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2021/2 Vol.124

工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)

機構模型:差動歯車

年代未詳/真鍮、鉄、ガラス、木製台座/H310, W245, D235(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵

工科大学もしくは工学部の備品番号「工キ學ニ一八五」の木札付。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]

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特集 日本のモノづくり再興Part2-日本機械学会の役割-

〈機械技術者への期待〉日本の製造業における機械技術者への期待

清野 武寿〔(株)東芝〕

はじめに

我が国の製造業は、戦後の高度成長時代に、欧米などの先進国から導入した技術を活用し、安い労働力と生産現場での創意工夫によって「安価で品質のよい製品を効率よく大量生産」することで発展してきた。後に韓国、中国、台湾なども日本と同様の方法で先進国に発展し、いまでは日本企業を凌駕した企業も多数存在している。日本の製造業が今後も競争力を持ち続けるには、既存事業での競争力向上、革新的技術による新事業創出が挙げられる。

一方で、日本が長年培ってきた機械技術が、現在の日本の製造業の課題解決、事業競争力の牽引に対して十分に貢献できているとはいえない。

ここでは、日本の製造業の競争力向上の課題として、「既存事業における業務プロセス」、「新規事業創出のための研究開発」の二つの視点から機械技術者への期待について考察する。

日本の製造業の課題

既存事業における業務プロセスの課題

既存事業での業務プロセスの課題としては、製品設計と生産準備や生産・製造方法の開発を並行して実行するコンカレントエンジニアリング(Concurrent Engineering: CE(1)~(3))や、製品設計段階で製造性を考慮するDesign For Manufacturability(DFM)(4)(5)など、各業務プロセスを担う組織や担当者間の連携があげられる。

CEやDFMは古くから連携のコンセプトは示されているが、製品によって変化する設計や生産方法に対応するために試行錯誤を繰り返している。筆者も実践的な事例をもとにした設計と生産の連携の方法を提言している(6)

また、近年は、受注から製品設計、調達、生産準備、生産・製造、さらに工場から出荷後の物流、客先への製品の据付、製品品質を維持するための保守に至る業務プロセス全体の品質、コスト、リードタイム(LT: Lead Time)や納期短縮など、広範囲な業務プロセスの変革が必要になってきている。

新規事業創出のための研究開発の課題

日本の製造業では、他国が企業間のアライアンスなどに積極的であるのに対して、自社による独自技術創出に偏重しており、多くの研究開発者を雇用し、先進的な要素技術を生み出すことが重視されているように見える。

研究開発の成果に対しても、論文投稿・発表、広報、知的財産・特許化が重視され、研究開発者もこれらの結果で評価されていることが見受けられる。

一方で、研究開発成果が事業に結びつく確率が高いとは言えない。事業化のための多大な時間と研究費投資に対して、新規事業につながっている割合が低いことが、技術経営上の最大の課題となっている(死の谷、デスバレー(7))。

これまでの研究開発の進め方を振り返ってみると、事業に結びつきにくい要因の一端を垣間見ることができる。現状の研究開発は新製品の性能・機能の実現可能性を確認することが主体となっている。研究開発段階から、現象のばらつきや信頼性の考察、性能・機能だけでなく事業化に不可欠な生産技術開発への投資増強、事業化のための周辺技術や環境構築検討を合わせて行うことで事業化確率が改善されていく可能性がある。

機械技術の課題

多岐に渡る複合的な技術の活用

機械工学の対象範囲は広い。「4力」と言われている機械力学、流体力学、材料力学、熱力学を基本に、応用技術も多数存在する。加工分野一つをみるだけでも、切削、研削、研磨などの除去加工、樹脂や金属で部品を成形する射出、プレス、押出し、絞りなど多くの応用技術がある。製造業では、「4力」の技術や知識・知見を複合的に組み合わせながら、技術を進化させていくことが必要となる。

しかし、機械技術者の多くは、学部・修士の短期間に取り組んだ研究分野を自身の専門と考え、それ以外の機械工学技術分野への関心が低い状況が見受けられる。

多くの技術成果・手法・ツールの活用

機械工学の歴史は長く、これまでに数多くの研究開発成果が生み出されている。論文や知的財産・特許に留まらず、設計の効率化、設計データの加工や測定への活用、4力を基にしたシミュレーションなど、さまざまなツールが普及してきており、いまでも進化し続けている。

