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2022/12 Vol.125

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特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」

人生100 年、これからの技術者のキャリア形成を考える

小林 政徳(小林政徳 技術士事務所)

はじめに

世の中の動きが大きく変わる時代がある。1970年代はアルビン・トフラーの「未来の衝撃」(1)が話題になり、1980年代は「第三の波」(2)が話題になった。第一の波は「農業革命後の社会」、第二の波は「産業革命後の社会」、第三の波は「脱産業社会」であった。そして最近は、リンダ・グタットンの「ライフシフト」(3)や「ワークシフト」(4)が話題となり、「3ステージの人生」から「マルチステージの人生」に大きく転換している。これを受けて日本政府も、「人生100年時代構想会議」を2017年(平成29年)9月に設置し、リンダ・グラットンも有識者議員として参加し議論を行った(表1、図1)(5)。そこで、技術者の立場から人生100年に向けた「ジョブ型社会におけるキャリア形成」について分析を行った。キャリアとは「働き方」(職業的な経歴のみならず、在り方・生き方)のことである。

表1 主要国の健康寿命・平均寿命(出典:人生100年時代構想会議(5)


図1 到達年齢が100歳を越える(出典:人生100年時代構想会議(5)

「3ステージの人生」から「マルチステージの人生」へ

これまでの時代は、年齢を聞けばその人のステージがはっきりとわかった。つまり①フルタイムの学生(22歳まで)、②フルタイムの社会人(60歳まで)、③フルタイムの老人(80歳で死ぬまで?)、の「3ステージの人生」のどこに位置しているかわかった。この時代は、フルタイムの学生の間に学んだ「知識」が、フルタイムの社会人が終わるまで役立った。その後は、十分な年金で死ぬまで生活が可能であった。これが「3ステージの人生」と呼ばれる時代である。

これからの時代は、「マルチステージの人生」の時代となり、年齢を聞いてもその人がどのステージに位置しているか、わからない時代である。例えば、20歳の学生が起業をして「代表取締役社長」であったり、40歳の社会人が兼業で「代表取締役社長」や「社会人学生」であったりする。また、70歳の老人が「雇用延長」により企業で働いていたり、「社会人学生」で学位取得を目指していたりする。

そして、大学で得た「知識」が一生役立つ「3ステージの人生」は終わり、「マルチステージの人生」では、学び直し(リカレント)や「継続教育」が技術者にとって重要になる。

また、これまで「3ステージの人生」で重要であった「有形資産」(土地・建物、預貯金、株式・債権、年金などお金に換算できる資産)は、「無形資産」(知識、技術、スキル、資格・免許、健康、活力、家族、友人、自由な働き方)へ転換が必要になってくる。

技術者に求められるもの

技術者は自分の技術を常に最新のものにし、常に「わざ」を磨くことが求められている。技術者にとって「継続教育」は重要である。皆さんご存じの通り、自動車の運転免許にも「更新」の手続きが必要で、更新時の講習で改めて安全についての勉強をする。建設業では監理技術者講習を5年毎に受講する義務がある。教員免許も更新の必要性が議論されている。医師の場合は、最新の医療技術をいつも入手する努力がなされている。技術士の場合も、継続研鑽が求められている。APECエンジニア(6)の登録では、5年毎の更新時に継続研鑽(CPD時間の証明)が求められる。このように技術者は「技術」を持っていることを示すとともに「継続研鑽」を行って最新技術を維持することが重要になっている。

これに加え、技術者は常に公衆の安全、健康、福祉を最優先させる「倫理」も求められている(7)

技術者が「私はすごい技術を持っている」と言っても、第三者は信じることが困難である。その時、客観的に「すごい技術を持っている」ことを示すのに役立つのが「資格」「免許」になる。

技術者が「知識」「技術」を持っていることを、客観的に第三者に示せる「資格」「免許」を取得することをお勧めする。特に機械学会に所属されている機械系の技術者に最適な「資格」は「技術士(機械部門)」であると考えるので、ぜひチャレンジしていただきたい。なお、「資格」は①国家資格②公的資格③民間資格の三つに分類される。

「技術」と「技能」の証明である「資格」「免許」

ここでは「技術」と「技能」の違いについて確認し、これらを客観的に証明する方法について述べる。

・ 「技術」=「知識」=頭で覚える=言葉や記号で他者から学べる

・ 「技能」=「能力」=体で覚える=経験を通じて自らが獲得する

職業の分類として「技術職」といったり、「技能職」といったりすることがある。

大学の「講義」では、上記の「技術」=「知識」を講義で言葉や記号を使って学生に教えている。これに加え、「実習」という名称で設計の実習や機械加工の実習なども行っており、経験を通じて学生が自ら「技能」を獲得する(体で覚える)カリキュラムを準備している。

実社会に出た時も、同様に「技術」を学ぶチャンスがあり、「技能」を獲得するチャンスもある。しかし、頭で覚えるよりも、体で覚えることの方が困難と感じる人もいるであろう。

さて、技術者がこれらの「技術」や「技能」を持っていることを証明するにはどうするか? それは、「資格」や「免許」と言うのが答えの一つであり、これらがあなたの能力を客観的に示してくれる。

