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2023/1 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」

生産システム部門の活動と思い

樋野 励(名古屋大学)

生産システム部門

当部門は、ファクトリー・オートメーション(FA)部門を前身とし、2002年に生産システム(MS)部門と名を変え現在に至る。文字通り工場の自動化に関わる課題に対して、さまざまな研究と開発を取り扱う研究部門から、ものづくりの体系化を意識した部門へと、活動の場を広げている。発足当時のポリシーステートメントでは、“新しいものづくりシステム”を標榜し、「自然環境および社会環境への負荷を考慮したうえで、多様なニーズに適応する高品質で多品種の製品を、適切な時期に、適切なコストで、適切な量だけ生産するだけでなく、製品のライフサイクルにおける運用、保守、廃棄を含む循環型システムを構築するための技術開発」と述べている。もちろん、ファクトリー・オートメーションの時代から、単なる生産工程に留まらず、ものづくりを支えていた技術者の技能の伝承や知恵・知識の表現や蓄積などの難解な課題に取り組んでいる。特にインターネットが現在ほど一般的ではなかった時代から、資材の調達から製品の回収、廃棄、そして再利用・再資源化に至るすべての課題を計算機により統合的に扱う統合システム(CIM: Computer Integrated Manufacturing System)の諸課題や、それに代わる自律分散型生産システム(Autonomous Decentralized Manufacturing System)などの概念構築などの研究に取り組んでおり、DX(Digital transformation)による生産活動の改善や、SDGs(Sustainable Development of Goals)を始めとした現在の諸問題を見るに、先人達の先見の明と、技術者および研究者としての意識の高さに敬服する。

本稿では、生産システム部門の簡単な紹介を行うと同時に、さらなる発展のために部門の横断的な活動のために意見を述べる。部門を代表してはいるが、多分に私見が色濃く出てしまうことをあらかじめお断りする。部門には多くの異なる立場、意見の会員が信念をもって課題に取り組んでおり、一つの意見に集約することは難しく、また一つにまとめる必要もないことは自明であると理解している。本稿に関する責は筆者にあることを重ねて述べておきたい。

部門の活動とテーマ

本部門の第1登録者数は、2022年現在で418名であり、内訳は、私企業204、官公庁12、学校127、そしてそれ以外74名である。決して大きな部門ではないが、登録者それぞれの専門や興味がある機械工学での基礎学問、あるいは要素技術に関係のある部門への登録が優先される可能性を考えると納得のいく数字かもしれない。見方を変えれば、生産システム部門は、ものづくりのための各課題を支えるプラットフォーム的な役割を担う部門と言っても良いのではないかと思う。

生産システム部門では、他部門と同様に年次大会、部門講演会での研究発表に加え、生産システムを最もイメージしやすい工場見学や講習会の企画を行っている。そのほかにも最先端の技術に関する課題を取り扱う分科会を立ち上げ、時代と状況に応じた活動を行っている。例えば、最近の部門講演会では、以下のオーガナイズドセッションを準備し、研究発表と討議の場を提供している。

・生産・物流のモデリング・シミュレーションと見える化

・生産管理・スケジューリングおよびサプライチェーン

・設計・生産プロセスの情報化(CAD、CAM、CNCなど)

・生産システムにおける設計・運用・評価および国際展開

・アディティブ・マニュファクチャリングの生産システム

・スマートマニュファクチャリング

・機械・インフラの保守・保全・信頼性強化(IoT活用、AI活用、CPPSなど)

・横断テーマ連携セッション

・企業の開発事例(講演原稿不要)

もちろん、研究課題によってはこれらのセッションが掲げるテーマがしっくりこない場合もあるかもしれない。そのような場合でも発表を積極的に行ってもらえるように工夫している。特に形式的な質疑応答にならないように、本部門での活動を熟知している諸先生方からの建設的な質問が出る雰囲気が当たり前のように形成されている。

また、アディティブ・マニュファクチャリング(AM: Additive Manufacturing)のような新しい技術が現われた際には、生産システムの視点からの討議の場を設けている。よくあることではあるが、新技術により製造時間の著しい短縮が可能な場合でも、生産効率が制約となる他の工程に依存する場合には、その技術による改善は望めない。逆にAMや工程集約のように加工時間が他の工程に比べて長く制約工程になり得る場合でも、工夫次第によって効率的にかつ低コストの生産の可能性がある。このように、生産システム部門で取り扱う研究課題は、個別の技術はもちろんのこと、ものづくりの仕組み全体を俯瞰して扱うことに特徴があると理解している。

