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2023/1 Vol.126

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座談会

座談会「学会横断テーマによる課題解決への手応え」 

会長 加藤 千幸(東京大学)・ 佐久間 一郎(東京大学)・ 近久 武美(北海道職業能力開発大学校)・井原 郁夫(長岡技術科学大学)・ 山本 誠(東京理科大学)

2020年度からスタートした学会横断テーマが今年度で設置期間の区切りを迎える。年次大会でのフォーラム企画やメンバーとのディスカッションを通じて感じた社会課題解決に向けた手応えやさらなる展開について、加藤会長と4名のテーマリーダーが意見交換を行った。(2022/10/27 オンラインにて実施)

会長  加藤 千幸(東京大学)

「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」

テーマリーダー :佐久間 一郎(東京大学)

1.学会横断テーマ:「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」

少子高齢化に伴う人手不足、QOL(Quality of Life:生活の質)の維持は先進国共通の課題である。特に生物学的な寿命と健康寿命との間にはほぼ 10年間の差が存在するといわれ、人生の終末期における QOL の低下を招いているとともに、莫大な社会保障費が必要となっており、若年層への大きな負担となる。また若年期、壮年期における健康状態の悪化は経済的困窮につながるとともに、人生後半での QOL を著しく悪化させる。また少子化という問題は医療従事者の減少、福祉を支える人材の不足という形でサービスの低下をもたらす。このように少子高齢化がもたらす社会的な課題は極めて多く、またそれらは相互に関連している。本テーマでは、その中の医療、福祉に関する課題にフォーカスを当てることとする。

テーマリーダー : 佐久間 一郎(東京大学)

企画チーム:安藤 健(パナソニック)、岩崎 清隆(早稲田大学)、太田 順(東京大学)、小林 英津子(東京大学)、松日楽 信人(元芝浦工業大学)、山本 健次郎(日立製作所)、和田 成生(大阪大学)

「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

テーマリーダー:近久 武美(北海道職業能力開発大学校)

2.学会横断テーマ:「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

本テーマは実に幅広い領域に関連するものとなっているが、炭酸ガス削減のためのエネルギー技術に関して種々の企画を行うものと解釈した。炭酸ガス削減は緊急かつ非常に重要なテーマであり、その対応のためには機械学会の分野を横断するのみならず、経済を含めた広い分野の連携が必要で、まさに学会横断テーマにふさわしい。そこで、本企画チームでは炭酸ガス排出の少ない持続可能社会実現のための情報交換を目的とし、他学会とも協力しながらシンポジウム等の企画を行う。

テーマリーダー:近久 武美(北海道職業能力開発大学校)

企画チーム:黒坂 俊雄(神鋼リサーチ 元社長)、鹿園 直毅(東京大学)、鈴木 健介(東芝エネルギーシステム社)、津島 将司(大阪大学)、中垣 隆雄(早稲田大学)、中田 俊彦(東北大学)

「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」

テーマリーダー :井原 郁夫(長岡技術科学大学)

3.横断テーマ:「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」

インフラ構造物、大型プラント、交通・機械システムなどの予防保全は、安全安心な社会を維持するための基本である。しかし、その実施には莫大な費用と人手を要し、維持・管理手段の抜本的な技術革新が喫緊の社会的課題となっている。この課題に対して既に国内でもいくつかの取組み(省庁や政府のプロジェクト、学協会での支援活動)がなされている。本横断テーマでは機械学会の強みを最大限活かし、機械学会だからできること、機械学会にしかできないことを意識した取組みを立案、実施する。この活動を通じて部門連携を促すことで本会の活性化を推進するとともに社会貢献を果たしていく。

テーマリーダー:井原 郁夫(長岡技術科学大学)

企画チーム:井上 裕嗣(東京工業大学)、笠井 尚哉(横浜国立大学)、梶原 逸朗(北海道大学)、藤原 浩幸(防衛大学校)、有坂 寿洋(日立アカデミー)、冨澤 泰(東芝)、三原 毅(東北大学)、塩谷 智基(京都大学)

「未来を担う技術人材の育成」

テーマリーダー :山本 誠(東京理科大学)

