第89期会長就任のご挨拶
大震災を克服し持続可能な
社会を築くための活動を
佐藤順一
[(株)IHI検査計測 代表取締役社長]
Junichi SATO
3月11日14時46分に牡鹿半島東南東130kmの三陸沖を震源域として発生したマグニチュード9.0の巨大地震は,その地震動による災害ばかりでなく,巨大な津波を発生させ東北地方と関東地方の太平洋沿岸を中心に広い地域に未曾有な災害をもたらしました.多くの方々が貴重な生命を奪われ,多くの町が壊滅的打撃を受け,経済的には25兆円もの被害を出すに至りました.日本機械学会の会員およびそのご家族,会員の関係者や教え子にも多くの悲劇が生じました.ここに謹んで哀悼の意を捧げます.この地震は二次災害として福島第一原子力発電所1~4号機の損傷,それによる放射性物質の拡散という問題も引き起こしました.被害を被られた方々に心からお見舞い申し上げます.
大震災に対し学会は何をすべきか
日本機械学会は機械工学およびそれを用いた製品技術で安心・安全な持続可能社会を築くために活動してきました.しかし,このような災害に向かいますと,我々の力の及ばなかったところが見えて来ます.我々はその総力を挙げて,今回の事象の調査およびその分析を行い,それを基に今後の対応指針を作成しなければなりません.今回の被害は地震動によるものばかりでなく,巨大な津波による被害が顕著であるのと同時に,極めて広い範囲の被害であることが特徴です.また,福島第一原子力発電所の4基が損傷し重大な事故を引き起こし,原子力発電の信頼性に疑問を投げかけました.その上,多くの原子力発電所が停止し,太平洋岸の火力発電所も多くが損傷したため,関東・東北地区の電力不足を引き起こしました.そのため,今回の学会の調査は極めて広範囲に及ぶことになります.
調査にあたっては,これまでの地震被害調査手法に加え,今回被災した設備は過去の地震から何を学び,どのような対策を取っていたか,その効果はどうであったかの検証が重要だと思われます.その一環として,被害が軽微であった機械および設備の調査も大切だと思っています.なぜ,被害が無かったか軽微であったかは,これから想定される自然災害の影響を小さくするために極めて重要だと思われるからです.たとえば,今回の地震で,耐震補強をしていた原子力機器は健全性を保ったかが重要だからです.また,福島第一原子力発電所1~4号機以外に地震・津波の被害を受ける場所にあった原子力発電設備は11基あります.なぜそれらの被害が軽微であったかを検証し,今後の対策を提言する必要があると思います.
本会は,標準・規格センターの発電用設備規格委員会で原子力発電所の各種規格を検討し発行しているわけですから,専門家としてそれら規格が妥当であったかきちっと調査し議論する必要があります.これらの学会からの提言は,予想される将来の防災に貢献するという観点からまとめていきたいと思います.
次に中長期視点から述べたいと思います.持続可能な社会を築くために,低炭素社会を目指さなければならないというのは,社会のコンセンサスとなっています.これまでは,原子力発電がこの問題の有力な解決だと思われていましたが,今回の福島第一原子力発電所1~4号機の重大事故を契機に,原子力発電が必要かどうかを含めた議論があると思われます. 54基の原子力発電設備が担っている約4,900万kWという総発電能力は膨大なものであり,またその電力は安価です.今回の大震災で電力が逼迫し,実際に停電が起きました.機械産業を含む全ての産業は安定で比較的安価な電力が無ければ国内で生産活動を行うことができません.今回の大震災は,産業が日本国内にとどまるか海外に出ざるをえないかの問題も突きつけました.
学会は専門家の目で見た原子力発電所の安全性,問題点を分析するとともに,他の低炭素社会を実現する機器についてもあらためて調査検討し提言する義務があります.本提言はそれぞれの技術をきちっと分析し,何が現実的に可能であるかを議論しなくてはなりません.また一方で,省エネルギー社会を築くという解決策も低炭素社会を実現するために必要です.学会はこの面でも専門家ですから,日本の進むべき道について提言をしていかなければなりません.さらにもう一歩踏み込んで,専門技術に立脚した文明論的議論や経済学的議論およびそれらに基づく提言ができればと思っています.それらについては,日本機械学会が他の学協会や日本学術会議と協同作業を行い進めていきたいと思います.
