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2021/2 Vol.124

工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)

機構模型:差動歯車

年代未詳/真鍮、鉄、ガラス、木製台座/H310, W245, D235(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵

工科大学もしくは工学部の備品番号「工キ學ニ一八五」の木札付。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]

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特集 日本のモノづくり再興Part2-日本機械学会の役割-

〈人材育成〉モノづくり力強化に向けた人財育成 DXの時代における技術研修

有坂 寿洋〔(株)日立アカデミー〕

はじめに

「人」が支えるモノづくり

2020年は、業務や研究、学習の進め方や環境の変化を余儀なくされ、多くの人にとって特別に記憶される年になったと思われる。COVID-19 のように、ターニングポイントの直接の引金となるものは明らかであっても、変化・変革はその背後で徐々に蓄積されたエネルギーによってもたらされるということは、例えば構造物の破壊現象や地震などとの比喩で、我々機械技術者・研究者には感覚的に理解できていると思う。そして何年もの間に蓄積されたさまざまな課題やひずみは日本の製造業においても例外ではない。

日本の強いモノづくり力は、勤勉で妥協を許さない玄人仕事と、基礎教育の高い普及率および「研鑽」と称する継続的な学びの結果と考えられる。

教育に関してみれば、基礎的な能力獲得は義務教育からその先の大学や大学院あるいは高専などの高等教育によって支えられてきたし、職場においては終身雇用の年月の中で素人から玄人への階段を上がっていく過程で、重要なこと、上手い塩梅を体感として覚えていく仕組みが、ひとつの成長パターンとしてできていた。

しかし高齢化社会を迎え、グローバル競争にさらされ、自然環境の変化により災害が激甚化する現在において、変革と行動がより求められる一方で、従来の成長パターンでは対応しきれなくなっていると考えられる。そしてその変革について、人は「学び」を通してしかそれをイメージできず、行動の具体化につなげられない。

本稿では、日立における技術教育の現状や展望について述べ、また新しい社会に必要な「学び」が社会の中で提供される必要性について再確認する。

日立における技術研修

日立グループ事業戦略と日立アカデミーの設立

日立は2018中期経営計画において掲げた「IoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナー」となるべく、デジタル技術を活用した社会イノベーション事業の推進を行っている。その成長をグローバルに拡大していくためには、まず事業のフロントで顧客やユーザと共にイノベーションを起こすフロント人財の強化と、デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)をけん引すべきデータサイエンティストなどの専門家の育成および既存の技術系人財のDXへの対応が急務とされた。その次の2021中期経営計画においても三つの価値(社会価値、環境価値、経済価値)を通じて持続的な社会を実現する社会イノベーション事業推進のために、よりいっそうの人材育成が進められている。

これまでの日立の教育・研修は、(株)日立総合経営研修所が経営やビジネススキルを中心とした研修、(株)日立インフォメーションアカデミーがITを中心とした研修、(株)日立製作所 日立総合技術研修所がOT(Operational Technology)や製品向け技術を中心とした研修というように、三つの機関に分かれて提供してきた。これらの機関を2019年4月1日付けで(株)日立アカデミーとして一つの会社に統合し、各々の特長を生かしながら、統合化技術としてDXの新たな教育体系を構築し、実行することとした(図1)

日立アカデミーでは従来日立グループで培ってきた教育・研修業務を体制化し、事業戦略に応じた人財育成の戦略企画から研修、運営の提供までを一貫して実施することで、社会イノベーション事業をグローバルで加速するための人財育成施策をリードする。さらにこれらの実績・ノウハウを基に、従来から提供してきた顧客への人財育成サービスを強化し、デジタル技術を活用するための研修などを通じて、新たな価値創出に向けた顧客との協創につなげ、課題解決の支援を行う(1)(2)

 

図1 日立アカデミーと教育体系の考え方(有吉、日立評論より一部修正(2)

