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2022/12 Vol.125

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特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」

「エンジニアのように考える力」を評価する

深堀 聰子(九州大学)

アフターコロナ時代における大学の優先課題

いっそう強く要請されるアウトカム・ベース教育の実質化

2019年の冬より、世界で猛威を振るってきた新型コロナウイルス感染症は、対面での人の接触に大幅な制限をもたらし、日常生活の在り方に大きな変更を余儀なくした。大学も、そのほとんどが、驚くべき機動力をもってオンライン授業を導入し、ネットワーク環境の改善や授業方法の改善に努めてきた。その結果として、世界中の大学の学生・教職員の多くが、ICTツールを使いこなせるようになったことは、この間の努力の賜物と言えるだろう。パンデミックの社会的収束が急がれる今日、大学の教育研究活動における対面と遠隔のベストミックスが模索されている。学生の卒業後の進路先である雇用の場においても、リモートワークの環境整備が進み、業種や立地に適した新しい働き方が模索されている。

このように、コロナ禍によって、学びと就労における時間と空間の自由化が加速し、Society5.0が現実味を帯びて感じられるようになる中で、強力な政府イニシアティブの下、情報系人材育成と教育研究活動のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を喫緊の課題に掲げる日本の大学は少なくない。この新たな文脈の中で、同じく強力な政府イニシアティブの下、日本の大学が2000年代初頭より取り組んできた学修者本位の教育を目指すアウトカム(学修成果)・ベース教育への転換は、いかなる意味を持つのか。一過性の政策課題として忘れ去ってよいのか、それとも、時間と空間の自由化が著しく進展した世界における学びと就労を高度化させるための重点課題として、改めて注力すべきか。

本稿は、コロナ禍による雇用環境の変化が、アウトカム・ベース教育の実質化をいっそう強く要請する方向に作用するという立場をとる。なぜなら、既に、リモートワークを基本として仕事を進める「リモートスタンダード」制度を、社員の半数を対象とする規模で導入している日本の大手企業が出現していることが示唆する通り、就労における時間と空間の自由化は、雇用に対する物理的制約を取り払い、全国に留まらず、グローバルな市場に開放するからである。人口減少に伴う労働力不足、目まぐるしく変化する社会に供給する財・サービスの適正化、生産コスト(材料費・労務費・経費)の高騰、SDGsへの要請など、重層的な課題への対応を迫られている企業にとって、雇用の自由度を高める方向の変化は、業務管理の有効な方法論が確立さえすれば、歓迎されるだろう。今後、少なくない日本の企業が、少なくとも部分的には、日本固有の雇用慣行から世界スタンダードへの移行、すなわち終身雇用・年功序列賃金制を基本とする職能給・メンバーシップ型雇用から、従事すべき職務を明記した雇用契約に基づく職務給・ジョブ型雇用への移行を志向していくだろう。

職能給・メンバーシップ型雇用において問われてきたのは、どのような職務にも臨機応変に対処できる「訓練可能性」である。それは、「地頭」「人物」「コミュニケーション力」と言った汎用的な能力として表現されることが多く、これまでは大学の偏差値という代替指標で捉えられることが多かった。労働官僚である濱口は、「就職の際に企業が若者に求めるのは、その企業で使える技能を学校で身につけてきたかどうかではなく、その企業で一から厳しく訓練するのに耐えられる素材かどうか(官能性)」である日本型雇用の特徴を、「教育と職業の密接な無関係」(1)と呼んでいる。そして、大学はこの状況に甘んじて、教育内容の社会的意義(レリバンス)を説明することで、大学と職業社会との接合を強めることに向けた組織的な努力を怠ってきた。

ジョブ型雇用において問われるのは、従事すべき職務を遂行するために必要な専門的知識・能力である。それを記述したのが、既に一部の日本の大手企業で導入済みの「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」である。職業社会が、部分的にでも職務給・ジョブ型雇用に移行するのであれば、学生の進路保障の観点から、大学が取り組まなければならない課題は明白である。それは職業社会との丁寧な対話を重ねることで、大学教育の社会的意義についての共通理解を醸成するとともに、学生が大学教育を通して何を知り、理解し、行えるようになったのかを、自らの言葉で、社会にとって分かりやすい形で語れるように支援することである。それは、学修者本位の教育を目指すアウトカム・ベース教育が目指してきたことに他ならない。コロナ禍を経て、アウトカム・ベース教育の実質化が、大学にとってますます重要な優先課題になったと言える。

