一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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第90期会長就任のご挨拶

 

社会から頼られる学会をめざして

金子成彦[東京大学 教授] Shigehiko KANEKO

 


第90期の会長を務めさせて頂く金子です.100年余りの歴史を持つ日本機械学会の舵取りをさせて頂くことは身に余る光栄です.小生は,機械学会に入会して以来36年が経ちます.機械学会の機械力学・計測制御部門長,アジア太平洋振動会議議長,標準・規格センター長,企画担当理事,財務担当理事,筆頭副会長として学術活動や学会の運営に携わって参りました.この間,ご指導頂いた諸先輩方,ご協力頂いた皆様に感謝申し上げます.

震災後の日本機械学会の役割

東日本大震災から1年余りの歳月が経過しましたが,被災地で今も厳しい生活を送られて居る方々を思うと心が痛みます.この1年は,震災後に発生した様々な問題の解決や将来への不安の軽減に少しでも貢献したいと思いつつ日々を送ってきました.7月には,理事の皆様と伴に,石巻・女川地区の被災地を訪問し,津波の破壊力の凄まじさに驚愕しました.また,9月のD&D(機械力学・計測制御部門講演会)の際には高知の桂浜に足を伸ばしました.広々とした綺麗な海でしたが,朝の散歩の途中で出会った地元の方から,「海を見ていると,遠いところで地震が発生したことがすぐに分かる」との話を伺い,意識の違いを感じました.市内には,津波避難ビルや避難経路を示す看板や案内が多数あり,津波に対する備えがされています.しかし,最近示された国の検討会の新たな想定では,この地域には全国で最も高い34.4メートルの津波が押し寄せるとされており,更なる対応が求められます.

さて,筆頭副会長を務めさせて頂いたこの1年間は,主として,東日本大震災後の長期的視点からの調査提言活動を行って参りました.3.11から1年が経過し,世間では色々な立場から書かれた報告書や書籍が出版されていますが,機械工学の立場からの分析に裏づけられた情報が不足していると感じています.震災後の機械学会の役割は,科学・技術と社会の相互作用を様々な視点から検討し,分析し,社会に対して建設的な方向を示すことであると考えています.

社会に発信する学会へ

今期の活動では,諸先輩の努力によって培われてきた機械学会の強みを生かしつつ,学会の存在感を高め,次世代を担う優秀な若手をリクルートするための活動を積極的に行います.また,活動に相応しい情報発信形態の検討や若手,現役,シニアとの交流を促進させるための活動の見直しを行うとともに,規格標準戦略においても,関係官庁,産業界,国内外の学術団体との連携を一層強めて機械学会のリーダーシップを発揮したいと考えています.さらに,情報発信の範囲を社会にまで広げる活動のスタートを切ることを予定しています.

具体的には以下の事業を企画し,継続できる仕組みに育てたいと考えています.

(1)引用・活用して頂けるような技術資料集の発行

東日本大震災調査提言分科会報告書に続いて,機械学会発の技術資料集を発行したいと考えています.従来から,会誌8月号の年鑑や機論のノートに特定分野の技術動向は掲載されてはいますが,分量に制約があり,他学会から出版されている技術報告書と比べると内容が充実してはいませんでした.調査専門委員会を立ちあげて,社会から関心の高い課題に関する技術資料集を発行したいと考えています.なお,委員の選出にあたっては,産学のバランスや部門横断,関連学会との連携,若手とシニアの交流を意識することが重要です.これまでの機械学会の活動は,講演,論文,標準・規格策定活動が中心で,専門家から専門家に向けての発信がほとんどでしたが,今後,社会に向けて発信することになると,平易な表現で技術的内容がまとめられた解説のための資料を用意しておく必要があります.

(2)学会ホームページに会員外向けのコンテンツを充実

目下のところ機械学会のホームページには会員向けの情報がほとんどで,今後,会員外の閲覧者を確保するためには,定期的なコンテンツの発信が必要です.高校生等向けの易しい解説,学生に対して魅力あるコンテンツを学会ホームページ上で提供する仕組や,機械学会行事や機械遺産の解説など一般人向けの発信についても検討します.

(3)高校生科学技術コンテストの年次大会での実施

金沢で開催される2012年度年次大会に,理系を目指す高校生(特にスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の生徒)を招待して,ポスター形式で研究成果発表会を行い,優秀作品を表彰することを企画しています.優れた科学技術系人材の育成を目的にスーパーサイエンスハイスクールが文部科学省により指定され,各校で先進的な理数教育と創造性,独創性,国際性を高める取り組みが行われていますが,課題研究で取り上げられているテーマは,力学,エネルギー,設計,ものづくり,材料,ロボット,自動車,航空宇宙,環境など機械工学に関連したものが多数有り,大学や研究機関,企業で活躍する研究者との交流が望まれています.機械学会としてもSSHの生徒と交流の場を持つことで,科学技術分野を目指す若者に機械工学の魅力と重要性を示し,機械工学技術者の芽を育てる効果があるものと考えています.

学会の財政について

昨年度の通年の貿易収支は大幅な赤字で,赤字幅は1979年度以降の比較可能な統計データの中では過去最大と報じられていますが,機械学会の財政も少なからず震災の影響を受けました.機械学会は,震災前から正員・特別員からの会費収入,図書の売上,広告収入などの収入減による一般財政規模の縮小に直面しており,新たな収入源の確保を必要としていました.そこに震災によるイベントのキャンセル料負担など赤字となる要因が加わりました.今期は矢部筆頭副会長にお願いし,政策・財務審議会を中心として前期の決算状況を踏まえて,財務状況の可視化と現状分析を慎重に行って頂きます.

また,各種事業の運営に当たっては維持コストと収益性のバランスを十分に考慮して,無理のない運営に心がけたいと考えています.

頼られる学会へ

震災以降の世の中の動きを眺めていて,学会はこの見通しが立てにくい時代においてタグボートのミッションを担っていると考えるようになりました.機械学会は,他の学会と比べると少し大きめのタグボートで,社会という大きな母船を牽引しています.母船は,大海原を航海するときには自分で進路を決めることが出来ます.しかし,東京湾の浦賀水道のような難所を航行するにはタグボートがないと港にうまく入ることは出来ません.前例の無い大きな災害,経済情勢の変化,急激に進む少子高齢化,様々なところで発生しているミスマッチングの前に立ちすくんでいる日本社会はタグボートを必要としているのです.さて,優秀なタグボートに求められるものは何でしょうか.

それは,目的地までの頼りになる航海図を用意していること.潮目に敏感に反応し適切なタイミングで舵が取れること.臨機応変な対応が出来る用意があり,母船の乗客や乗員を安心させることだと考えます.安心を実現するための同士として,幸いにして機械学会には,イノベーションに繋がるアイデアをお持ちの若手会員,領域俯瞰力をお持ちのベテラン会員,経験豊富な社会のトレンドウォッチャーとしてのシニア会員がおられます.皆様のご協力を仰いで,これからの1年間,学会として取り組むべき課題を明確にし,社会から頼られる学会を目指して,実を挙げたいと考えております.

最後に,佐藤順一会長はじめ,前期の理事会,支部・部門・諸委員会の委員の皆様の献身的な活動に感謝致しますと共に,今期も建設的なご意見,ご提言を賜りたく,皆様のご協力宜しくお願い申し上げます.

(2012年4月20日 定時社員総会あいさつより)