名誉員から一言
職業人としての研究生活
平成30年4月19日に、機械学会名誉員の顕彰を受けさせていただきまして、心より感謝申し上げます。私は、昭和48年、学部4年次から機械学会に入会しました。当時の機械学会誌はかなり厚く、興味深い総説が多数掲載されていたので、図書室でよく読んでいました。その頃はコピーもあまり使えず、興味深いところは、自分のノートに書き写していたのを思い出します。また、名誉員の先生方の顕彰も学会誌に記載されており、大変な大御所の先生方という印象を持っていました。今年、私も名誉員の末席に加えていただきましたことは、大変感慨深いものがあります。長きにわたって、機械学会と機械学会を通して、多くの先生方のご指導・薫陶をいただきましたことを深く感謝する次第です。
私は、材料強度を専門としてきましたが、当時はまだ研究者もそれほど多くはなく、4月に開催されていた機械学会通常総会では、全国の大学からこの分野の講演発表があり、各先生方の研究室での研究が毎年どのように発展されているかを勉強することができ、大変有益でありました。
しかし、最近は材料強度研究の中でも専門がさらに細分化し、また、国際交流もそれぞれ専門化した中で進行していることから、材料強度の研究を俯瞰的に見ることが困難になってきたように感じます。これもまた、時代の流れというもので、それに適応した研究のスタンスが必要でしょう。
一般的に、職業人としての研究生活は研究のみならず、家庭のこと、あるいは家族の看病や介護などの個人の事情との共存の中で行われるもので、研究に十分な時間をあてられない状況が続くことがあるというのが、リアルな社会での実情でしょう。その中で、いかに充実した研究時間を過ごすかが重要な問題となります。しかし、その環境は研究とは異なりますが、また別の社会の一面を経験していることになり、工学の本来の使命である、社会に必要とされるのはどのようなことか、あるいはそのための研究や成果の出し方はどのような形にするかという実学的要素を身に着ける機会となり得ます。
どなたも個々に、そのような事情を抱えて仕事をされていると思いますが、そのような状況の中で研究を続けていくことが、自分の精神的なバックボーンを作っていたように思います。
研究は、解析手法や実験技術が表面的には目立ちますが、研究成果にはむしろ、その著者の志向するコンセプトが現れ、その著者の人間性や倫理観が反映してくるものと思います。したがって、同じデータを使っても結論としては、著者の志向するコンセプトや倫理観によって、異なる方向性の結論が導かれることもあり得ます。その意味では、研究者が今まで、どのような社会体験をして精神的に成熟してきたかが大きな意味を持ちます。一見無駄に見えることでも、人物的および研究面でも裾野を広げる時期が必要であり、種々思い悩み、模索することも決して無駄なことではないと思っています。また、自分のコンセプトを表現したいと思う人が論文の筆頭著者になるべきものと思っています。
現在の大学の研究環境は、十分な時間を作ることが困難な状況にあることも実感していますが、逆に、そのような現在の環境だからこそ、現代社会に必要とされる特有のコンセプトもあるのではないかと思います。
現代は多様化し、専門も細分化していますので、何をどのような手法で研究すればよいかという一元化された王道はないと思います。その意味では、現代は「このようにすべきである。」という確たる断言はできない世の中であると思います。しかし確かなのは、研究の出口が具体的に社会に貢献する結果(社会に役立つ結果)となっていれば、少なくとも学会のパラダイムに関係なく、研究の方向性は合理的な道筋ではないかと思います。
私も、いつまでも挑戦者という意識で新たな研究分野を開拓する旅を続けていきたいと思っております。その時に世代を越えて、私と一緒に旅をしてくれる人に会うことができれば、この上ない喜びと思っております。
最後に機械学会誌に私の拙文を書く機会を与えていただきましたことに感謝いたします。また、機械学会は、私が学生の頃より現在に至るまで、時に厳しく、また、時に、私を支えていただいた学会の一つであり、謝意を表する次第です。
<名誉員>
横堀 壽光
◎帝京大学特任教授 帝京大学戦略的イノベーション研究センター 副センター長、東北大学名誉教授
◎専門:材料強度学
キーワード:名誉員から一言