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2023/1 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」

設備の安全・衛生設計およびリスクアセスメントとオペレータの管理

新井 裕之(科学警察研究所)

はじめに

安全第一、品質第二

製造現場などでおなじみのスローガン「安全第一」は、1900年代初頭にUS Steelで立ち上げられた安全運動を起源としている。それまでの経営方針であった「生産第一・品質第二・安全第三」を抜本的に改革し、「安全第一・品質第二・生産第三」として提唱したものであり、結果、労働災害が減っただけではなく、作業効率の向上などにより、品質も生産性も向上したことから、全世界に広まった(1)。これを踏まえると、「安全」を意識することは、本テーマである「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」にも与すると考える。そこで、2022年度年次大会での特別企画ワークショップでは、産業・化学機械と安全部門で扱っている「安全」に関して紹介させていただいたので、その一部を記したい。

「安全」とその定義

分野によって異なる「安全」

産業・化学機械と安全部門では、「安全性の向上」「高効率化」「多機能化」「長寿命化」など、産業・化学機械の基盤となる学術分野を担っており、「安全」に対しては、2002年に部門の名称を変更して取り入れるなど、特に力を注いでいる。しかし、「安全」に対する考え方、とらえ方は各分野で異なっていることはもちろん、分野の中でも大きな温度差が存在している(2)。本稿では、ISO/IEC Guide 51を日本語に翻訳したJIS Z8501:2015における「安全」の定義「許容不可能なリスクがないこと。」を基にする。この定義から、安全状態でも許容可能なリスクは残っており、これは絶対安全がないことも意味している(3)

年次大会では、部門内に設置している委員会や研究会を中心に、重点的に取り組んでいる安全に関する課題のうち、他部門との連携が期待されるものを、シーズとして3点取り上げた。

その一つに「国際規格・各国標準による機械安全への要求に基づく設備の設計」が挙げられるが、当部門で毎年開催している講習会で詳細かつ分かりやすく紹介しており、その動画を、日本機械学会YouTubeチャンネルで公開しているので(4)、前部門長による機能安全認証に関する記事(5)と併せ、是非ご覧いただきたい。残る二つを、項目を立てて紹介する。

設備の衛生設計および衛生管理

機械安全と衛生のリスクバランス

食の安全委員会を中心に、衛生というユニークな観点で取り組んでいる課題である。食品加工機械などの施設や設備では、通常の機械などに求められる設計・管理に加え、衛生設計および衛生管理が求められるのが特徴である。機械安全面で考慮する対象は、オペレータや近傍の第三者であるのに対し、衛生面では、食品製造者および消費者が対象となる。さらに、機械安全面で想定される機械的・電気的・熱的などのハザードに加え、衛生面では、異物混入や微生物の増殖・汚染、有害生物の住み着きなども想定する必要があるが、これらハザードに対する保護方策が、機械安全面と衛生面とで相反してしまうことがある。例えば、機械のリスク低減の3原則を踏まえた対策である、隔離の原則(例:手指が届かない構造)や停止の原則(例:安全情報がない場合はエネルギー遮断)が、衛生面では、洗浄や殺菌が不十分になったり、食品滞留による細菌の増殖を引き起こしたりする原因にもなりうる。そのため、機械安全面と衛生面の双方のリスクバランスを考慮したリスク低減策が必要となる。しかし、衛生面での危害発生プロセスは、機械安全面と同じであり、衛生設計プロセスも、機械安全設計プロセスと同じとなる。また、衛生リスクの低減も、機械安全リスクの低減に対し実施すべき方策として用いられる3ステップメソッドに従うなど、安全に関する基本的な考え方に違いはない。改正食品衛生法では、食品を扱う全事業者に対し、一般衛生管理に加え、HACCPに沿った衛生管理の実施が、2021年6月から義務化されるなど、本分野の重要性がますます増している。さらに、近年のユーザの衛生への関心の高まりを受け、家電製品や自動車、介護ロボットなど、食品以外の機械でも、衛生設計が採用されるようになっており、他部門との連携が、大いに期待できる分野と感じている。当部門では、毎年、参加費無料の市民フォーラムを開催して、最新の話題を提供しており、興味のある方は是非、ご参加いただきたい。

