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2018/5 Vol.121

【表紙の絵】
空気をきれいにする車
須藤 二葉 さん(当時5歳)
走っても空気をよごさずにきれいにしてくれるから走るとみんなにこにこになるよ。


本誌2017年7月号に、「空気をきれいにする車」のテストプロジェクトを掲載しています。
合わせてお読みいただければ幸いです。

バックナンバー

未来マッププロジェクト 第2弾

機械の中部点検 2:コンピュータシミュレーションを利用して

高木 周(東京大学)

ここでは、本特集「非破壊検査を専門とするおじさんたちの解釈」(井上、阪上著)の記事(以下、記事①と記す)の中から特に、バーチャルリアリティ(VR)技術と関連した部分について、私の思うところを書いてみたい。記事①にもあるように、最近のVR技術の発展には目を見張るものがある。VR用の特殊なゴーグルを装着することにより,コンピュータの中に作られた機械の中を自由に動き回り動作の点検をすることも可能である。

さて、「機械の中部点検」の絵と解説を見て、まっさきにイメージしたのは、1966年に作られたアメリカの映画「ミクロの決死圏」であった。この映画では、人間をミクロ化できる技術が作られており、ミクロ化した人間が、脳内出血を起こした科学者の治療を行うためにミクロな潜航艇に乗り込み体内に入り、体内から治療を行う。機械内部の点検ではなく、人体内部の治療(修理)であるが、概念的には近いと感じた。この「ミクロの決死圏」については、私自身の研究発表のときに、たびたび引き合いに出して、使わせてもらっている。MRIやCT、超音波などで取得された医用画像データをもとにコンピュータ内に人体を3次元的に再構築することにより、コンピュータ上で体の中に自由に入って内部の詳細を調べることができる。すなわち、医用画像から作られた人体データとバーチャルリアリティの技術を用いると、自分の視点を体内の任意の位置に持っていき、そこから見られる映像の拡大・縮小、さらに視点の移動や回転も自由に行うことができるので、まさしく自分の体が小さくなって体内を移動しながら、拡大鏡などを使って調べているような感じになる。

このような方法は、本特集のテーマである機械内部の点検にも用いることができる。さらに、機械の点検をする場合には、ヒトの体とは異なり、きちっとした設計図が存在するのが大きなメリットとなる。すなわち、ヒトの場合には精緻な図面がないため、医用画像データを用いてコンピュータ内に人体を構築するしかなく、画像データの解像度や誤差の影響を強く受けてしまうが、機械の場合には、設計図面としてのCADデータを用いることが可能である。CADデータからコンピュータ内に3次元的に点検対象の機械を構築する。この段階では静止画ではあるが、機械内の任意の位置から任意の方向の映像を見ることができ、自分が小さくなって機械の中に入ったときの映像を疑似体験できる。次に、この機械を動作させることに対応する力学系のシミュレーションを実施すれば、機械が正常に動作しているときの状況も再現することができ、VR技術を用いてミクロ化した人間の視点で、機械の内部から機械が動いている様子を見ることができる。さらにこの技術の優れた点として、電磁波の方程式を解けば、目では見ることができない、電場・磁場の分布の様子なども目で見える形で表示することが可能である。では、大きな事故につながる前にどのようにして機械の点検をし、小さなトラブルを発見することが可能となるか。記事①でも書かれているように、機械の内部にマイクロマシンを入れ、そのマイクロマシンからの映像や計測データをもとに内部の状態を点検し、必要ならばマイクロロボットなどを用いて修理を行うのが一つの手であろう。このとき、明らかに装置のどこかに破損などがあれば、得られた画像データをもとにトラブルを発見できるが、取得できた静止画からは、異常が検知できない場合も多いと考えられる。このようなときには、機械内部で動いている歯車などの動画とその装置の動作状態に関する力学シミュレーションを比較することにより、静止画で判断するよりさまざまなタイプのトラブルを発見できると考えられる。すなわち、CADデータを用いた正常状態のシミュレーションと、機械内部の超小型ビデオカメラから送られてくる動画データを比較することにより、トラブルを発見することが可能になると考えられる。

さて、最後に機械内部の画像データを取得する他の方法について考えておきたい。本稿では、ヒトが小さくなる代わりに、マイクロマシンなどを入れて、内部の情報を取得することを考えたが、可能ならば、機械内部にはモノを入れずに、電磁波や超音波などを用いて装置外部から内部の画像データを取得したいところだ。容器が金属製の場合は容易ではないが、例えば、放射線などを利用して内部の状況を画像化できれば、装置の外部から取得できる画像データをもとに、力学(物理)系のシミュレーションを実施することも可能である。究極にはこの方法が、VR技術とコンピュータシミュレーション、非接触計測を駆使し、仮想空間内で、ヒトをミクロ化して機械の中部点検を行うことに繋がるであろう。


 

<フェロー>

高木 周

◎東京大学大学院工学系研究科 教授

◎専門:流体工学、計算力学、生体力学

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