Tuningテスト問題バンクの取組み

エキスパート・ジャッジメントの涵養と教育改善

アウトカム・ベース教育を実質化するために不可欠なのは、学修目標を適切に設定し、学修成果の達成度を適切に評価することのできる大学教員の専門的判断力(エキスパート・ジャッジメント)である。

エンジニアリング教育の分野では、国際協定に基づく教育の質保証の仕組みが確立されており、その中で学修目標の設定と学修成果の達成度評価の質も維持されている。例えば、国際エンジニアリング連合(International Engineering Alliance, IEA)によって、高等教育課程の修了生に求められる知識・能力(Graduate Attributes, GA)と高等専門職としてのコンピテンシー(Professional Competencies, PC)が定義・更新されている。エンジニアリング教育の実質的同等性を相互承認する国際協定であるワシントン協定に加盟するエンジニアリング教育認定団体(日本では日本技術者教育認定機構、JABEE)は、その認定基準において、認定プログラムは、GAに整合する「学習・教育到達目標」を設定し、その達成に適した教育学習環境を整備するとともに、学生が学修成果を達成していることを点検・確認することとしている。国際通用性のあるエンジニアリング教育プログラムを提供するためには、この国際的に合意された枠組みを無視することはできない。

国立教育政策研究所が推進するTuningテスト問題バンクは、高等教育の学修成果の達成度を評価するツール(テスト)を共同開発することを通して、学修目標の設定と学修成果の達成度評価における大学教員のエキスパート・ジャッジメントを鍛えることを目指す取組みである。さらに、開発したテストを各大学で実施し、教育プログラムの改善に資するフィードバックを行うことで、アウトカム・ベース教育の実質化を推進することを目指している。このTuningテスト問題バンクは、「経済協力開発機構(OECD)高等教育の学習成果調査(AHELO)」プロジェクトの後継事業として2014年に着手され、国内3拠点・アセアン地域1拠点において、のべ33機関82人の専門家の協力のもとに活動してきた(図1)

取組みの展開は、図2に示す三つの時期区分で捉えることができる(2)

第1(2014~2016年度前半)は、OECD‐AHELOの土木工学分野における取組みを機械工学分野において再現・適正化しながら、記述式問題12問と多肢選択式問題92問を試作した「模索フェーズ」である。

第2(2016年度後半~2018年度)は、第1フェーズで試作したテスト問題によって、測定することを意図した学修成果の達成度を実際に測定することができたかどうかを確認した「検証フェーズ」である。その検証結果に基づいて、テスト問題を順次修整し、テスト問題作成の方法論を開発し、「テスト問題作成の手引き」などを整理した。

第3(2019年度~)は、テスト問題をどのように活用すれば、教育現場における教育改善に役立てることができるか、教学マネジメントにおける実質的な活用方法を検討した「実用化フェーズ」である。このフェーズにおいて、テスト問題の作成、査読、翻訳、試行調査(妥当性検証)、テスト問題の改善、大規模実施、採点結果の分析、大学へのフィードバックの提供といった一連の取組みの手順を明確化し、持続可能な制度化に努めた。日英HPを整備することで広報活動を充実させ、ASEAN拠点における国際アウトリーチ活動、技術士の資格を持つエンジニアのメンバーとして参画、日本機械学会人材育成・活躍支援委員会との連携にも注力した。コロナ禍においては、各拠点における自律的な活動体制を強化するとともに、テスト問題開発プロセス・アウトプットをオンラインで管理するためのデータベースを構築し、テスト問題をオンラインで実施できるように学習支援システム(LMS)に搭載することで、アフターコロナ時代に備えてきた。