学会の役割と課題
今回の大震災は,われわれ機械工学に関係する研究者および技術者に大きな課題を突きつけたと思います.震災で被害が出たことに対して,いとも簡単に想定外の地震であった,想定外の津波であったという言葉が発せられるのを耳にします.これは正しい態度でしょうか.機械工学は,機械技術の課題を科学的に分析・解明・整理し技術開発に利用できるようにするとともに,それらを統合し設計・生産に至る道筋を構築し,さらには人間・自然の持続性を可能とする機械の創造を目指すものです.機械を開発し製作した者が,その不具合に対して想定外ということで簡単に責任を逃れられるのでしょうか.
機械工学は,先例の失敗を教訓として,またそれを糧として発達してきました.その段階で,人智を超えた事象やこれまで明らかにされていなかった事象は多々あったことも事実です.しかし,人智を超えているかどうかは,きちっと現象を分析・解明してからのことだと思います.往々にして想定外ということは,狭い技術分野のことしか考慮していなかったという例が多いと思います.研究者においては,自身の狭い専門分野のみの発想で物事を判断することもあるでしょうし,技術者においては比較的狭い製品技術のみで製品を開発していたということもあると思います.多くの場合,想定外はいろいろな分野の知識・知恵が少ないこと,また経験が少ないことによって引き起こされます.
本会は機械工学に関する全ての分野を網羅しているわけですから,そこに所属する会員に対し,ある特定の専門分野のみにかかわらず,他の分野の情報を与え,議論する場を提供することが極めて大切です.これまでややもすると,深い専門性のみが強調されがちでしたが,今後は会員に対して,深い専門性ばかりでなく,これまでにも増して機械技術全般にわたる俯瞰的な最新のエッセンスの提供を学会として目指したいと思います.
また,さらに,他分野の学協会とも連携して,多様な知識の最前線を会員に提供できるようにしていきたいと思います.現在,本会には20の部門があり,さらに来年度は一つ増加します.会員各位におかれては,一つの部門に埋没することなく,他の部門の活動にも参加していただきたいと思います.それを行いやすくするため,関連する部門を大括りした活動も考えていきたいと思います.各会員がそれぞれの専門性を持った,総合機械工学者として活躍できればと思っています.逆説的ですが,総合機械工学者としての知識・知恵は,それぞれの専門分野を独創的に深めるのに大いに役立つと思います.
学会発展のために
機械工学の研究,開発,技術を支えているのは,個々の研究者,技術者です.産業競争力の強化は,それを支える人の育成および強化にほかなりません.産業が対外的な競争力を保つためには,そのよるべき基盤技術を担う学術機関に産業技術を理解した世界的な競争力を持つ研究者がいることが重要です.また,産業界では,工学としての機械技術を深く理解し実際の物に応用できる技術者がいることが重要です.それら研究者と技術者が互いに刺激し合うことで機械工学は発展します.
日本機械学会の活動が学術機関と産業界との深い相互関係を創るのに役立たねばなりません.支部は,その地域の機械工学・技術の中心として地域の工学教育と地域産業への支援を積極的に行い,地域の発展に貢献することが重要です.そのためには,地域の産業団体との交流も積極的に進めていきたいと思います.部門は,その分野の工学・技術の中心として,専門的な教育に対する支援および関連産業界との交流を積極的に進めて行きたいと思います.さらに全体的な活動として,部門を横通しして機械工学を俯瞰的に見れる人材の育成を図っていきたいと思います.最後になりますが,会員皆様方の倍旧のご支援ならびにご鞭撻を承りますよう心よりお願い申し上げます.
(2011年4月21日 定時社員総会あいさつより)