そこで、機械系の技術およびその周辺技術に関連する「資格」や「免許」の例を示し、あなたの技術を客観的に証明するための参考にして頂きたいと思う。また、「機電分野」という言葉が示すように、機械と電気は実務上で密接な関係にある。「資格」「免許」の詳細については、各自インターネットなどで調べてほしい。

◆【資格】【免許】など

・ 技術士(21部門/機械、船舶・海洋、航空・宇宙、電気電子、化学、繊維、金属、資源工学、建設、上下水道、衛生工学、農業、森林、水産、経営工学、情報工学、応用理学、生物工学、環境、原子力・放射線、総合技術監理)

・APEC Engineer(11分野/Civil、Structural、Geotechnical、Environmental、Mechanical、Electrical、Industrial、Mining、Chemical、Information、Bio)

・監理技術者(29種類の建設業に対応)

・衛生管理者(第一種、第二種)

・ボイラー技士(特級、1級、2級)

・ボイラー整備士

・冷凍機械責任者(第1種、第2種、第3種)

・危険物取扱者(甲種、乙種、丙種)

・消防設備士(甲種、乙種/7類に対応)

・消防設備点検資格者(第1種、第2種)

・防火対象物点検資格者

・防火管理者(甲種、乙種)

・空気調和・衛生工学会設備士(空調部門、衛生部門)

・電気主任技術者(第1種、第2種、第3種)

・電気工事士(第一種、第二種)

・特殊電気工事資格者(非常用予備発電装置工事、他)

・自家用発電設備専門技術者(第一種、第二種)

・電気工事施工管理技士(1級、2級)

・管工事施工管理技士(1級、2級)

・機械状態監視診断技術者

・計算力学技術者

◆【技能講習】など

・小型移動式クレーン運転技能講習

・高所作業車運転技能講習

・玉掛け技能講習

・有機溶剤作業主任者技能講習

・特別管理産業廃棄物管理責任者

「知識」→「経験」→「わざ」&「感」

技術者が技術を身に着けるための一般的な【手順の第一】は、まず「知識」を身につけることである。そのために、大学などで専門に関する勉強をして「知識」を身につける。【手順の第二】は、社会に出て仕事を通して技術に関する「経験」を積むことである。多くの「経験」を積むことによって「わざ」が身につくことになる。そして【手順の第三】は、更なる経験を積むことによって、理屈でなく仕事に対する「感」が働くようになる。ここまで到達すると技術を極めたことになる。

余談だが、学問の世界を極めた人に与えられる称号は「博士」、実務の世界で技術を極めた人に与えられる称号は「技術士」である、と言った元経団連の会長がいた。

これまでの時代は、大学で専門に関する勉強をして「知識」を身につければ、社会に出てから60歳の定年まで、学び直しをしなくても、幸せな老後が約束された「3ステージの人生」の時代であった。しかし、これからの時代は、「マルチステージの人生」になるので、社会に出た後も、勉強(継続教育)が必要であり、リカレントが重視される。また、60歳を越えても年金は期待できないので、働き続けるためにも学び直しのリカレントが必要となる。現在の大学院の博士課程を見ると、社会人や定年後の方々が学生として占める割合は多くなっていると思う(筆者自身も博士課程の学生である)。

独立を考えるきっかけは?

ここで、技術者が独立を考えるきっかけについて考える(図2)。新入社員は、入社してすぐには稼げないにもかかわらず、初任給としては月額25万円もらえるケースがある。仕事を通して技術力が向上してくると、それに合わせて稼ぎも増え、給与も増える。例えば、入社5年目で稼ぎと給与がバランスすると考えると、それから後は、給与より稼ぎが多くなって企業に貢献することになる。

社員が転職を考える「きっかけ」の第一が、稼ぎと給与がバランスするポイントである。キャリアを積んだ後の転職であり、欧米系のジョブ型社会に見られる典型的なパターンである。これを繰り返して一生を終わる人もいるであろう。

「きっかけ」の第二は、しっかり稼いで会社に貢献しているにもかかわらず、突然の給与ダウンが来た時である。筆者も役職定年で、ある日突然給与ダウンに遭遇した。これまでの60歳定年の時代には、ここで次の手を考えることになる。筆者の場合、60歳定年の前に稼げる「技術士」の資格を取得する努力をし、機械部門の技術士の資格を得た(その後、総合技術監理部門の資格も取得)。

そこで、技術者である皆さんには、稼ぎが給与を越えるタイミング、または突然の給与ダウンが襲ってくる前にご自身のライフプランと合わせて技術者としての稼ぎ方を良く考えて頂きたい。


図2 年収と能力の一般的な関係

技術者が独立して稼ぐためには?