こうしたTuningテスト問題バンクの取組みのうち、第1フェーズについては、日本機械学会誌(2017)第120巻第1178~1189号に「エンジニアリング教育の達成度評価~テスト問題バンクの取り組み~」として11回にわたって連載いただいた。本稿では、第2フェーズ以降の展開を中心に、取組みの成果と展望を整理することで、「未来を担う技術人材の育成」の検討に資する示唆を提供したい。

1 Tuningテスト問題バンクの体制・活動内容

2 テスト問題バンクの三つのフェーズ

学修成果枠組みの精選とテスト問題の修整

「エンジニアのように考える力」をどう評価するか

Tuningテスト問題バンクのテスト問題は、多肢選択式問題と記述式問題から構成されている。多肢選択式問題は、平均的な学生が一問3分程度で解答できる難易度の4択式問題で、幅広い範囲の知識について、その習得度を確認することを目的としている。記述式問題は、実践的なシナリオの中で「エンジニアのように考える力」をいかに発揮できるかを問う作文・作図問題であり、試験時間は60分間である。

第2の「検証フェーズ」では、第1の「探索フェーズ」で試作したテスト問題によって、測定することを意図した学修成果の達成度を実際に測定できたかどうかを確認した。その結果、多肢選択式問題については、概ね良好に進捗しており、テスト問題の難易度のプロフィールを蓄積していくことで、有用な問題群を構築できることが確認できた。一方、記述式問題には、学修成果枠組みと設問の立て方に、再検討すべき課題があることが明らかになった。「エンジニアのように考える力」を評価する方法に関する有用な示唆を含むため、その課題と改善方策について、ここで整理しておきたい。

実践的なシナリオの中で「エンジニアのように考える力」が表出する様相を捉えるために、第1フェーズでは、OECD-AHELOで編み出された学修成果枠組みと作問方法を採用した。それは、特定のエンジニアリング課題を解決するために、エンジニアがとるべき考え方や行動を、いくつかの設問に分割して総合的に問うたうえで、各解答で活用される知識・能力が、Tuning-AHELO学修成果枠組みに含まれる21の学修成果のどれに該当するのかを、事後的に紐づける方法であった。この方法は、「複数の学修成果が統合的に発揮された結果として表出するコンピテンス」を捉えるうえでは有効であるが、個々の学修成果の達成度を評価するためには、統合的なコンピテンスを分解し、学修成果のレベルで捉える課題が残された。

この課題を解決するためには、設問を、どのようなコンピテンスが発揮されるかという観点からではなく、どの学修成果を測定したいかという観点から立てる方法に変更する必要があった。また、それに先立って、21の学修成果から構成されるTuning-AHELO学修成果枠組みを精選する判断に至った。なぜなら、エンジニアリング課題の中で、関連性の強い学修成果は統合的に表出するため、それらを厳密に識別するテスト問題や採点基準を作成することは、実質的に困難だからである。そこで、Tuning-AHELO学修成果枠組みを、テスト問題では測定しにくい学修成果(生涯学習能力)を取り除いたうえで、関連性の強い学修成果を統合する方法で精選し、8つの学修成果から構成される、「Tuningテスト問題バンク学修成果枠組み」を編み出した(表1)

修整版の記述式問題では、この8つの学修成果の達成度を可能な限り直接的、かつ網羅的に問う方法で設問を立てている。ホームページには、公開サンプル「風力発電」問題について、修整前後のテスト問題・採点基準・解答用紙・採点表・解答例と解説を開示しているので、ご覧いただきたい(2)

表1 Tuningテスト問題バンクの学修成果枠組み

プログラム・レベルと授業科目レベルを繋ぐ

目標設定と評価のエキスパート・ジャッジメントを鍛える

「エンジニアのように考える力」という抽象的な能力は、どのように、実践的なエンジニアリング課題の中で活用される知識や能力に具体化されるのか、公開サンプル問題「風力発電」の例で確認してみよう。表2の第2カラムには「Tuningテスト問題バンク学修成果枠組み」の学修成果、第3カラムには「風力発電」問題の設問の概要を示している。例えば、学修成果「エンジニアリング分析・解析」(エンジニアリングの生産物、プロセス、手法について分析するために知識と理解を応用する能力)は、「風力発電用風車のブレードについて、伝統的風車と対比して、回転性能の観点からその特徴について説明することができる」能力として具体化されている。また、学修成果「エンジニアリング・デザイン」(特定の規定された要求を満足するデザインを開発するために知識と理解を応用する能力)は、「風速、ブレードの寸法、回転数などの制約条件が与えられた時に、ブレードの枚数を2枚または3枚のいずれかに決定するために検討すべき観点について説明することができる」能力として具体化されている。

