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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

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やさしい熱力学

第1回 熱と仕事

<本連載にあたって>

機械工学に携わる技術者にとって,「材料力学,機械力学,熱力学,流体力学」の四力学は,必須の重要な学問分野である。一方,高等教育における学問領域の多様化から,これらの基礎力学のために割かれる時間が減少していると言われており,初学者が学びやすい教科書の要望が高まっている。また,電気系,材料系などの機械工学を専攻してこなかった技術者が,手に取りやすい教科書を望む声もある。これらの要望を受け,本会では,上記の四力学に制御工学を加えた5分野について「やさしいシリーズ」と題する教科書の出版を計画している。その準備を兼ねた企画として,昨年は,「やさしい材料力学」が連載され,好評を博していた。材料力学の次の企画として,熱力学に順番が回ってきたことになる。しかしながら,熱力学は対象がイメージしにくく,機械工学を専攻する学生にとっても,とっつきにくい学問の一つではないかと感じている。今回の12回にわたる連載では,その印象を払拭できるよう,可能な限り分かりやすく解説させていただくことにする。

1. はじめに

熱力学は,熱や仕事のやり取りによる物質の状態変化を考えることで,熱と力学的仕事の変換の原則を理解するための学問である。熱力学を学ぶには,まず基礎となるいくつかの法則を正しく理解することが重要である。とりわけ熱力学第一法則と熱力学第二法則は,熱力学の根幹をなす重要な法則であり,この連載でもこの二つの法則を中心に解説する。はじめに取り上げる熱力学第一法則は,物質の内部エネルギーという概念を使って,熱と仕事の量的な関係を表したものである。本稿では,熱力学第一法則の概要を示す前に,まず力学的仕事について確認するとともに,熱と仕事の関係を解説する。また,今後の議論で必要となる,温度と熱平衡についても解説する。

2. 力学的仕事

力学的仕事$W$[J]とは,力学的に伝達されるエネルギーのことであり,次式で定義される。

\[W = \int_1^2 F dx\] (1)

ここで,$F$[N]は対象となる物体に対して作用する力であり,$x$[m]はその物体の位置を表している。式(1)の積分区間を表す1と2は,状態1から状態2までの変化を表すものと定義する。すなわち,ある物体が力$F$を受けて状態1の位置から状態2の位置まで移動すると,物体は$W$の力学的仕事を受けることになる。例えば,ばね定数$k$[N/m]のばねが,ばねの自然長からの伸びが$x_1$[m]から$x_2$[m]まで変化する際に,ばねに投入されるエネルギーは,

\[W = \int_1^2 kx dx = \frac{1}{2} k\left( {x_2}^2 – {x_1}^2 \right)\] (2)

となる。物理学では,この力学的仕事を単に「仕事」と表記することが多く,物体間の力学的仕事のやり取りを,「仕事をする」,「仕事をされる」と表現する。

3. 熱と仕事の等価性

18世紀まで,熱は「熱素」として自然界を構成する基本物質の一つとして認識されてきた。温度の異なる物体間での熱移動も,熱素が移動したものと考えられていた。

19世紀の中頃,ジュールは,図1.1のような実験装置を用いて,力学的仕事と水の温度変化の関係を求めた。断熱された容器内に封入された質量$M$[kg]の水の中で,質量$m$[kg]のおもりが高さ$h$[m]の移動を伴う重力仕事により羽根車を回転させ,水が静止した後の温度変化$\mathit{\Delta}T$[K]を測定した。ここで,おもりが羽根車を介して水に対してした重力仕事は,

\[W = \int_1^2 mg dx = mgh\] (3)

となる。ここで,$g$[m/s2]は重力加速度である。この仕事を受けた水の温度上昇量と水の比熱$C$[J/(kg·K)]から,次の関係があることを示した。

\[W = MC\Delta T\] (4)

これより,おもりによる重力仕事が,水の顕熱に置き換えられたことが示された。水にヒーターなどで熱量を加えても同様に温度上昇することから,熱と仕事は本質的に同じものであり,その等価性が示されたこととなった。

図1.1 ジュールの実験

ここで,物質を加熱もしくは冷却した際に,状態変化の表れ方として温度変化を伴う場合,その熱のことを顕熱という。一方,固体から液体,液体から気体など,相変化を伴う場合,その熱のことを潜熱という。図1.2に,大気圧下で氷に熱量を供給した際の時間と温度の関係の概略を示す。0℃以下の氷を加熱すると,加熱に伴い温度が上昇する。この温度上昇分に相当する熱量が顕熱である。氷が0℃に到達すると,その後に供給される熱量は,氷の融解に充てられ,氷がすべて水に相変化するまで温度は0℃に保たれる。この際の熱量が潜熱であり,氷1kgを融解するために必要な熱量のことを融解潜熱という。同様に,水および水蒸気の温度上昇分は顕熱であり,水1kgを水蒸気に相変化させるために必要な熱量を蒸発潜熱という。

図1.2 顕熱と潜熱

4. 温度と熱平衡

物体の「熱い」,「冷たい」を表す指標として,温度が用いられる。我々は,日常的には摂氏温度(セルシウス温度,単位:℃)を用いているが,熱力学で用いられる温度は,絶対温度(単位:K)である。理想的な条件のもとでは,体積が一定のとき,気体の温度と圧力は比例関係になることから,圧力がゼロとなる点を原点とし,水の三重点の温度を273.16Kとする温度目盛りのことを理想気体温度目盛りといい,この原点(絶対零度)を基準にして測定される温度を絶対温度という。絶対温度と摂氏温度の温度目盛りは等しく,摂氏温度$t$[℃]と絶対温度$T$[K]の間には,次式の関係がある。

\[T = t + 273.15\] (5)

また,物質に依存しないで温度を定義する方法として,可逆サイクルの熱効率と熱源の温度の比で決定される温度を熱力学的温度といい,絶対温度や理想気体温度と等しい。この温度については,後述する。

温度は温度計を用いて測定するが,この温度計を用いる際に重要となる概念が,熱平衡である。例えば,物体Aと物体Bを接触させ,十分に長い時間経過させると,互いに熱の流入出がなくなる。このとき,物体Aと物体Bは熱平衡の状態にあるといい,AとBの温度は等しくなる。また,図1.3に示すように,物体Aと物体Bが熱平衡の状態にあり,物体Aと物体Cが熱平衡の状態にあるならば,物体Bと物体Cは接触していなくとも,熱平衡状態にある。この原則を熱力学第0法則という。

図1.3 熱力学第0法則

演習問題1.1:顕熱と潜熱

容器に入った20℃の水8kgに,0℃の氷3.0kgを入れて放置した。容器は断熱されており,熱容量は無視できるとして,平衡状態の容器内の温度と容器内の氷の質量を求めよ。水の比熱を4.19kJ/(kg·K),氷の融解潜熱を334kJ/kgとする。

(答:温度=0℃,氷の質量=0.99kg)


<正員>

熊野 寛之

◎青山学院大学 理工学部機械創造工学科 教授

◎専門:伝熱工学,固液相変化伝熱,相変化スラリー,ハイドレート,物性値計測

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