生産システムに関わる知見は、機械・インフラの保守・保全、信頼性強化など、企業を始めとする実生産の場で果たす役割が大きい。そのため、講演会では企業の実施事例など、学術的な新規性がない場合でも積極的に公開していただく工夫をしている。例えば、講演会にはつきものの予稿集への情報の公開を課していない。

FA化の時代から、そうであったように、新しい技術や思想の現場への導入時の苦労や工夫は、経営者のみならず、研究者にとっても興味がある問題である。こうした話題については、講演会での研究発表や招待講演などでお話しいただくことも決して少なくはないが、工場見学や講習会の機会を活用して、取り上げることがある。特に工場見学では、個々の特色ある加工技術のみならず、作業される方の配置やコミュニケーション方法や教育制度、生産管理に関する製造情報の共有方法などについて、現場と学問の両面から説明する試みを行うようにしている。見学会と聞いてどこも同じとは思わずに、生産システム部門ならではの特色があるので、ぜひ参加いただきたい。

部門横断への期待

部門横断に関わらず、さまざまな課題や手法の共有は、その役割や効果が期待できるため積極的に行うべきと考えている。新しい技術の開発や知識の探求を常に意識しているとはいえ、技術者も研究者も慣れ親しんだフィールドや仲間との交流は居心地が良く、油断するとそこから一歩踏み出すことを怠ってしまうことは否定できない。新しい人材との交流、普段とは違う思考プロセスに触れる機会や場は、やはり強制的にでもトップダウンで準備することが良策と考える。ただし、間違ってはならないのは、部門横断自体を目的としてはならないということである。これまでにも産学連携や学際的な取組みなど、誰が定めたのかはっきりとしない枠組みの打破を意識した取組みは多く行われている。表に出ていないだけで重要な成果が得られているのかもしれないが、それらの取組みに振り回された経験を持つ人も少なくないのではないだろうか。ある課題に対して良い成果が得られたときに、気付いてみればさまざまな境界を超えた取組みがプラスに働いていたと感じる程度がちょうど良いのではないかと、個人的には考える。

一般的な認識として、複数の機関が一つの研究課題に取り組むとき、横断的であるか否かは別にして、いくつか考慮しなければならないと考えている。大学に籍を置く身として特に述べておきたいことは、それぞれの役割である。研究者としては、具体的な課題の解決や応用例の蓄積だけでなく、やはり研究対象の一般化や抽象化を行いたい。例えば、本部門の前身であるFA部門が名に込めたファクトリー・オートメーションは、それまでの生産工程の機械化から、時代の要請であった生産工程の自動化への移行と位置付けられる。計算機能力の向上やネットワーク技術の整備に伴い生産設備の知能化や自律化という動きに合せて、名を生産システム部門と改めるのは、これらの変化が背景にあると理解している。このとき知能化や自律化という表現を単なる言葉遊びではないかと揶揄されるむきがあることは承知している。ただし、知能化(intelligence)をデータベースへの参照に裏づけられた自動化として解釈し、また自律化(autonomous)を内部モデルに裏づけられた過去の蓄積データにとらわれない自動化と位置付けて解釈することには、さまざまな点で意味があることと考える。同様に、柔軟性(flexibility)、頑強性(robustness)、迅速性(agility)や、レジリエンス(resilience)などのキーワードが生産システム部門では頻繁に用いられる。これらはそれぞれの時代に社会が持つ人々の要請や課題を良く表しており、たんなる生産システムの効率化だけを経営者や研究者が目指しているのではないことが理解できる。一般的あるいは抽象的な議論に昇華させるのは、より広い範囲での成果の活用を望むがゆえである。

一方で企業の役割を明確にしておくことは極めて重要である。学会の活動だからといって、大学などの研究機関と同じ視点での情報の公開や一般化を求めることには問題があると考える。特に横断型の取組みとして、大学間の共同研究はもちろん、企業と大学、そして複数の企業が参加するような形態の活動を学会として推奨したときには、その成果をどのような形で公開しまた共有できるのか、膝を付き合せた議論が必要であると考える。


<正員>

樋野 励

◎名古屋大学 経済学研究科 産業経営システム専攻 教授

◎専門:生産システム、最適化、スケジューリング

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