4.学会横断テーマ:「未来を担う技術人材の育成」

SDGsやSociety 5.0によって新たな持続可能社会を志向している現在、人材育成に対する要求は一層その重要性を増している。明治時代以降、技術・工学に関する人材育成は高等専門学校、大学、大学院などが主に担ってきたが、科学技術の急速な進歩やシステム志向の高まりとともに、従来型の教育体系・修業年限では技術者に求められる能力やスキルの全体をカバーできなくなっている。したがって、技術者は生涯にわたって自己啓発し、新たな技術分野の学修を続け、自らの能力を継続的に向上して行かなければならなくなったと言えよう。また、製品がブラックボックス化し、子供がもの作りに触れる機会が減ったため、子供たち(小学生から高校生)は技術・工学への興味を抱きにくくなっている。より多くの優れた技術人材を育成していくためには、子供たちに対するケアも忘れてはならないであろう。以上のような人材育成の変貌を踏まえると、大学だけ、企業だけの閉じた形で人材育成を行うことは最早不可能と考えられる。これからの時代は、大学(小中高も)、企業、学会が連携し、総合的かつ広い視野に立って人材育成に取り組んでいく必要がある。

テーマリーダー:山本 誠(東京理科大学)

企画チーム:川島 豪(神奈川工科大学)、岸本 喜久雄(東京工業大学)、小林 正生(IHI)、小西 義昭(KoPEL 小西技術ラボ)、齊藤 修(IHI)、笹谷 英顕(ささけん技術事務所)、城野 政弘(大阪大学)、鈴木 宏昌(東京都立産業技術高等専門学校)、中山 良一(工学院大学)、長谷川 浩志(芝浦工業大学)、本阿弥 眞治(東京理科大学)、横野 泰之(東京大学)、オブザーバー: 村上 俊明

学会横断テーマの“手応え”

加藤:本日は学会横断テーマのリーダーの皆様にお集まりいただきました。今年度が3年の任期の節目ということで、2022年12月号~2023年3月号にかけて、学会誌特集として、各テーマの報告をまとめて掲載いただいております。本日は、課題解決のための議論を進めてきた中で感じた手応えや課題、今後の方策について伺いたいと思います。まず、担当されたテーマの手応えについて聞かせていただけますか?

佐久間:私が担当しました少子高齢化の課題はもともと福祉工学、生体医工学という融合的な分野ではありましたが、2022年度年次大会フォーラムのパネルディスカッションで、課題解決に向けて、分野連携の場がやはり必要だという声が出てきたのは改めて良かったなと感じました。本テーマは機械工学分野だけに閉じなくて、必ず使う立場の方との連携が求められるので、他学会との連携を定常的にすることで次につながっていくと考えています。

近久:私が担当したテーマは、「2050年までに炭酸ガス排出量を実質ゼロにする目標」という実に幅広いものでしたので、初めのメンバー間での意見交換では、自分の分野だけの話をしがちで、目標の難しさが強調されてしまい、手応えという部分では難しいところがありました。そのため、2050年から逆算するとどういう技術選択になるかという視点で、年次大会のフォーラムを企画するようにしました。

井原:私が担当した保守保全のテーマはかなり手応えがありました。社会インフラを含んだ本テーマの学際性を考えると、本会の特徴を活かした部門連携と他学協会との連携がとても効果的でした。部門と他学協会の二つの連携を軸にして、本テーマの議論を進めました。年次大会のパネルディスカッションを通じて、会員の多くは部門連携を非常にポジティブに捉えていて、連携の場や枠組みを必要としているということがよく分かりました。

山本:私が担当した人材育成や教育に関しては、学会横断テーマが設定される前から議論はされてきましたので、特別なことをしたわけではなかったのですが、学会横断テーマに設定されたことで、企画の協力を得られやすくなったと感じました。一方で、企画行事における集客の難しさを痛感しました。人材育成の重要性は皆さん理解されていますが、やはり講演会では自身の専門分野の聴講を優先されるので、参加者集めは難しかったです。ただ、2022年10月に開催した技術士会との合同セミナーでは、約200名に参加いただいたので、年次大会にとらわれずに企画をしても良かったかなという反省点はあります。

佐久間:私もやはり集客の難しさが課題だと感じました。フォーラムを企画しても、もともと興味のある人しか来なかったですね。また、ロボメカやバイオエンジニアングはもともと融合分野ですが、融合分野も固定化されてしまっていることに気付きました。融合分野を流動化させていく必要があります。

社会課題解決に向けて、機械工学だからこそできること

加藤:学会横断テーマの議論を進める中で、機械工学だからできること、機械工学の進むべき道が浮かび上がってきたということはありましたか? 社会課題解決に向けて、機械工学だからこそできることとは?

佐久間:2022年9月の年次大会のフォーラムで、国立障害者リハビリテーションセンターの井上剛伸先生に講演いただいたのですが、井上先生が「機械工学の出身者は、システムインテグレーションや設計のところで、全体をまとめて最適化する能力は他分野出身者とは異なる。機械工学出身者ならではの能力を示すことで、機械工学の魅力を伝えることができる」と仰っていました。この「全体をまとめる」という仕事は、学術研究の成果に仕上げるのは難しいですが、機械工学の仕事としてはとても魅力的だと思います。

井原:2021年度年次大会で企画したフォーラムで、機械・インフラの保守保全の視点からDXを取り上げたところ、パネリストの皆さんの議論がDXの方に注意が引かれてしまって、肝心の保守保全の話から逸れてしまいました。DXというトレンドワードを交えたことで、現実の課題の議論が深まらなかったと反省しました。機械工学者の立場で正面から課題と向き合うべきでした。

佐久間:確かに、バーチャルやインターネットだけでなく、現実の問題を扱うのは機械工学だからこそですよね。医工連携の教育でも、現実の問題を見せて気づかせるという指導が必要だと、年次大会のパネリストから指摘がありました。

加藤:昨今はリアルとバーチャルが混在していますが、そこの違いを埋めるのが機械工学のミッションでもあると私も感じています。

山本:人材育成や教育においてもDXという視点は欠かせませんが、2022年度年次大会でのパネリストからは、DX時代でも機械工学においては、もの志向の人材育成が必要だというお話がありました。

近久:エネルギーの問題でいうと、2050年に向けて社会としてどういう方向を目指せば良いか、研究者として見えている人は実はそう多くないことが本テーマの議論を通じて分かりました。エネルギーの方向性を明確にするという役割も、機械工学が担っていくのだと思います。そういう意見交換をできる組織を、機械学会に設けていく必要があります。

加藤:機械工学の求心力が落ちているので、学会横断テーマのように、機械工学が社会課題解決に貢献できるということを示すことが重要です。産業界の機械工学技術者のニーズはまだまだ高いと言われているので、機械工学がこういう方向に進むんだ、という明確なビジョンを示すことができるとさらにニーズが高まりますね。

部門連携・学協会連携の仕組み

井原:学会横断テーマによって、学会内でのシナジーが育まれ、機械工学が進むべき新たな方向が見出せることが期待されます。しかし、実際に横断テーマ活動を通じていくつかの部門の方々と議論してみたら、お互いのことを知っているつもりでも案外知らなかったという実情に気付きました。これまでも「連携」はいろんなところでやられてきましたが、「連携の仕組み」はできていなかったのだと痛感します。「連携を実質化する仕組み」が重要です。

山本:やはり機械工学はタコ壺化してしまっているので、連携による好事例を示していく必要がありますね。若手研究者が論文のための研究にこだわるのではなくて、課題解決に向けた新しい連携を進めていけるようにしたいのですが…。

加藤:連携の仕組みを考える上で、本会には22の部門がありますが、自発的に連携が進む部門とそうでない部門がありますよね。

井原:四力学をはじめとする専門性の強い部門と、分野横断的な部門とでは連携に対する温度差があると思います。機械系ではさらに専門学会のことも考えないといけません。専門学会と機械学会の部門との差別化も必要です。

佐久間:分野連携や学協会連携はいろんな組織ですでに取り組まれていて、例えば私が担当した学会横断テーマは、ロボット学会でも同じテーマが進んでいました。応用側の学会も、会員減少という問題に直面しています。少ないパイを取り合うのではなく、日本全体として活性化する仕組みはないだろうかという悩みに行き着きました。

井原:正直に言うと、学会内部も学会間も統廃合のステージにあるのではと私は感じています。学会横断テーマを通じて議論すると、部門の大半が深い連携を進めて欲しいと話している印象を受けました。

佐久間:単純な方法ですが、講演会・全国大会(年次大会)のコロケーション(合同開催)をもっと進めてはどうでしょうか? 参加者にとってのメリットはかなり大きいですよ。統合ではなく協業という方向です。

加藤:目的が同じだから集まればよいという発想だと、バラエティがなくなって進歩しなくなる点を注意する必要がありますね。もちろん、たくさんあれば良いというものではなくて、バランスが大事です。そういった組織論の部分が非常に悩ましいです。なるようになるという考えもありますが…。

井原:流れに逆らい過ぎないほうがいいと思います。逆らうことにエネルギーを消費することはもったいないので。

加藤:議論した上で、前向きな部門統合になるのがベストですね。

井原:すでにいくつかの部門では、講演会のコロケーションが始まっています。材料力学部門と機械材料・材料加工部門でも2023年度には講演会のコロケーション開催を予定しています。

