機械には、膜面を地球に正対させた姿勢を保ったまま、長期間同じ軌道を周回できるという要求を置く*1。以下では、(i)姿勢の維持方法、(ii)長期的な軌道周回の実現方法、(iii)設置する高度、(iv)電波遮蔽がより顕著なアルミニウム蒸着膜の場合にGPS衛星電波の妨げとならないかどうか、(v)光吸収がより顕著な炭素材料膜の場合に平衡温度はどの程度になるか、について検討を行う。

検討項目に対する考察

まず、(i)について、球でない構造物を軌道に置くと、主慣性モーメント間の違いにより図1aに示す重力傾斜安定が起こり、長軸を地球に向ける姿勢をとる(2)。重心より地球に近い側では引力が、遠い側では遠心力が優勢となるためである。図1aは望む姿勢とは異なる。本機械の運用姿勢が安定であるためには、それがラグランジュ安定領域(2)にある必要がある。それは、図1bのように、膜の両側に複数本のテザー(紐)を伸長させ、各端に適当な質量(終端マス)を置くことで実現可能と考えられる。後の(ii)のため、テザーは導電性をもち、終端マスは周囲と電子を授受できる電子放出体(エミッター)であるとする。一方、図1bの形では、テザーとマスとが外からの摂動により振動することが予想される。これは、図1cのように複数のテザーの先に1個の終端マスをつけることで抑制可能かもしれない。これは、デブリ等により1本のテザーが切断した場合でも、マスの離脱を防ぐ対策にもなる。

図1 (a) 重力傾斜安定の模式図 (b) テザーと終端マスによる姿勢安定化の模式図 (c) テザーとマスの振動抑制方法の例

 

次に、(ii)の長期的な軌道周回の実現について検討を行う。大気抵抗が無視できる状況であっても、太陽光のふく射圧などの外力を受けるため、軌道維持には推進力が必要となる。そのためには何らかのエネルギーが必要となるが、それは、本機械(一辺100 kmオーダーの膜)の面積の一部に薄膜太陽電池が付されており、その電力が使用できるとする。

長期の軌道維持に必要な推力は、電気力学テザー推進(3, 4)により得られるかもしれない。もしテザーが受動的な電気抵抗体であれば、地球の磁場と、周囲の荷電粒子とエミッターとの電子授受によりテザーに流れる誘導電流との相互作用から、テザーは運動の減速の向きにローレンツ力を受ける。一方、テザーに誘導電流を打ち消す電位差を与え、逆向きの電流を流すと、運動の加速の向きにローレンツ力を生じさせることができる(3, 4)。これにより、長期の軌道維持が、少なくとも原理上行えると考えられる。また、複数本のテザーを用いる図1b、 1cの形態では、能動的に電流を流すテザーと、受動的な抵抗体としてのテザーとを制御して使い分けることにより、本機械に必要となる姿勢制御を行うこと、および、膜の展開張力を与え続けることができるかもしれない。

続いて、(iii)の、この機械を設置する高度について考える。図2に、地球とその周りの代表的な軌道との大きさの比較を示す。一般に、大気密度の高度分布から判断して、軌道周回物が受ける大気抵抗は、高度1,000 km(大気密度(2):3.6 × 10−15 kg/m3以上ではほぼ無視できるだろう。ただし、過度に高い高度に設置すると、一周回のうち地表に影を投影できる時間の割合が低下すること、地表面でのその影の移動が緩慢になること、および、上述の電気力学テザー推進に必要な地球磁場が弱まることなどから、適切な高度範囲(例えば1,500−10,000 km)が存在するだろう。この高度には、プラズマに加え、ヴァンアレン帯と呼ばれる、地球磁場により補足された電子やプロトンなどの荷電粒子を多く含む領域が存在する(2)。これらによる材料への経時的影響は考慮されるべきであろう。一方、このような荷電粒子は、電気力学テザー推進に必要な環境電荷として利用できるため、本機械の能動推進力の確保の点では有用と考えられる。

図2 地球と幾つかの代表的な周回軌道との大きさの相対比較

ISS: 国際宇宙ステーション。ヴァンアレン帯の範囲は、文献(2)等を参考にして、内帯・外帯を区別せずおよその範囲を示した。

 