DX人財育成

DXとDX人財とは

機械系を中心とした技術研修について述べる前に、DXとそれを担う人財像についてまず述べる。日立がすすめる社会イノベーション事業においては、顧客やユーザと共に課題を明確にし、その解決策を考えるフロント人財の育成とデジタル技術を使って実際に課題解決にいたる製品・サービスを提供するDX人財の育成が不可欠であるが、ここでは特に後者のDX人財について簡単に説明する。

現代のビジネスあるいはモノ(製品)においては、デジタル技術による付加価値向上無くしては商売が成立しないと言っても過言ではないだろう。たとえそれが一切の電子制御もなく、人の手と頭だけで作られた製品であっても、それを商業ベースに乗せる瞬間にインターネットの恩恵を受け、その中に組み込まれていくからである。

当然、モノづくりにおいてもデジタル技術(ここでは自動制御や図面の電子化、プロセス管理の電子データ化など)による高効率化、高性能化、高速化が必要なのは言うに及ばないが、DXにおいては現実の物理世界に存在するモノやそれをつくるプロセスをデジタル化してサイバー空間上にモデリングすることが核心となる。これによってAI、IoTやビッグデータ利活用など、進化したデータ分析、処理技術を活用したビジネスやモノづくりが可能になる。これを日立では「OT×IT」と呼び、モノだけではなく、その設計・製造プロセス、販売や稼働、メンテナンスまで含めたビジネス全体をデジタル化する概念を示している(図2)。OTはOperational Technologyの略で、従来の製品技術、管理手法などを指す。

DX人財についてまず挙げられる問題は、データ分析の専門家であるデータサイエンティストの世界的な不足である。外部から採用するだけではなく、自社内でデータサイエンティストの育成を進める必要がある。

一方で、社会イノベーション事業におけるデータサイエンティストには、IT分野だけではなく電力、鉄道、産業などのOT分野の業務知識や、データ分析のスキルが必要であり、これをOT分野の技術者がIT分野の知識、スキルを習得することで強化育成を行っている。

DX人財は、各々の専門性を高めるだけでなく、分野をまたがって異なる技術・製品を統合したり、顧客協創のフロントから研究開発やモノづくり現場まで、職能の壁を越えて縦横無尽に行動したりすることが期待される(図3)

日立アカデミーがIT分野、OT分野、経営分野を統合して設立されたのは、このような複合した能力を獲得するとともに、デジタル技術を活用して社会課題を顧客とともに解決していくというマインドの醸成が必要であったからである(図4)

これは、技術者の目から見れば自分の専門分野にとどまることなく、他の技術や社会の仕組みに目を向けて新しい価値の創造を行うというデザインシンキングの考え方を身に付けるということでもある。

図2 モノつくり企業におけるOT×ITによるDXの推進(徳永(3)

図3 デジタル時代の人財像(徳永(3)

図4 DX時代に身につけるデジタル活用力、活用マインド(徳永(3)

DX時代の機械系人材育成

オープンな技術研修によるDX人財の育成

筆者が所属する技術研修本部は、前述の日立総合技術研修所の流れを汲み、OT分野の技術教育を実施している。機械、電気電子、情報、生産技術、製造現場管理といった直接的、実務的な内容だけでなく、イノベーション手法、品質管理技法などさまざまな分野の技術講座を企画運営している。また日立の若手技術者を育成する日立工業専門学院(日工専)の運営を行っている。

例えば機械系であれば、材料力学や熱力学、流体工学、振動工学などの分野をベースに、事業製品に合わせた内容を組み立てて提供している。例えば製品事故を無くすための講座では材料力学や破壊力学、実際の製品事例、製品設計の考え方などを数日間の研修として提供するといった形である。最近ではDXの流れを受けて、IoTの基礎からビジネス例までを学ぶ講座や、センサやシングルボードコンピュータなどを用いてシステムを組み立てる講座なども人気である。