ここで技術者のライフプラン(人生設計)について考える。「3ステージの人生」であれば、理系の大学を卒業し、企業に勤め、60歳の定年後は厚生年金と企業年金で悠々自適の人生を死ぬまで(20年間?)送ることができた。一流企業に勤めて「優秀な歯車」として働けば、それなりの地位を確保することができて、生涯賃金として3億円以上を稼ぎ、老後の生活に十分な「有形資産」が得られた。

では、「マルチステージの人生」の場合、技術者はどのようなライフプランを考えれば良いのであろうか? 答えのない時代だが、一例として考え方を以下の通り示す(表2)

表2 「3ステージの人生」から「マルチステージの人生」へのキーワード

・技術の進歩がさらに速くなるので、大学で学んだ知識はすぐに陳腐化してしまう(原理原則は変わらないので、機械の専門で言うと、材料力学/流体力学/熱力学/機械力学などは不変と考えられる)。

・ 企業は長期的な視野に立った経営を行うのが困難な時代(四半期ごとの目先の利益を株主から求められる?)となり、社員を定年まで抱えることができない状況に追い込まれる。

・ 結果として企業は社員の兼業(アルバイト?)を認める動きとなる。(政府の働きかけ?)

・そこで、個人事業主になったり、会社(株式会社や合同会社)を設立したりする社会人や学生が増えることになる。

・ 技術者が会社を設立することは、ある意味で株の購入などに似たリスクがある。(自己責任の世界?)

・これらのリスクをできるだけ減らして、技術力を活かして稼ぐためには、技術力の証明としての「資格」「免許」が有効といえる。また「独立後のリスクに備える」(8)ためには、業務の多角化も必要である。

・では、どのような「資格」が技術者にとって有効なのか?それは、希少価値のある「資格」が良いと言える。また、高度な技術の証明となる「資格」も差別化する上で有効である。これらの資格は、体で稼ぐ資格ではなく、頭で稼ぐ資格とも言える。

・ 現役の社会人の方々は、ぜひ希少価値のある資格にチャレンジして頂きたい。(例えば、技術士など)

・また、兼業(アルバイト)では満足できずに、独立開業される技術者も最近は増えており、年齢も30歳代から60歳代まで幅広い年齢層の方々がいる。

・しかし、独立開業となると勉強をしただけでは成功は困難である。勉強以外に独立開業のための「トレーニング」をする必要がある。大学で設計の講義を聞いただけで設計はできず、設計実習を通して体で覚える「トレーニング」が必要である。筋力を付ける時、勉強をしただけでは筋力は付かず、実際に体を動かすトレーニングジムに通って、初めて筋力が付くという成果が得られる。

・独立開業のためには周到な準備と、会社員の時代に学べなかった幅広い分野の知識を身につける「トレーニング」が必要である。

・専門技術以外の独立に関する幅広い分野の知識をどのように得るのか、どのように身につけるのか?その答えの一つが独立開業のための「塾」に通うことである。すべてを独学で学ぶ方法もあるが、近道を見つけることも重要である。

まとめ

人生100年となると、100歳まで生きる「リスク」(老後の生活資金が枯渇するリスク)が重要課題になる。技術者が100歳まで健康を維持し、個人事業主として働いて、楽しい人生を送るためには「マルチステージの人生」を良く理解して、これまで重視してきた「有形資産」から「無形資産」にバランスを考えて、相乗効果を期待して、転換しなければならない。また、定年後の再雇用には応じず、これまでに蓄積してきた「技術」を証明する「資格」や「免許」を有効活用して、独立開業の道を早い時期に探すことが重要となっている。ぜひ、機械系の技術者である皆さんが早くこの事実に気づき、自由に働く「個人事業主」を目指して、人生の方向転換をされ、幸せな人生を送って頂くことを願っている。


参考文献

(1) アルビン・トフラー, 徳山二郎(翻訳), FUTURE SHOCK(未来の衝撃), 中公文庫, 1982年4月10日.

(2) アルビン・トフラー, 徳岡孝夫(監訳), THE THIRD WAVE(第三の波), 中公文庫, 1982年9月.

(3) リンダ・グラットン, 池村千秋(翻訳), WORK SHIFT(ワークシフト)孤独と貧困から自由になる働き方の未来図, プレジデント社, 2012年7月28日.

(4) リンダ・グラットン, アンドリュー・スコット, 池村千秋(翻訳), LIFE SHIFT(ライフシフト)100年時代の人生戦略, 東洋経済新報社, 2016年10月21日.

(5) 人生100年時代構想会議, 資料3-1, 内閣官房 人生100年時代構想推進室, 平成29年11月,

https://wwwa.cao.go.jp/wlb/government/top/hyouka/k_42/pdf/s3-1.pdf(参照日2022年10月6日)

(6) 小林政徳, APECエンジニア, 日本機械学会誌, Vol.123, No.1214, 2020年1月, pp.22-23.

(7) 佐藤国仁・小林幸人・小林政徳, 日本機械学会における技術倫理委員会の活動, 技術者倫理シリーズ, 技術士, 2018年9月, pp.16-19.

(8) 小林政徳, 技術者人生の七転び八起き~独立後のリスクに備える~, 七転び八起き特集, 技術士, 2021年1月特別号, pp.12-15.


<正員>

小林 政徳

◎小林政徳 技術士事務所 代表、合同会社 MKY 代表社員、

技術士独立開業「塾」 塾長

◎専門:技術士(機械部門、総合技術監理部門)、

火力発電所の計画・新規事業の支援

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