続いて、(iv)の、アルミニウム蒸着膜の場合にGPS衛星電波の妨げとならないかどうかを考える。電磁波の振動周期が金属内自由電子の運動量散乱時間より十分に長い、可視光より十分波長の長い電磁波については、金属内への電磁波のもぐり込みの深さを表す「侵入の表皮深さδ」は次式で与えられる(5)

ここでcは光速(≅ 3 × 108 m/s)、ε0は真空の誘電率(8.85 × 10−12 F/m)、σ0はアルミニウムの電気伝導度(≅ 3.7 × 107 Ω−1・m−1)、νは電磁波の振動数[Hz]である。GPS衛星の電波周波数は1.2 GHzと1.5 GHzであり、これらに対応するδはそれぞれ2.4 μmおよび2.1 μmと計算される。バルクのアルミニウム表面と同程度の光反射率を得るのに必要な膜厚はたかだか数十nm程度(6)であり、これは上のδより十分小さい。したがって、本機械をGPS衛星軌道の内側に設置しても、その衛星電波を有意に阻害することはまずないといえる。ただし、導電性テザーや面積の一部に設ける薄膜太陽電池などは阻害要因になるかもしれない。式(1)は、振動数の1/2乗に反比例して電磁波の浸透深さが減少することを示している。すなわち、高振動数の電磁波である光はたかだか数十nmの厚さのアルミニウム蒸着膜にもぐり込めず強く反射されるが*2、低振動数のGPS電波は薄い蒸着膜ではほとんど減衰を受けず透過する。このような振動数による電磁波の選択反射性は、本機械の目的と実現性に有利に働くと考えられる。

最後に、(v)の炭素材料膜の場合の平衡温度について考える。筆者の計算によると、本機械が高度2,000 kmで太陽に正対する姿勢を取り続けた場合の平衡温度は85°C程度*3であり、この程度の温度は特に問題とならないと考えられる。

詳細は省くが、このような検討を進めると、光反射により「地球を温める」機能も可能と考えられる。予期せぬ事態も考え、逆向きの作用を担保しておくことは重要と思われる。

前稿で述べられたように、地球規模での熱収支の制御を行う際には世界的な協調が不可欠であろう。一方、地球の時間スケールでみて急速な大気温度の上昇が、人類の存続を脅かす喫緊の問題として広く合意的に認識されたとき、解決に向けて複数の選択肢を示せる能力を持っておくことは、我々機械工学者が未来の人類に対して負っている責務の一つであろう。

謝辞 本検討に際し貴重なご教示と議論をいただいた東京工業大学 工学院機械系 松永 三郎 教授に深く感謝申し上げます。


* 注

1) ラグランジュ点L1への設置は長期不安定のため本目的には不適としている。

2) 可視域では電磁波の振動周期と自由電子の運動量散乱時間とが同程度になり,式(1)が前提とする仮定が  妥当でなくなり始め、また、バンド間遷移による光吸収も起こり始めるが、傾向を説明する物理としてはおよそこのような説明でも差し支えはない。

3) 本機械の一面から地球への形態係数0.24,灰色体近似下で本機械と地球の全放射率をともに0.8, 地球温度290 K,地球アルベド0.3として計算。


参考資料・文献

(1) JAXA(宇宙航空研究開発機構)ホームページ

http://www.jaxa.jp/projects/sat/ikaros/ (参照日2018年3月3日)

(2) 狼嘉彰, 冨田信之,中須賀真一,松永三郎, 宇宙ステーション入門 第2版補訂版, (2014), 東京大学出版会.

(3) M.P.Cartmell and D.J.McKenzie. , A review of space tether research, Progress Aerosp. Sci., vol. 44(2008), pp.1−21.

(4) 岡原卓矢, ほか,電気力学テザー実証衛星「Pisces」, 衛星設計解析書

http://www.satcon.jp/history/prize19/pdf/19_01.pdf(参照日2018年3月3日)

(5) M. Fox, Optical Properties of Solids, (2001), Oxford University Press.

(6) A. Axelevitch et al., Investigation of Optical Transmission in Thin Metal Films, Phys. Procedia, vol. 32(2012), pp.1-13.


 

<正員>

村上 陽一

◎東京工業大学 工学院機械系 准教授

◎専門:機械工学、熱工学、分子エネルギー工学

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