これらの研修は日立の研究開発グループや各事業部の経験豊富な専門技術者が講師となっているものも多いが、さらに深い経験を持つOB講師や、体系的な知識と最新の動向を提供していただける大学教員、専門性の高い知見をいただける教育企業や技術士など、さまざまな講師にお願いしていることが大きな特徴となっている。さまざまな製品、サービスを扱っている事業部門が個別に技術教育を行う場合に比べて、内容の重複やローカル化を防ぎ、部門間の人材交流を図ることができるという利点がある。

また外部の講師を多く招くことは、広く見て考えることができる機会となり、最新の情報に触れることができるということでもある。DXの根幹をなす、現実の物理世界に存在する機械をデジタルの世界でモデリングするという重要なスキルは機械系の技術者にしかできないことである。同時にその機械のメカニズムを理解するだけではなく、それが社会の中で果たす役割や、人にとっての価値を見直すという作業が必須である。そのための広い視野、高い視点を持つことがDX人財の育成に必要なのである。

こういったDX人財の育成に向けた複合的で幅広い内容の更新を図るとともに、今回のCOVID-19状況下では研修のオンライン化を積極的にすすめている。

このような技術教育の変革が進む中では、企業内にとどまらず、企業外に多くの協力者、関係者を求めることとなる。これは日立が社会課題を解決するための社会イノベーション事業を推進する中で重視している「協創」というスキームそのものである。

社会課題の解決には、それに関係している組織や企業、そしてそこにソリューションを提供する企業だけでは閉じることはなく、その社会に生きる人すべてに課題の理解と努力が必要であり、それを人の「学び」で実現するというのがこれからの方法ではないかと考えている。

なお、当社の技術教育はまだ一部ではあるものの、「オープン研修(日立講習会)」として日立グループ外にも提供を開始している。さまざまな分野で活躍される人財の育成をサポートする厳選されたコース群であり、興味を持たれた方はぜひともご確認いただきたい(4)

おわりに

社会全体での教育改革と機械学会の役割

製造業が抱えるひずみや厳しい情勢を克服するためには産学官の連携が必要、とは誰しもが思うことであるが、まず教育の分野から始めることが重要ではないかと個人的に考えている。なぜなら、冒頭に述べた成長パターンも、明治以降の教育体系をベースとして戦後の高度経済成長期に醸成された仕組みであり、これが最初の「強い日本のモノづくり」をもたらしたのであれば、新しい「モノづくり再興」もまた最初は新しい「教育」からスタートするのではないかと考えるからである。今置かれた現状よりも良い状態にするために継続的な「学び」ができる人が多いほど、変革は早く進むことができる。そのための社会全体での「教育」の改革が必要と感じている。

本稿では、一企業における技術者教育の現状や展望について述べたが、強いモノづくりの再興のためには、社会をあげての取り組みが必要である。その主役である人の繋がりを助け、ビジョンを示す、日本機械学会の役割に大きく期待したいと思う。

 


参考文献

(1)日立ニュースリリース, デジタル技術を活用した社会イノベーション事業のグローバル展開をリードする人財の育成を担う新会社を設立(2018.10), http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2018/10/1011.htm (参照日2021年1月7日)

(2)有吉司, 日立のデジタルトランスフォーメーション人財育成と教育体制, 日立評論, Vol.101, No.02(2019), pp.242-243.

(3)徳永幹彦, 企業におけるDXを推進する人財育成の取り組み -総合電機企業の研修機関としての取り組み-, 日本工学教育協会JSEE研究講演会講演論文集, (2019), 1F03.

(4)日立アカデミー オープン研修(日立講習会), https://www.hitachi-ac.co.jp/service/opcourse/ (参照日2021年1月7日)


<フェロー>

有坂 寿洋

◎(株)日立アカデミー 技術研修本部 主管L&Dプランナ

◎専門:機械工学、機械力学、情報機器設計

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