ここでシミュレーションツール活用にあたって注意すべき点は、形状などのモデルとシミュレーション条件を設定さえすれば、何らかの結果が得られてしまうことである。

基本的な機械工学の知識なく使用しても実際に活用できる結果が得られるとは限らない。ツールを有効活用するには機械工学の基礎的な知識が不可欠であると考えられる。

機械技術者への期待

機械技術者の中には、先進的な研究開発を行い、学術的にも工学的にも高レベルの成果を生み出せる人材が存在する。しかし、多くの機械技術者が同様の成果を生み出せるとは限らず、前述の製造業の課題解決への期待の方が大きい。

既存事業の業務プロセス変革への貢献

既存事業では製品の開発設計段階での性能・機能に加え、生産・製造課題も評価していくことがCE、DFMで重要視されている。

日本の多くの機械技術者は、レベルの差異はあっても大学の初期段階で機械工学の基礎知識を学んでいることが大半である。機械技術者には広範囲の機械工学技術の知見、手法、ツールを的確に活用できる素地があり、製品の性能・機能と品質、コストや生産・製造性考慮した構造提案への貢献が期待できる。

さらには、機械技術者が出身大学の研究室だけの専門性に固執せず、学んだ基礎知識を自ら振りかえることで、既存事業の業務プロセス変革への貢献も期待できる。

今後は製品設計の生産・製造への影響だけでなく、据付や保守性まで広範囲での業務プロセス変革が必要とされてきており、機械技術者の活躍の場が広がってくると考えられる。

研究開発成果の事業化への貢献

研究開発が事業化に至らないという課題は、技術経営の分野において、議論の対象となっているが、いまだ明快な解決策が示されてはいない。

研究開発成果を事業に結びつける成功確率を少しでも高め、事業化の可能性を適切に判断する必要がある。そのために機械技術者には、新たな要素技術を、機械構造、部品、加工(製造)方法などの幅広い基礎知識とツールを活用して、バラつきや信頼性を同時に評価し、事業化の可能性を適切に判断する役割が期待される。

さらに周辺技術や環境整備に対しても同様のアプローチで研究開発での事業化可能性を的確に評価することも期待される。研究開発の継続可否、事業化までの期間短縮、要素技術の完成度判断などの新規要素技術の事業化の可否判断を担うことも機械技術者に期待する。

おわりに

日本の製造業の課題として、既存事業における業務プロセス変革、新事業を創出するための研究開発変革の二つの視点から、機械技術者の可能性と期待を述べた。

機械技術者は広い分野の基礎知識を有しており、適切な手法・ツールを活用することで既存事業の製品設計開発段階での生産・製造性向上への貢献、さらには今後強化されていく据付・保守などへの貢献が期待できる。

さらに新技術の事業化に対しても、広い視野から性能・機能だけでなく、事業を成立させるための周辺技術の確立への貢献など、技術経営上の課題を一歩解決に近づけられることへの期待も大きい。

ここでは、機械技術者が十分な基礎的な知識を有していることを前提としての期待を述べた。多くの機械技術者が、本提案に共感し、かつて学んだ機械工学の基礎知識を振りかえって再度自身の真の力にすべく研鑽し、製造業の中心的な役割を担っていただけることに期待したい。


参考文献

(1) Carter.D.E.and Baker,B.S., Concurrent Engineering, The Product Development Environment for the 1990s,Addison -Wesley Publishing Co.Inc,(1992).

(2) Adachi.T., Enkawa.T.and Shin.L.C, A Concurrent Engineering Methodology Using Analogies to Just–In–Time Concepts, International Journal of Production Research,Vol.33,No.3(1995),pp587-609.

(3) 福田収一, コンカレントエンジニアリング, (1993), 培風館.

(4) Toupin.L.A., DFM reduces product-development costs, DESIGN NEWS,CAHNERS BUSINESS INFORMATION, (1999).

(5) 清野武寿, モノづくり力強化による価値創造をめざす「生産技術経営」, Business Research, No.1027(2009), pp.6-13.

(6) 丹羽清(編), 清野武寿(著), 技術経営の実践的研究 イノベーション実現への突破口, (2013), pp.57-91.

(7)(社)日本機械学会定時社員総会特別企画“死の谷”を乗り越えて, 渋谷陽二. https://www.jsme.or.jp/archive/files/130419sokai_v3.pdf(参照日2020年12月4日)


清野 武寿

◎(株)東芝 生産技術センター 所長

◎専門:技術経営、機械工学(機械力学他)

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