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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

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Tips for Academic Publishing アクセプトに繋げる論文投稿&学術出版の豆知識

第1回 Cornerstone of Scientific Publishing 科学出版の信頼性を支える「査読」

Tips for Academic Publishing
アクセプトに繋げる論文投稿&学術出版の豆知識

アカデミズムに足を踏み入れたばかりの多くの学生や若手研究者にとって、「査読(peer review)」は耳慣れないかも知れません。査読とは、ある特定の分野の研究について、同じ分野で研究を行っている専門家(同胞、peer)の評価を受けることです。査読は論文出版に欠かせないプロセスであり、これによってジャーナルは、自誌の求める研究レベルや研究対象に合った論文だけを選んで掲載することができます。査読は過去数世紀にわたって多くのジャーナルで採用され、科学出版の信頼性を保証する要(かなめ)とされてきました。

査読の歴史

「出版の前に誰かがレビューする」というプロセスは、17世紀のイギリスで世界最初の科学ジャーナルが発行されたときから既にありました。しかし当初は、レビューを行うのはジャーナル編集者(editor)で、査読者ではありませんでした。18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパで、ジャーナルに掲載すべき内容や出版すべき書籍について、編集者などの出版関係者が専門家に意見を求めた例が知られていますが、現在の査読の形とはまだまだ違うものでした。

20世紀初頭、科学研究はそれまで以上に専門化され、研究者は専門職になりました。研究テーマはより細分化され、研究者の数も増えました。研究者として職や研究費を得るために、論文の執筆が重要視されるようになったのもこの頃です。論文の数も大幅に増え、もはや編集者だけですべての論文を評価することは不可能になりました。こうして、査読の需要が徐々に高まっていったのです。

査読の役割

査読は、新規の研究論文について、同一または類似分野の専門家が検討することで、その論文の信頼性や信ぴょう性を高めることに役立ちます。編集者にとっても、その論文を掲載すべきかどうか、助言を得られるため、ジャーナルは専門家による諮問組織を得たということになります。

査読者(peer reviewer)は、編集者に助言するだけで、論文の掲載可否を実際に決める権利を持っている訳ではありません。査読付きジャーナルでは、掲載可否の意思決定はあくまで編集者や、編集委員会に委ねられています。

査読のメリット

査読の大きな利点の一つは、前述のとおり、ジャーナル編集者が論文の掲載可否を決めるにあたって専門家の助言を受けられることです。

厳格な査読プロセスは、ジャーナルの品質を保証する指標ともみなされています。査読によって編集者は、すべての論文をより入念にフィルタリングできるようになります。

査読者が最初に確認するのは、研究の手法や議論に誤りや、不十分な部分がないかどうかです。議論が尽くされていなかったり、不正確だったりする記述を指摘して著者に修正を促すことで、論文の質が向上し、読者は良く練られた方法論と考察、確固たるデータに支えられた論文だけを読むことができるようになります。多忙な研究生活の中「この論文は読むに値する論文だろうか?」と自分でフィルタリングしなくても済むのは大きなメリットです。

著者にとっては、査読付きジャーナルへの論文掲載は、研究の品質が保証されたことを意味します。研究者としてのキャリアアップに、査読付きジャーナルへの論文掲載は欠かせません。

査読の方法

現代に近い形の査読が登場してからおよそ1世紀。査読は、時代や研究分野、ジャーナルの意思決定のスタイルによってさまざまに変化しています。以下では、現代の査読システムで使われている査読方法の中から、使用例の多いもの、最近使用例が増えているものを5種類ご紹介します。

1. Single-blind peer review(一重盲査読)

一重盲査読は査読のごく初期から行われている伝統的な方法であり、研究分野に関わらず広く使われています。一重盲査読では、査読者は著者の氏名や所属を知ることができますが、著者は査読者の身元を知ることはできません。査読者と著者が直接コンタクトを取ることもできないため、すべてのコミュニケーションは編集者が仲介します。査読者のコメントを著者に送る際には、ファイル上に残る査読者のID 情報などを、編集者がすべて消すようにしています。

利点 著者の身元が明らかになっていることで、査読者はその論文の信頼性をより正確に推し測ることができます。査読者は、自分の身元を著者に知られることがないため、論文に対してより忌憚のない批評ができるようになります。

