日本機械学会サイト

目次に戻る

2020/12 Vol.123

表紙の説明:これは、推力5tonターボファンエンジンFJR710形で、右からファン、圧縮機、燃焼器のケーシング部分である。1975年に通商産業省工業技術院の大型工業技術研究開発制度によって開発された。ブラッシュアップしたエンジンは、短距離離着陸ジェット機(STOL)飛鳥に4基搭載され500mで離着陸できた。
[日本工業大学工業技術博物館]

バックナンバー

特集 第100号を迎えた「機械遺産」

機械遺産の開発者

大久保 英敏(玉川大学)

機械遺産を認定する目的は、歴史に残る機械技術関連遺産を大切に保存し、文化的遺産として次世代に伝えることである。認定件数が100件を超えた機械遺産の魅力の一つは、優れた先人たちとの出会いである。敬称は省略するが、機械遺産に関わることで、機械遺産を生んだ技術者であり、創業者でもある多くの先人たちに出会い、業績を知ることができた。

万年自鳴鐘を製作した田中久重、日本初の動力式旋盤を製作した池貝庄太郎と喜四郎の兄弟、豊田式汽力織機と豊田自動織機(G型)を発明した豊田佐吉、日本のガソリンスタンドの原型を作った龍野右忠、小形ディーゼルエンジンの実用化に成功した山岡孫吉、麦わら帽子製造用環縫ミシンを開発した安井兄弟、16ミリ映写機(エルモA型)を完成させ、「名古屋に発明の鬼才あり」と賞された榊秀信、フジ自動マッサージ機の藤本信夫、自由粉砕機を商用化した奈良自由市など々、枚挙にいとまがない。

現在認定されている機械遺産の中で、最も年代を遡るものは「旧峯岸水車場」である。この水車場は1808(文化5)年ごろに創設されている。二番目が、「からくり人形 弓曳き童子」であり、このからくり人形の作者が、からくり儀右衛門と呼ばれた田中久重である。万年自鳴鐘と弓曳き童子を製作し、東芝の創業者でもある田中久重は、江戸時代から明治にかけて、日本の機械技術の礎を築いた偉大な発明家であった。明治から大正にかけて、日本の自動織機発明の歴史を作った人物が豊田佐吉である。機械遺産である豊田自動織機(G型)は、イギリスのプラット社とライセンス契約が締結され、国際的に認められることになった(1)

機械遺産No.100となった機器・資料群を所有していた工部大学校が果たした役割も意義深い。講義ノートが機械遺産となった真野文二は、機械学会創立に尽力し、機械学会初代幹事長(会長)となった。井口在屋は、ゐのくち式渦巻ポンプ(No.9)を発明した。東京帝国大学教授の井口と教え子の畠山一清の物語は、株式会社荏原製作所の創立、畠山賞と続いて行った。

昭和の機械遺産は多様化し、世界に向かって行った。マッサージ機、多能式自動券売機、東海道新幹線、自動包餡機、ウォシュレットなど、世界が認める機械遺産が開発され、技術者たちの歴史があった。

最後に、記憶に残しておきたい二人の研究者を紹介して、結びとしたい。一人は、「日本の機械遺産」の編筆者前田清志(1)、もう一人は、「工学の歴史」の著者三輪修三(2)である。著書の中で、三輪は次のように語っている。
“時代を切り開いた技術者・工学者の姿と生きざまを歴史の中で見ることで、ある状況に置かれた個人の決断と行動の正しさと限界、あるいは歴史における個人の役割を知ることができる。これは、技術と歴史の中で専門職業人として生きようとする者にとっては、自分への励みと反省を与える。他方、技術に直接関わりのない一般の人びとにとっても、事を成した人間の生きざまについての感慨はひとしおのものがあるであろう。”

図1 写真で見る機械遺産


参考文献
(1) 前田清志, 日本の機械遺産, オーム社(2000), pp.94-95.

(2) 三輪修三, 工学の歴史, ちくま学芸文庫(2012), pp.287-288.


<フェロー>
大久保 英敏
◎玉川大学大学院 工学研究科機械工学専攻 教授
◎専門:熱工学、伝熱工学、エネルギー工学など

 

キーワード: