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2022/12 Vol.125

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Myメカライフ

社会の役に立つ研究を目指して

この度は日本機械学会奨励賞(研究)を受賞しまして、大変光栄に思っています。受賞にあたって今までの研究を振り返って研究に対する思いを文章にしてみたいと思います。

私が研究者の道を選んだのは社会の役に立ちたいという思いからでした。研究をする道に進む決め手となったのは司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」です。その中に出てくる児玉源太郎という陸軍の参謀が他の士官に対して、「国家は貴君をして陸軍大学校に学ばせた。それは貴君個人の栄達のためではない」ということを言っていて、当時私はこの言葉に大変感銘を受けました。

私は大学まで自分の好きなことをして生きてきましたが、今後は自分の栄達だけを考えるのではなく、人類や社会をより良くするために仕事をしたいと思うようになりました。末は博士か大臣かという古い言葉がありますが、私は特に研究の道で社会に貢献したいと決心をしました。

次に社会の役に立つこと、解決したい課題は何だろうと考えてみると、現代社会には環境問題やエネルギー、高齢化社会などさまざまな問題があります。環境問題やエネルギー問題についてはどうにも自分の頭でうまく想像することができず、ピンと来ていませんでした。そんな中、学部3年の終わりに淺間先生から高齢者の運動を支援するロボットの話を聞き、直感的にも分かりやすく、これだ!と思い、以来ずっと人を支援する研究に取り組んでいます。

淺間研でまず取り組み始めたのは人の運動制御理論でした。人は普段はほとんど無意識に身体を動かしています。しかし、身体運動の駆動源である筋肉に着目すると、身体には関節の自由度よりも圧倒的に多くの冗長な筋が付着していて、それらの筋を制御するメカニズムは分かっておらず、それを調べる研究に取り組み始めました。

運動制御に関しては人が筋を個別に制御するのではなく、複数筋の協同発揮(筋シナジー)を協調的に制御しているという筋シナジー仮説に基づいて研究を進めてきました。実際に人の運動を複合的に計測し、運動中にどのような筋シナジーが要素として存在するのかを調べました。また人の運動を要素還元的に筋シナジーに分解するだけではなく、筋シナジーをどのように統合すれば運動が実現されるかを調べるために、自分で筋骨格モデルを構築しました。このモデルを使うことで筋の活動から身体運動をシミュレーションし、どんな時にモデルが転んで動作が失敗し、どんな時に成功するのかを理解できるようになりました。

当初は運動支援のロボットを作るために始めた基礎研究で面白い知見も多く得ましたが、一方でもっと実社会に直結する応用研究をやりたいという思いが強かったことを覚えています。しかし、急がば回れという言葉にもある通り、人の運動制御理論を学んで、自分でモデルを作った経験は自身の血肉になっていると感じます。

結局博士号を取得した後に、リハビリテーションで有名な森之宮病院と共同研究するようになり、脳損傷後の運動障害の診断にも活用することができました。また現在では人の起立動作を支援する椅子型の機器を開発したり、運動中に福祉用具である手すりにかかる力から運動機能の度合いを調べるシステムを開発しています。

人の運動を支援する重要性は盛んに言われていますが、実用化されている機器は多いとは言えません。大学がこのような社会ニーズを満たす役立つシーズ技術を開発することは重要ですので、今後もいっそう研究に励んでいく所存です。

最後に私が学生の時から助教までご指導いただいた東京大学の淺間先生や山下先生、九州大学でも研究のご助言をくださった倉爪先生、そして共同研究者の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。


 筋骨格モデルによるシミュレーションと支援装置


<正員>

安 琪

◎東京大学大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 准教授

 (受賞時:九州大学大学院システム情報科学研究院 准教授)

◎専門:リハビリテーションロボティクス

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