行動分析学に基づくオペレータの安全管理

ABCモデルを産業安全に活用

産業安全行動分析学研究会を中心とした、新たな視点での安全への取組みを紹介する。産業安全に対し、行動分析学の手法を取り入れることで、機械だけでなく、オペレータ(働く人)に対する安全も対象とする活動であり、行動は結果により増加・維持・消失する、とするABCモデルを利用している。ある先行条件A(Antecedent)の環境下において、行動B(Behavior)をとった際に、得られた結果C(Consequence)が、望ましいものであれば行動Bが増え、反対に望ましくなければ行動Bは減少していく、というもので、例えば、作業現場で機械に汚れがある状況(A)で、機械を洗浄した(B)際に、賞賛や評価の向上などの好意的刺激(C)があれば、Bが繰り返され、叱責や罰などの嫌悪的刺激(C’)があれば、Bは行われなくなる。このモデルにより、人をシステムの一部として捉え、A・B・Cを計測・定量評価することで、結果Cによる将来の行動Bの予測が可能になる。これをリスクアセスメントに取り入れることで、オペレータが必然的に安全行動をとるような管理手法の開発を行っている。実際の産業現場での導入のために、他部門の協力が必要な段階に来ており、今後の連携を期待する分野である。

従来の安全設計では対応しきれない課題

産業現場ではこれまで、さまざまな安全対策が施され、安全が担保されてきたが、さらに発展させるべき課題や、実情の変化などにより、従来培ってきた安全設計や規格などでは対応しきれない問題が生じてきた。以下、年次大会でニーズとして紹介した3点を挙げる。

「生産設備、プラントにおける安全設計手法の確立」:生産設備やプラントでは、現在、機械安全を含む安全設計の基準を定めているが(6)、個別の案件毎にとどまり、類似設備であっても、取組みに差が生じており、施設によっては、必ずしも安全に十分配慮しているとはいえない設備で、日常運転が行われてしまう恐れがある。そのため、生産設備やプラントにおける、最低限考慮すべき安全設計の指針があれば、施設内での事故防止に寄与できるのではないか、と考える。

「Society 5.0において実際に要求されるSafetyおよびSecurity」:第5期科学技術基本計画で提唱された、サイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した「超スマート社会」であるSociety5.0において、セキュリティの脅威が、機械の安全性にも影響を及ぼし始めている。そのため、Society5.0やConnected Industriesを支える、安全とセキュリティの要求事項を検証し、最低限の基準作りが必要でないか、と考える。

「協同ロボット導入現場における作業者の安全確保の標準化・規格化」:従来、機械のリスク低減の3原則を取り入れ、隔離・停止によって安全を確保してきたところ、協同ロボットや統合生産システムの導入により、機械を停止させずに、その周辺で作業を行う必要性が生じてきている。協同ロボットなどの安全性要求に関わる規格は整備されつつあるものの、危険点近傍作業で有効な安全確保手段の提供はなく、人の注意力に依存している。そのため、生産現場の実情に合わせたリスク低減戦略の検討が必要であると考える。

これらは、他部門に是非協力いただき、発展させていきたい。

おわりに

先に、分野により「安全」に対する考え方が異なっていることを述べた。一方、考え方や温度差が違うからこそ、他部門や他分野と連携することで、その差を埋め、あるいは従来にない気付きを得て、新たな展開が期待できると考える。当部門は小規模部門であり、リソースが限られているが、年次大会企画中、他部門から関心を寄せていただけたのは(多分に社交辞令も含まれると思うが)、非常に心強く、また、小部門なりに、今後の活動でとるべき方向性も示唆いただけたと思う。

なお、本内容は、部門における活動とそれを踏まえた展望であり、筆者の所属とは関係しない。一方、本稿は、淺井由尚氏(テュフズードジャパン)、戸枝毅氏(元 富士電機)、大村宏之氏(日本食品機械工業会)、北條理恵子氏(長岡技術科学大学)、上田毅氏(千代田化工建設)をはじめとする、歴代の部門運営委員・委員会委員・研究会メンバーの全面的な協力を得たので、ここに謝意を表する。


参考文献

(1) 新井充, 「ご安全に!」と「安全第一」, 安全工学, Vol.46, No.5(2007), p.273, doi: 10.18943/safety.46.5_273.

(2) ポリシーステートメント, 日本機械学会産業・化学機械と安全部門

https://www.jsme.or.jp/icm/policystatement (参照日2022年11月2日)

(3) 向殿政男, 北條理恵子, 清水尚憲, 安全四学(2021), pp.18-21.

(4) 産業・化学機械と安全部門 安全入門ゼミナール, 日本機械学会YouTubeチャンネル

https://youtube.com/playlist?list=PLSeXc8kAdthrgnU18VJYf0vH56LPkFLa0 (参照日2022年11月2日)

(5) 淺井由尚, 機能安全導入から20年、そして展望, 日本機械学会誌, Vol.124, No.1237(2021), pp.20-23, doi: 10.1299/jsmemag.124.1237_20.

(6) 上田毅, プラント設計における設計安全, 産業・化学機械と安全部門ニュースレター, No.37 (2022), pp.2-3.


<正員>

新井 裕之

◎科学警察研究所 機械研究室長兼附属鑑定所鑑定官

◎専門:法科学、火薬学、安全工学

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