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2018/5 Vol.121

【表紙の絵】
空気をきれいにする車
須藤 二葉 さん(当時5歳)
走っても空気をよごさずにきれいにしてくれるから走るとみんなにこにこになるよ。


本誌2017年7月号に、「空気をきれいにする車」のテストプロジェクトを掲載しています。
合わせてお読みいただければ幸いです。

バックナンバー

未来マッププロジェクト 第2弾

機械の中部点検 1:非破壊検査を専門とするおじさんたちの解釈

井上 裕嗣(東京工業大学)・阪上 隆英(神戸大学)

図1 「お題」をもとにMEMS 技術・五感センサを応用したイメージ

ロボットの形状は全体的に丸みを帯びるようにし、各種センサなどはできる限り内部に収まっているという設定。

高度なシステムが小さなロボットに収まるという設定から生物の体内システムを連想し、ロボットたちは少し有機的な姿をしている。

制作:SCIGRA

「お題」を読み解く

このプロジェクトの目的は、子供たちが機械の日・機械週間絵画コンテスト作品に描いた未来の姿からバックキャストすることで、機械屋が技術課題を真面目に議論することであるから、まずは「お題」をきちんと読み解こう。

今回の「お題」は、2016年度作品から選ばれた「機械の中部点検」(P.13 図2)である。まず、タイトルの「中部」という言葉は、機械屋にはなじみの薄い言い回しであるが、作品から判断して「内部」と読み替えてもよさそうである。そうすれば、タイトルは十分に納得でき、技術的に重要で魅力的な課題であると感じる。より具体的には、作者のコメントによれば、「機械の中に人が小さくなって入って目でかくにんできないような小さなトラブルを見つけているところ。」である。この課題は、すでに頭の固くなった我々おじさんたちにとってはすこぶる難題であるが、可能な限り作品の意図を損なわないように考えてみよう。

この作品の最も重要なポイントは、サイズ感である。「機械」といってもさまざまなサイズが想定できるが、作品に描かれている多くの歯車は、大きくても100mmのオーダ、小さければ1mmのオーダの“普通の”サイズだと考えてよいであろう。一方、「人が小さくなって」については、完全に降参である。映画のような空想の世界ならともかく、物理的に合理性がなければ技術課題として成立させられない。そこで、機械の外にいる人の代わりに「何か小さなもの」が機械の中に入ることによって、その人があたかも機械の中に入っているかのような状態が実現できるということにさせてもらおう。この「何か小さなもの」は、作品中の小さくなった人と歯車がほぼ同じサイズであるから、歯車と同程度のサイズとしてよいであろう。

もう一つの重要なポイントは、どういう「点検」をするのかということである。「小さなトラブル」が具体的に何であるかは問われておらず、これを云々し始めると本題から逸れると思われるので、敢えて目をつぶる。それでも、「目でかくにんできないような」ものを「見つける」というのは、どういう意味だろう。本来であれば作者に意図を詳しく教えてもらいたいところであるが、おじさんたちとしてはさらなる難題が課されても困るので、小さくなる前の人には見つけられないが、小さくなった人なら見つけることができるものと解釈させてもらう。ところで、作品中の小さくなった人は、バインダのようなものを持ち、と通信用のヘッドセットを身につけているけれども、それ以外の測定機器などは持っていない。つまり、小さくなった人は、五感を頼りに小さなトラブルを見つけるのが前提のようである。そうすると、この「お題」は、現在の機械状態監視や非破壊検査などの技術に通じるものではあるが、五感に相当するセンサ以外の測定機器を敢えて使わないところにむしろ新規性があると言えるだろう。

何か小さなもの

前述の解釈によれば、「何か小さなもの」は、少なくとも次の三つの要求を満たさなければならない。

(1)人の代わりに機械の中に入り、機械の中で動き回る。サイズは最小で1mmオーダである。

(2)五感に相当するセンサを備えている。

(3)機械の外にいる人が、あたかも機械の中に入っているかのような状態を実現し、小さなトラブルを見つける。

第1の要求—MEMS技術

(1)の要求に対しては、MEMS、マイクロマシン、マイクロロボットの技術が考えられ、特に自由に動き回るための機構と制御が重要である。全体が1mmオーダのサイズであれば、それを動かす機構は最大でも数100μmオーダのサイズであることが求められ、動作原理もさまざまな工夫が求められるであろう。そのためには、例えば最近活発に研究されているバイオミメティクス(1)に基づく新しい機構の創成が期待される。なお、作品では小さくなった人のための足場が描かれているが、実際の機械には当然用意されていないので、機械の中にあらかじめ点検のための小さな足場を準備しておくか、足場がなくても狭い機械の中を自在に飛び回れるマイクロサイズのドローンが必要になるかもしれない。もちろん、機構だけでなく制御装置にも、極限的な小型化が求められるであろう(図1)

また、このように小さな機構を実現するためには、それを創り出す加工技術が必要であろう。最近はnmオーダの加工技術が広く研究・開発されているが、それらの加工技術のさらなる発展が期待される。

さらに、いくら小さくても、耐久性や信頼性は十分に確保されなければならない。例えば、機械の中に入り込んで動けなくなってしまっては、トラブルを見つけるどころか、逆にトラブルそのものになるに相違ない。このような課題に関連する取り組みとして、本誌の特集(2)に微小構造における欠陥に関する興味深い事例が紹介されている。

第2の要求—五感センサ

(2)の要求については、「何か小さなもの」に搭載できるサイズで、かつ十分なセンシング能力を備えたセンサが必要となる。1台の「何か小さなもの」に五感のすべてに対応するセンサが搭載できればもちろん喜ばしいが、まずは1台ごとに五感のうちの一つの機能を搭載することが目標になるであろう(図1)

点検でトラブルを見つけるためには、普通には視覚や聴覚が有効であると思われるので、「何か小さなもの」に搭載できるようなカメラやマイクロフォンの小型化が望まれる。カメラについては、医療分野において超小型カメラを内蔵したカプセル内視鏡(3)がすでに実用化されており、マイクロフォンはカメラよりも小型化が容易であると想像されるので、これらは直ちに実現できるようにも思われる。なお、目的とするトラブルを的確に見つけるためには、何が何でも人の可視域や可聴域にこだわる必要はないのかもしれない。

また、現実の人による機械の点検では、視覚や聴覚に比べると触覚や嗅覚はあまり用いられておらず、さらに味覚はおそらく用いられていないが、これらを活用することがブレイクスルーとなる可能性はないだろうか。

第3の要求—バーチャルリアリティ

(3)の要求については、いわゆるバーチャルリアリティ(VR)の技術が有力であろう。最近は特にVR技術を活用したゲームが広く普及しつつあり、急に身近になってきた。このことから推察すると、VRに必要な情報さえ入手できれば、機械の外にいる人があたかも機械の中に入っているような状態は、受動的なことであれば比較的容易に実現可能であると思われる。ただし、「何か小さなもの」から外部に情報を送るためには、通信に必要なハードウェアの小型化が課題であろう。

これに加えて、「何か小さなもの」から外にいる人への一方向の通信だけでは点検には不十分であって、外にいる人が気になる部分を念入りに点検するためには、双方向の通信を可能にしたうえで、できるだけ自由な遠隔操作を可能にすることが望まれる。これに関連する技術には、例えばすでに実現されますます高度化している手術ロボットの技術(4)があるので、前述した機構と制御および通信をさらに高度化することによって、将来は機械の内部点検も実現できることを期待したい(図2)

図2 「お題」をもとにバーチャルリアリティを応用したイメージ

ロボットをコントロールする際に五感でのフィードバックが必要である設定から、視聴覚以外の感覚を再現するスーツを表現した。目の前の画面には操縦者の目線を映し出し、手元には全体図や、現在位置などの情報が表示されている。

制作:SCIGRA

人の五感による点検

本稿では、作品の意図を損なわないように、五感に相当するセンサ以外の測定機器は敢えて使わないこととした。このことは、いまどきの機械状態監視や非破壊検査などの技術動向とは相反するものである。また、類似の分野である医療分野においても、診断に際しては多種多様な測定データを駆使する方向にある。

一方で、熟練者がその知識と経験に基づいて驚くべき能力を発揮することは、機械や工学のみならず社会のあらゆる分野においてよく耳にする。近年は、このような熟練者の能力をデータベース化し、AI技術を用いて一般化・共有化しようとする試みも行われているようである。しかしながら、人間のひらめきや創造性の全てがAIによって実現できるかどうかはまだ議論の余地が残されているようである。また、機械のモニタリングや検査に基づく維持管理の重要性は年々高まってはいるものの、現実的にはコストの問題が大きく立ちはだかっている。

したがって、誤解を恐れずに人間を極めて高性能で安価な点検システムだと考えれば、その五感を活用した点検も十分に意味があるように思われる。

おわりに

本稿では、「機械の中部点検」という「お題」に対して、筆者であるおじさんたちの解釈に基づく技術のバックキャストを試みた。解釈の方法や技術課題については、より多くの方々に多方面から分析していただくことが望まれるが、本稿がそのような議論のきっかけになれば幸いである。


参考文献

(1)劉浩, バイオミメティクスが拓く機械工学イノベーション, 日本機械学会誌, Vol.120, No.1182 (2017), pp.13–17.

(2)特集「今、欠陥をあやつる」, 日本機械学会誌, Vol.120, No.1189 (2017).

(3)伊藤秀雄, カプセル内視鏡の現状と将来, 日本機械学会誌, Vol.112, No.1088 (2009), pp.564–567.

(4)特集「国産手術ロボット研究開発の最前線〜その実現を目指して〜」, 日本機械学会誌, Vol.120, No.1186 (2017).


<フェロー>

井上 裕嗣

◎東京工業大学 工学院 機械系 教授

◎専門:材料力学、非破壊検査


<フェロー>

阪上 隆英

◎神戸大学 大学院工学研究科 機械工学専攻 教授

◎専門:材料力学、非破壊評価工学

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