技術のみちのり
SiC ウェーハ量産化への扉を開け! ノリタケ(株)

2024年度学会賞(技術)
「難加工半導体ウェーハの高能率鏡面研磨加工技術の開発」
ノリタケ(株)
SiCウェーハの新研磨技術
半導体の基盤となるウェーハは、研磨の最終工程で表面を鏡のように滑らかに加工しなければならない。しかし高効率なパワー半導体の材料であるSiC単結晶は非常に硬いため、研磨加工に膨大な時間とコストがかかり、量産化の妨げになっていた。そこでノリタケ(株)は鏡面研磨加工において、過マンガン酸カリウム(KMnO4)を用いた独創的な技術を考案し、SiCウェーハを短時間で高品質に研磨する工具「LHA(Loosely Held Abrasive)パッド」(図1)を開発した。そこには長く厳しい道のりがあった。

図1 SiCウェーハの研磨
最初のLHAパッドはSiウェーハ用
2001年頃、ノリタケの製品化開発リーダーである佐藤はSiウェーハ用の研磨パッドの開発に没頭していた。鏡面研磨加工では回転テーブルに乗せたウェーハを研磨パッドや研磨定盤に押し当てて、砥粒(研磨粒子)を使って研磨するのだが、二つの方法がある(図2)。

図2 研磨方法
一つは研磨スラリー(砥粒を入れた液体)を使う遊離砥粒研磨だ。数多くの砥粒で研磨できるため、研磨レート(研磨速度)は高い。しかし砥粒の散らばり方に偏りがあり、平坦に磨くことが難しい。
もう一つは、砥粒を均一に入れて固めた樹脂で研磨する固定砥粒研磨だ。平坦に磨けるが、ウェーハと接触する砥粒数は少ないので、研磨レートは低い。しかも樹脂表面から出っ張っている砥粒にウェーハの荷重がかかるので、ウェーハに傷が入りやすいという欠点がある。
ノリタケは固定砥粒工具メーカーなので、当然、固定砥粒研磨をターゲットにしていた。傷が入りにくく、短時間で平坦に磨くにはどうすれば良いか?
思いついたのが、網目状の樹脂でできた半固定砥粒構造の研磨パッドだ。細かな網目状の樹脂に砥粒が挟まり、数多くの砥粒が樹脂の中で転がりながらウェーハに均一にぶつかって研磨する。佐藤はこの斬新なアイデアを溶剤置換法で実現し、LHAパッドと名付けて、2002年頃に開発した。しかしSi半導体業界は遊離砥粒研磨関連のメーカーが市場を確立していたため、ノリタケは市場参入できなかった。
大発見!
佐藤はLHAパッドの新たな使い道を探した。「近い将来、自動車はガソリン車から電気自動車や燃料電池車に移行するに違いない。その時にはモーターの電力を制御する高効率のパワー半導体が主流になり、SiCやGaNウェーハの研磨技術が必要になる」 そう考え、用途をSiCウェーハの鏡面研磨加工に変更し、LHAパッドの使用技術を開発することにした。しかし試験に使うSiCは高価で、ウェーハの形のものは入手困難だ。なんとか社内の人脈を使って譲ってもらい、開発をスタートした。
鏡面研磨加工では研磨能率を上げると、ウェーハ表面の傷や粗さが増える。この難題を解決しなければならないのだが、佐藤はできる限り、既存の研磨装置を使用することを念頭においた。新たな設備投資が必要になることは避けたかった。
研究者の間では、SiCの研磨において過酸化水素などの強酸化剤は効果がないが酸化触媒砥粒を使うと研磨能率が上がるという話が出ていた。佐藤はさっそくKMnO4水溶液を加えながら、LHAパッドでSiCウェーハの研磨を行ってみた(図3)。すると…研磨能率が高くなったのだ。KMnO4水溶液の濃度を、少し温度が下がると飽和してKMnO4の結晶が析出するくらいに調整することが重要だった。遊離砥粒研磨でも試してみると、こちらも研磨能率は高くなった(図4)。一方、他の強酸化剤では効果はなかった。