欠点 著者の性別や国籍、職業や、これまでの成果に対する評価など、今回の研究内容とは直接関係のない情報がバイアスとなり、評価の客観性を損なう可能性は否定できません。既にその分野で一定の評価を得ている研究者に対して甘く、目立った成果のない若手研究者に対して厳しい評価が下される可能性もあります。

2. Double-blind peer review(二重盲査読)

査読者と著者がお互いに誰であるのか明かされないまま行われる査読です。名前や所属だけでなく、著者が過去に行った研究や出資者、謝辞など、著者の身元を察せられる可能性のある情報はすべて伏せられます。

利点 完全な匿名性が保証されるため、一重盲査読の場合に見られたようなバイアスがかかる可能性はほぼありません。女性や若手など、一般に差別を受けやすい研究者も、正当な評価を期待できるでしょう。

欠点 論文から著者の情報をすべて削除するのは非常に困難です。削除作業は編集者に委ねられる場合がほとんどですが、例えば著者が過去に発表した論文からの引用なども削除せざるを得ないため、論文の論理構造に穴が開いてしまい、正確な査読が難しくなることもあります。

3. Open peer review(公開査読)

これまでの匿名性の高い査読とは対照的に、著者と査読者がお互いの身元を明かして行う査読です。論文が掲載に至ると、最終稿と共に査読者のコメントや、著者の回答も併せて公開されることになっています。

利点 身元が明らかなため、査読者はより建設的で、丁寧なコメントを書くよう心掛けることが期待されます。公開査読で大幅な修正やリジェクトを提案する際には特に、著者や編集者が充分に納得できる理由を示さなければなりません。査読者にとってプレッシャーがかかる方法ですが、論文の出版にどのような貢献をしたかが公開されるため、匿名での査読と比べて査読者への見返りが大きい方法でもあります。

欠点 査読者は、著者との関係悪化を恐れ、否定的なコメントをつけにくくなる可能性があります。査読を引き受けない研究者が増える可能性があるとして、公開査読に否定的なジャーナルも少なくありません。

4. Post-publication peer review(掲載後査読)

掲載後査読は、オープンアクセス誌やプレプリントサーバなどで採用されている新しい方法です。「掲載後」という名前の通り、査読者はオープンアクセス媒体に論文が掲載された後で査読を行います。査読のためのディスカッションプラットフォームが用意され、著者と査読者の意見交換はすべて、公開で行われます。論文1本あたりの査読者は、他の方法では多くて数名ですが、掲載後査読では論文にアクセスできる誰もが査読者として議論に参加できます。この方法では、著者はより多くのフィードバックを短期間で得ることができます。また、論文は既に公開されているため、査読プロセスの遅れを心配する必要がありません。

利点 同じまたは類似の分野で研究を行っているすべての研究者が、論文を評価する機会を得られます。著者は自身の論文の修正すべき点、ブラッシュアップすべき点をより早く知ることができ、次の研究に活かすことができます。

欠点 論文にアクセスできれば誰でもコメントできるため、コメントの質は玉石混交になりがちです。また、多忙な研究者は、掲載済みの論文のブラッシュアップのためにコメントすることを面倒に感じる場合も少なくないようです。また、著者にとっては、一般的な掲載前査読では、査読者の人数分のフィードバックを必ず得ることができますが、掲載後査読ではいつ何人からフィードバックが得られるか予想ができません。

5. Collaborative peer review(共同査読)

この方法の最大の特徴は、査読者と著者が論文の改善について直接議論できるという点です。ジャーナルは当該論文の為に専用のプラットフォームを提供し、査読者と著者に議論を促します。査読プロセスの完了までは査読者の身元は著者には伏せられることがほとんどですが、掲載が決定した後で明かされることもあります。

利点 査読者と著者が直接議論することで、査読時間の短縮や、査読プロセスの透明性の向上が期待できます。特に双方の意見に相違がある場合、編集者を介してやり取りするよりも、直接話し合った方が短期間で、また双方にとって受け入れやすい形で解決できる可能性が高まります。

欠点 査読者の身元が明かされないため、透明性は改善しないという意見もあります。また、査読者が複数の場合、査読者同士がお互いの意見に影響されるかもしれません。

ジャーナルがどの査読方法を選ぶとしても、査読は論文の質の向上に寄与するもの、研究不正の芽を摘むものでなければなりません。査読の究極の目的は、科学出版全体の信頼性を保証することにあるのです。


西村 美里・Kakoli Majumder
◎英文投稿支援エディテージ〔カクタス・コミュニケーションズ(株)〕

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