表2 「エンジニアのように考える力」を具体化する方法

この「エンジニアのように考える力」という抽象的な学修成果を、実践的なエンジニアリング課題の中で活用される知識や能力に具体化する際に必要な力量は、プログラム・レベルの学修目標を、課題(授業科目)レベルの到達目標に具体化し、その達成度を評価する際に必要な力量に通ずる。それは、アウトカム・ベース教育を実質化するために問われるエキスパート・ジャッジメントに他ならない。

このTuningテスト問題バンクがもたらすエキスパート・ジャッジメントの涵養という個人変容が、アウトカム・ベース教育の実質化に向けた組織的取組み(組織変容)に帰結するためには、Tuningテスト問題バンクの考え方が組織で共有されなければならない。その観点から、Tuningテスト問題バンクを組織の教学マネジメントに活用する方法を模索してきた。取組みの一環としてテストの大規模実施参加校に提供してきたフィードバック(抜粋)(図3)では、受験した学生が集団として、「エンジニアのように考える力」をどのように修得しているかをベンチマークしているため、参加校は、他の参加校に対する自校のカリキュラムの成果(強みや弱み)を把握ことができる。

実際、このフィードバック情報を、プログラムの自己点検・評価の資料として活用した大学がある。また、同一テストを同大学の異なる学年の学生を対象に実施することで、カリキュラムの履修段階別の効果を検証した大学もある。こうしたフィードバックを重ねていくことで、教員一人ひとりが、自らが担当する授業科目を通して、プログラム全体による学修成果の達成にいかに貢献するかという観点から教育に取り組む文化を醸成していくことができると考えている。


図3 学生集団の達成度に関するフィードバック

欧州Tuning-CALOHEEの取組み

学修承認の通貨としての学修成果

本取組みが連携する欧州Tuningは、アウトカム・ベース教育を通して欧州高等教育圏(比較可能な学位制度や単位制度を導入することで、学生・教職員のモビリティを高め、共同体としての結びつきを強めることを目指す高等教育システム改革)の実質化を目指す取組みとして2000年に始動した。このTuningにおいても、欧州委員会プロジェクトCALOHEE (Comparing and Assessing Learning Outcomes in Higher Education in Europe)として、学修成果達成度評価のツール開発が手掛けられている。土木工学、物理学、看護学、歴史学、教育学の5分野において、学修成果枠組み再定義フェーズ(2016~2018)を経て、学修成果達成度評価のツール開発が進められており、2023年2月に最終報告書が完成する予定である。マイクロクレデンシャル制度化の検討が進められるなど、学修成果に基づく学修の承認がますます重要になる中で、学修成果達成度評価ツール開発にむけた欧州委員会の期待は大きい。

筆者は、ポルトガルで開催された最終会合(2022年9月22日~25日)に出席し、Tuningテスト問題バンクの取組みについて報告した。ディスカッションでは、プログラム・レベルの抽象的な学修成果をエンジニアリング課題において具体化した方法や、大学での活用方法に強い関心が寄せられた。また、学問分野別の学修成果の構造の違いについて議論を深め、情報共有と意見交換を継続することを確認した。

大学におけるアウトカム・ベース教育の実質化によって、結果的にいかなる人材が育ち、社会でいかなる活躍を果たし得るのか。取組みの成果は、国内外の産学官が連携して、長年をかけて検証していく必要がある。


参考文献

(1) 浜口桂一郎, ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機(2021), 岩波書店.

(2) Tuning Test Item Bank,https://www.me-testbank.org/(参照日2022年10月3日)


深堀 聰子

◎九州大学 教育改革推進本部 教授

◎専門:比較教育学、教育社会学、高等教育論

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