図3 LHAパッドによるKMnO4を利用した研磨のメカニズム
(産業廃棄物となる研磨スラリーの砥粒を使用しない)

図4 遊離砥粒研磨によるKMnO4を利用した研磨のメカニズム(MnO2はKMnO4より酸化力が低いのでメカノケミカル反応が弱い
先見の明
「KMnO4はSiCウェーハ研磨の高能率化を実現する!」 2006年に学会でこの素晴らしい発見を発表したが、SiCへの注目度は低かったため、誰も興味を持ってくれなかった。SiCの需要はなく、試験で使うSiCウェーハは1枚数十万円もする。とうとう2009年頃に開発は一時中断となった。しかし佐藤はあきらめなかった。「やめたら終わりだ。この開発は絶対に必要になる」 佐藤は開発再開を信じて、一人でこっそり研究を続けた。
そしてEVシフトがやって来た。2013年頃、ついに開発が再開された。開発部門に転籍して来た佐藤の先輩が力を貸してくれたのだ。好奇心旺盛で新し物好きの技術者たちが大勢集まり、LHAパッド製品化への基礎開発が始まった。
メカニズムの解明
KMnO4が高能率化を実現するメカニズムもわかってきた。SiCは空気中で酸化し、表面に厚さ1nmくらいの薄い酸化物の層を作る。ではKMnO4水溶液中ではどのくらい酸化するのか? SiCウェーハをKMnO4水溶液に100時間浸けてみると、できた酸化物層の厚みはわずか21nm。このことからKMnO4に酸化されてできたSiCの酸化物層を砥粒で除去しているとは考えにくい。そこでKMnO4粒子をSiCウェーハの上に蒔いて、その上から研磨パッドを押し当ててこすってみると、10分で5.77nmの酸化物層ができたのだ。つまりSiCにKMnO4粒子を押し当てることが酸化を促進していると考えられる。
すなわち、SiCウェーハと樹脂の間にあるKMnO4水溶液が摩擦熱によって温度が高くなり水分が蒸発して、KMnO4結晶が析出する。そしてKMnO4結晶が砥粒の動きによって、SiCウェーハに強く押し当てられ、メカノケミカル反応を起こして、アモルファス状態のSiとMnとOの混合体層を生成する。混合体層はとても柔らかいので、KMnO4結晶によって研磨されるのだ(図3・図4)。
さらにパッドの樹脂の種類をいろいろ変えてみたところ、樹脂中の酸素原子が多いものほど、KMnO4の析出量が多くなることがわかったため、LHAパッドに採用した。KMnO4が樹脂を酸化すると、二酸化マンガン(MnO2)が生成する。しかし酸素原子が多いと酸化反応時の電子供給性が高くなり、MnO2を生ずる酸化反応が起きにくくなるため、相対的にKMnO4が多くなるからだ。
技術者は未来を作る
2019年頃から商品化を目指し、2024年にはLHAパッドの量産が始まった。従来は約2日間かかっていたSiCウェーハの加工時間は、約2時間に短縮した。将来的にはSiCウェーハ1枚あたり10分以内を目指している。問題点はKMnO4の廃棄物対策。貴重な金属であるMnを再利用する仕組みも思案中だ。GaNウェーハ向けの研磨パッドも開発中で、ダイヤモンドウェーハへの適用も研究している。次世代のパワー半導体が普及する日は近い。
技術者には幅広い分野の知識とそれを活かす柔軟性が必要だ。それは未来を正しく分析し、難題を乗り越える力になる。そして研究や開発はあきらめずに続けていれば、必ず花を咲かせることができる。その花は人々のために輝かしい未来を与えてくれる。一人の技術者がそれを証明した。
取材・文 山田ふしぎ
『LHAパッド』はノリタケ(株)の登録商標
キーワード:技術のみちのり
表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。
デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)