加藤:お互いをよく知るということが重要で、学会横断テーマが、お互いを知る役割を担ったということがよく理解できました。機械系は総合工学だと言っても、皆さんそれぞれ専門があるわけで、他の人が何を研究しているのか知る必要がありますね。

佐久間:私が担当した少子高齢化課題は、他の学会と連携しないと始まらないテーマなので、他学会の講演会に出ていって、他分野の方に機械工学のことを知ってもらえるように、メッセージを強く出していくべきと考えました。「ものつくりコモンズ」がいろんな組織を繋げるという活動なので、そういう要素を繋げていきたいです。

加藤:学会は組織なので、個人でPRするよりも効率的です。機械学会の看板やブランドをもっとうまく使ってもらえると良いですね。

山本:機械学会として、他学会に組織的に発表していく仕組みが必要だと思いますよ。

加藤:学会自身が組織的にもっとコロケーションを進めていくということですね。

井原:私が担当した2022年度の年次大会企画では、本会の8部門の部門長に加えて、土木学会からもパネルディスカッションに加わっていただきました。土木学会が日本建築学会と連携を始めたのはトップダウンで決まったという話が印象的でした。ただ、学会でトップダウンをやると内部から異論が出てくる可能性もあります。

加藤:いろんな学会の会長と意見交換をする機会がありますが、学会によってかなりカラーが違います。本会は会長の選出方式を考えても、トップダウンはやりにくいので、部門連携の前向きなディスカッションを進める体制が良いと思います。ご承知のとおり、部門連携の強化を図るための取り組みとして、2020年度から3年間新部門制が試行され、2023年度から本実施となります。

井原:学会横断テーマの議論を通じて、会員の皆さんから、部門連携を促進する場が必要だという声、部門連携を求める強い声をたくさん聞きました。新部門制を通じて、部門連携がさらに進むことを期待します。

さらなる展開

近久:私が担当した持続可能社会課題では、「2050年に向けたCO2削減の社会システムの方向性を明確にする」という方針を掲げれば、自ずと議論すべきことが決まってくると考えました。他学会との連携や部門間連携もこの方針で決まってくると考えています。

加藤:仰る通り、大きなロードマップを掲げると動きやすくなりますね。ニーズベースのロードマップだとなおさらです。エネルギーの課題はいろんな考えがありますからね。

近久:考え方がさまざまなので、逆算することで絞られてくるというプロセスがポイントです。エネルギーの課題や炭酸ガス削減については、本当にいろんなところで議論されているんです。機械学会でも、学会横断テーマを設定する以前から十分に議論されていたという印象でしたが、実際に企画チームのメンバーで意見交換をすると、幅広い視点で議論できている学会内外の組織はほとんどないことに気付きました。そのため、機械学会としては本腰を入れて真剣に取り組んでいかなければならないと考えています。

加藤:このテーマは、何から議論すればよいのかわからないくらいスケールが大きいんですよね。3年間活動いただきましたが、これで終わってしまうと、このテーマの本会の議論が終わってしまうので、継続いただきたいです。

近久:本テーマは、来年度は運輸部門、再来年度は産業部門というように、議論を続けていく予定です。是非多くの会員の皆さんに聴講していただきたいです。

山本:社会課題解決に向けた議論なので、是非若手会員の方にもどんどん参加してもらいたいですね。

近久:実際に本テーマの議論を通じて、エネルギーに精通した若手研究者を育成していきたいと計画しています。

加藤:若手の方は、すでにある組織よりも自由に自分たちだけでやっていく方がやりやすいんだと思います。学会横断テーマを通じて、そういった若手会員が自由に動ける組織も考えたいですね。「若手の会」が精力的に活動されているので期待しましょう。

山本:確かに、若手研究者にとっては、学会に巻き込まれても指示されるだけという印象なのかもしれませんね。主体的にやれることが大事ですから。いま用意されている学会の場は、ベテランには心地よいかもしれませんが、若手にとっては魅力がないのかもしれません。

井原:やはり、場や仕組みは、それを欲している人がいてこそうまくいくものですからね。

加藤:お互いを知る機会が少ないというお話もありましたが、あまり厳格にやっても若手が敬遠するということで、組織化する上で工夫する必要がありますね。

本日の議論を振り返ると、連携の組織化や学会横断テーマを通じた人材育成など、いろんな要素が出ました。学会の施策に反映したいと思います。本日は有難うございました。

 

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