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2022/12 Vol.125

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特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」

東京理科大学におけるデジタルツイン人材の育成

松尾 裕一・藤井孝藏(東京理科大学)

はじめに

本稿では、東京理科大学デジタルツインラボラトリにおける研究や教育・人材育成活動などの紹介を通じて、DX時代に求められる機械技術者像を一考する題材を提供する。なお、以下ではデジタルツインを「DT」、デジタルツインラボラトリを「ラボ」または「DT-Lab」と略記する場合がある。

東京理科大HEXAGON/TUSデジタルツインラボ

東京理科大学では、計測用ハードウェア・ソフトウェアや製品開発のソリューションを幅広く展開する欧州企業HEXAGON M.I.社(以下、HxGN社)からの資金提供に基づく共同研究の枠組みを2019年度にスタートさせ、続いて2020年4月に工学部情報工学科内に社会連携講座「HEXAGON/TUSデジタルツインラボラトリ」を開設することで、デジタルツインに関する研究や人材育成活動を開始した(1)(2)。発足の背景には、HxGN社の一部となった旧MSCソフトウェア社との「デジタルツインの定着により日本のものづくり産業界に内在する長期的課題の解決を目指す」という大きな共有理念がある(3)。また、同ラボを大学直下の総合研究機構といった大きな組織ではなく学科内の設置にしたのは、当時の学長の意見によるもので、機構の改編が動きつつあったこと、学科内に置くことで既存の研究室活動と一体的な運用が可能となり、活動の機動性と自由度が高まるという意図がある。提供資金により2名の専属教員が雇用されているほか、工学部情報工学科、同機械工学科、理工学部機械工学科の組織横断という形で、流体、構造材料、情報系の多分野の教員が同ラボの活動に参画している。また、HxGN社側からも6名のエンジニアが参画し、テーマに合わせてそれぞれが連携して対応している。

筆者らの考えるものづくりデジタルツインとは

DT-Labの活動について述べる前に、DTとはそもそも何か、筆者らの考えるものづくりDTは何を目指しているかについて確認する。

近年、至る所でデジタルツイン(DT)という言葉を見聞きするようになった。そのスコープは、ものづくりだけでなく、ヘルスケア、スマートシティ、エネルギー・電力、農業・食品、輸送・ロジスティクスなどさまざまな産業分野に及んでおり、レビュー記事(4)も増えて来ている。DTとは、狭義(直感的)には、モノやコトのコンピュータ上へのコピーを意味し、レプリカ、ミラーと呼ばれることもある。しかし、最近のDTは、それを使って何をするという機能まで含んだ概念や仕組みをあらわすものとして使われる場合が多い。こういったデジタル化の流れはDTとして突然現れたわけではなく、出現以前からあったように思われる。図1は、DTに関するエポックを年代順に並べてみたものである(縦軸は活動度)。DTの正式な起源は、2002年のGrieves(5)によるDTコンセプトの提案とされているが、始まりは1970年のアポロ計画における事故対応だという論証も多い。筆者らの認識では、1990年代に3DCADの発展とともに出現したデジタルモックアップやラピッドプロトタイピングといった概念もデジタルツインに向けてのステップの一部だったと解釈できる。


図1
 デジタルツインの発展経緯


図2 Grieves(3)によるデジタルツインの3要素モデル

DTの発展経緯を簡単に振り返ったが、2010年にNASA(5)がDTの定義を正式に発表して以来、DTへの定義づけやモデルも少しずつ変わってきている。DTの一般的かつ最も受け入れやすいモデルは、Grieves(5)が提示した3要素モデル(図2)である。物理空間の物理実体(フィジカルツイン)と仮想空間のデジタルツインが、相互に通信するというものである。ここで、仮想空間に流れて行くものはデータ(Data)であり、物理空間に反映するのは情報(Information)と区別していることに注意されたい。ただし、このモデルだけでは、ライフサイクルにわたるデータ連携や、何に使うのかといったアプリケーションの側面が表現できないので、Taoら(6)は物理部分、仮想部分、接続、データ、アプリケーションから成る5要素モデルを提案している。最近の米国航空宇宙学会(7)の定義によれば、データやライフサイクルに加えて「データによるDTの動的更新」といった要素も加えられている。ここで、DTは物理的なモノだけにとどまらず、システムやプロセスも対象としていることに注意されたい。

