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2026/6 Vol.129

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特集 機械技術史のあり方を考える

鉄道の技術史 鉄道技術の発展― 機械技術史の観点から ―

堤 一郎(サレジオ工業高等専門学校)

日本に近代的輸送機関としての鉄道が導入されてから、既に150年が経過した。鉄道は輸送路である軌道、橋梁、トンネル等と、輸送具としての車両によるシステムで構成され、両者の接点は軌条と車輪にある。1897年6月に創立された日本機械学会は、機械技術面において鉄道との縁は誠に深い。以下、機械技術の視点から鉄道の技術史を改めて概観したい。

鉄道技術導入は主に英国から

日本国内での鉄道建設は旧暦1869年11月の廟議で「東京より京都・大阪・兵庫に至る中山道経由幹線および東京・横浜間支線と琵琶湖より敦賀港に至る鉄道線路建設」と決まった(1)。この大事業の中心的役割を担ったのは、1870年3月に設置された民部大蔵省鉄道掛だが、同年12月に工部省が新設され、これ以降鉄道の建設と運営は、同省が中心的役割を果たす。

鉄道建設という国内初の大事業には反対論が強かったが、民間人の谷たに 暘卿ようけい(1815-1885)が提出した鉄道建設の建白書は、伊藤 博文(1841-1909)と大隈 重信(1838-1922)を支えた。1870年3月、起点新橋に0哩マイルポストを打杭して測量を始め、1872年6月に品川-横浜間が仮開業、同年10月に官設鉄道の新橋-横浜間が正式開業した。軌間は狭軌3ft. 6in.(1067mm)で、これが後年になり標準軌4ft.8in.半(1435mm)への改軌問題に発展した。

鉄道建設にあたり英国などから鉄道技術者が多数雇用された。そして、彼らの指導下で日本人技術研修生が、鉄道業務遂行に必要なソフト・ハード両面での技術を、実務を通して習体得した。

新橋-横浜間に続き1874年5月に大阪-神戸間が仮開業、この区間には日本初のトンネル開削と鉄橋架設がなされた。1876年7月に向日町まで、同年9月には京都に達し仮開業、正式開業は1877年2月であった。次いで京都-馬場(現、膳所)-浜大津(馬場からスイッチバック)間が開業し、琵琶湖を長浜まで舟運連絡した。さらに日本海側の敦賀港には1884年4月に到達し、廟議の建設予定線の一部が整った。

京浜間鉄道の開業以来すでに150年を経るが、鉄道がこの国の近代化に貢献した実績は誠に大きく、戦前の本学会機関誌には鉄道関連分野の成果が数多く掲載されている。

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