DT-Labでは、「ものづくり」にフォーカスしたDTを研究や人材育成の対象としているが、当初はDTの動作や構築に向けての具体的イメージが掴めなかったことから、HxGN社との議論を経て次のように捉えるところから出発した。ものづくりのライフサイクルを考えたとき、図3のように、設計→試作→製造→検査→運用・保守という工程で進んでいく。運用・保守、すなわち製品の利用段階で得られた情報は次の製品の設計につながるという点で、データの流れは一方通行ではなくサイクリックである。図3に示すように、ものづくりの各工程でのDTが考えられ、筆者らは各DTをそれぞれ、デザインツイン、エンジニアリングツイン、プロダクションツイン、インスペクションツイン、メインテナンスツインと呼んでいる。これらのDTは、それぞれの工程の効率化やコスト削減に有用であることは無論だが、現代ものづくりの課題と言われる多品種少量生産、サービス化、不確実性への対応のためには、各DTを製品ライフサイクルにわたって繋げることが重要であり、これを「デジタルスレッド」と呼ぶ。DTやデジタルスレッドの捉え方はいろいろあると思われるが、筆者らの場合は、少なくとも図3のような各DTとスレッドの縦横連携という捉え方をすることで、ものづくりDTの製品ライフサイクルに渡る実現イメージを明確化することができた。また、保守・運用のデータが次世代の製品設計にうまく反映されない、あるいは製造時に意図しない加工変形や熱変形のため手戻りが発生するといった事象が顕在化していることから、デジタルスレッドの役割がより重要であることも理解できた。ここで、デジタルスレッドはDTと同じく概念や仕組みのことであり、実際には図1にあるPLM、ERP、MES、CRMといった設計、経営、製造、顧客などのデータを管理するソフトウェアにより実現される。


図3 ものづくりDTのライフサイクル構図

図4 ものづくりDTの動作概念
(ML [Machine Learning]:機械学習、ROM[Reduced Order Modeling]:低次元モデル化、OW [Onsite Wisdom]:現場知)

次に、筆者らの考える各DTの実現イメージを図4に示す。DTでは、物理対象からデータを取り、サイバー空間で分析・予測し、結果を物理対象に制御・フィードバックといった形で反映させるサイバーフィジカルシステム(Cyber physical system; CPS)と呼ばれるサイクルを動かす。サイバー空間では、機械学習、データ解析、シミュレーション、低次元モデル、現場データなどを用いる。このとき、現実のモノを対象にリアルタイムで制御するのがDTの最終的な姿である。

DTやデジタルスレッドの目標とする姿は明確になったものの、どこから手を付けたら良いかという問題が残る。これに関しては、Krizingerら(8)によるモデルが参考になる。彼らは、CPSを達成するにあたり、データ連携の程度により、デジタルモデル→デジタルシャドー→デジタルツインという3段階を提唱した(図5)。デジタルモデルは、デジタル空間にCADなどのモデルを作成し、CAE解析を行うといったフィジカルとデジタルが緩く結合した状態、デジタルシャドーは、フィジカルからデータを収集し、リアルタイムに状態監視を行うといったデータ一方通行の状態、最後のデジタルツインは、さらに踏み込んでフィジカルに情報を反映させる両方向通行状態を表す。このモデルにより、デジタルツインのキー要素であるCPSを構築していく段階が明確になる。


図5 データ統合によるDTの成長過程

デジタルツインの実現技術と人材育成

上述のDTの縦サイクル(CPS)と横サイクル(デジタルスレッド)を動かすには多種多様な実現技術(Enabling Technology)が必要になる。図6は、必要となる技術を整理したものである。これらの要素的技術のほかに、プラットフォームやデータベースといったシステム的技術も必要になる。

こうしたDTの実現、定着にはどんな人材が求められるか。必要技術の多さから言えば、個々の技術を高度化するより、あらゆる技術を適材適所に使いこなせることが重要になる。ここではこの「適材適所に使いこなす」をもう少し堀り下げてみる。従来、CAE解析や最適化ができるような人材として、「現象論から物理モデリングができて、それを計算で解くための計算技術や情報技術(IT)を使いこなせる専門性に長けた人」というのが典型的であった。DT人材は、これに加えて、現場機器の運用技術(Operation technology; OT)やデータ駆動モデリング技術への知見、応用力・展開力といった資質が必要になる。ただ、これには、ITとOT、物理モデルとデータ駆動モデル、専門性と応用性といった、相反する要素が必要であり、人材育成的には極めて挑戦的な課題である。この課題に対し、筆者らとして今のところは適切な青写真があるわけではないが、幾つか考えていることがある。まず、運用技術という面では、大学などでの座学に加えて現場を持つ企業との連携が必須であろう。そのとき、参加者の強い目的意識と高い共創意識が重要である(3)。次に、質の良い実務データを集めることである。データ駆動モデルの成否は、方法論よりデータの質に依存する。最後に、実習による成功(失敗)体験の共有である。情報過多の時代にあって、「やった気になる」ことを排除し、真に自分のものとして会得することである。

図6 DTの実現技術の一覧

デジタルツインラボのこれまでの活動成果

最後に、DT-Labで行っている研究や活動の現況、今後の展望について紹介する。研究においては、始めてから日が浅く、コロナ禍などによる延滞もあったことから、図5で言うところのデジタルシャドーのレベルに留まっているものが多いことは事実である。ただ、最初からDTの大きな姿を目指すのではなく、小規模でも良いのでDTの効果を明確に示すような優れた事例を示すことで産業界の意識変革を目指して取り組んでいる。また、学生への統計処理や機械学習の教育において、応用や実物に関わることが少ないことに鑑み、できるだけ実際のもの・ことを対象にするとともに、ものづくりの現場に近い試作、製造、保守・運用に関連した研究テーマを選択している。


図7 3Dプリンタの反りの計測と予測の比較

図7は、クリップ形状に対し3Dプリンタにおける熱による反変形の解析値と計測値を比較したものである。HxGN社との、今後は今まで以上に設計と製造の連携が必要との議論に端を発したテーマである。3Dプリンタは、PLAなどの樹脂では反り変形が生じやすいことが知られているが、変形をあらかじめ正確に予測できれば手戻りや作り直しを減らすことが可能となる。目視ではわかりにくいが、中央部が膨れ変形している。解析は、MSC Digimatを用いて行ったが、チャンバー内温度一定で解析すると実測値と低位置で変形量分布が異なるのに対し、チャンバー内温度に計測値を与えることで実測値と似た変形量分布が得られた。

試作や製造の段階で、加工変形や熱変形によりCAD通りにものができないといったことはよくあると聞く。その場合、実際の形状を計測する必要がある。そのような場面を想定し、レーザスキャナで研究室を計測し、CAD化過程を経ることなく気流解析を行う試みを行った。図8は、レーザスキャナで計測した結果であり、写真のように見えるが数GBの大規模点群から成る。この点群からノイズを除去し、STL形式にしてMSC scFLOWにより気流解析した結果から瞬間流線を示したのが図9である。矢印は、簡易計測した値であるが、解析と計測値は概ね合っているのがわかる。


図8 レーザスキャナによるDT-Labの点群計測


図9 点群データを用いたDT-Lab内の気流解析結果

DTのサイクルを回すには何らかの対象が必要であるが、ここではフィッシャーテクニック製の工場模型(9)を導入して対応している。実際の工場で使われるセンサやPLCの設置が可能で、OTの体験ができるのがメリットであり、拡張も容易である。図10は、導入したパンチングマシンモデルである。

DT-Labと企業との共同研究は、試作段階での手戻りの削減や生産工程の見える化などに関するものが始まっており、受託研究員の受け入れも進めているところである。DT-Labでは、HxGN社の各種計測器やソフトウェアの利用が可能であるとともに、学科側の研究室とも一体的に活動しているため、各種サーバやNEC製のSX-Aurora TSUBASA(18ノード)も利用可能である。また、近々にホームページのリニューアルやDTの学習コンテンツ作成なども検討している。

図10 DTを体験できる工場模型

まとめと今後の展望

デジタルツイン(DT)は概念や仕組みを示す用語であり、DT技術といった特殊な技術があるわけではない。したがって、どう使うかが鍵であり、それは使う人材にかかっている。現在、データ科学や機械学習といった技術の利用が急速に進んでおり、それらが世に溢れている。多様な技術が使えるようになった一方、具体的に自分の仕事でどうそれを活かすかが見いだせないという話もよく聞く。どのような場面でどう活かすのか、適材適所の利用と取得データのあり方も含めて、産業界の方と一緒に考えていければ、DT実現の道は自ずと開けてくると思っている。それには、DTの意義をわかりやすく示す具体例を生み出すことが非常に重要と考えており、今後はホームページ(https://dtlab.it.tus.ac.jp/index.html)の修正などを含め発信コンテンツを充実させて行く予定である。


参考文献

(1) 藤井孝藏, 計算⼯学の視点でみる「ものづくり」デジタルツイン構築への道, 日本計算工学会誌, Vol.26, No. 2 (2021), pp.3-8.

(2) 松尾裕一, 浅田健吾, アカデミアにおけるデジタルツインによる産学連携の試み, 日本シミュレーション学会誌, Vol.40, No. 2 (2021), pp.3-7.

(3) 藤井孝藏, 松尾裕一, 知識や働きを活かすデジタルツイン・デジタルスレッドの構築に向けて, 日本機械学会2022年度年次大会予稿集 (2022), C011-04.

(4) 渡邊浩志, 産業界におけるデジタルツインの動向, 日本シミュレーション学会誌, Vol.40, No. 2 (2021), pp.14-18.

(5) Grieves, M., Digital Twin: Manufacturing Excellence through Virtual Factory Replication, A Whitepaper 2015.

(6) Shafto, M., et al., Draft Modeling, Simulation, Information Technology & Processing Roadmap, NASA 2010.

(7) Tao, F., Zhang, M., Nee, AYC, Digital Twin Driven Smart Manufacturing, Academic Press 2020.

(8) AIAA, AIA: DIGITAL TWIN: DEFINITION & VALUE, An AIAA and AIA Position Paper 2020.

(9) (株)アイファ電気商会 ホームページ, https://fischertechnik-education.jp/(参照日2022年10月3日)


<正員>

松尾 裕一

◎東京理科大学 工学部情報工学科 教授

◎専門:機械工学、流体力学、計算工学

<名誉員>

藤井 孝藏

◎東京理科大学 工学部情報工学科 教授

◎専門:機械工学、流体力学、宇宙工学、計算工学

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