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2025/6 Vol.128

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日本機械学会が担う技術者教育

講習会『 伝熱工学資料(改訂第5版)』の内容を教材にした熱設計の基礎と応用-伝熱設計はあらゆる機器設計の基礎-

小澤 守

熱伝達は高温から低温まで、またあらゆる動力機関から半導体や材料創生プロセスに至るまで、熱エネルギーが関わるあらゆる事象において極めて重要な問題である。利用に関わる問題もあれば、逆に冷却が性能を左右する問題もある。原子炉では「冷却喪失」といった言葉があるくらい冷却が極めて重要である。しかしその一方で、炉心冷却によって発生した蒸気の熱エネルギーを発電に利用し、最後には復水器を通じて海水に低レベル熱エネルギーを放出している。家庭内では空調機では熱交換器の性能がシステムの効率を左右するし、パソコンの冷却が不十分であれば使用中にハングアップする。AIをはじめとするビッグデータ利用に関連してはデータセンターの電子機器の冷却が注目されている。

本講習会はあらゆる機器の熱設計に関わる基礎的事項を講義するもので、その教材に熱設計のハンドブックとして1959年の第1版から広く活用されてきた機械学会の代表的刊行物である『伝熱工学資料』を用いている。1953年に機械学会熱および熱力学部門内に伝熱工学資料調査分科会が設置され、我が国の代表的な伝熱研究者によって調査検討が行われ、1959年に機械学会第119回講習会の教材として発行されたのが『伝熱工学資料』の初版である。それ以来、伝熱関連の重要なハンドブックとして利用されてきた。図1に示す初版は「1. 全般を序・基礎・応用・物性値・数表の諸編に分け、各編毎に成るべく細かい項目に分け、各項目の独立性と相互の関連性を十分ならしめ、2. 各項目に最も妥当と考えられる計算式などを明記し初心者にも実用できるよう計算例をあげ、3. 計算に必要または便利な物性値を成るべく豊富に集める」(1)として編纂されたものである。「なお計算式の誘導は本書の使命ではないのでこれを省いた」(2)との記述が初版の序文にあるが、これはハンドブックとしての立ち位置を明確にしたものともいえる。必要であれば原著、原論文に遡って理解を深めることができるように参考文献が示されており、それは初版から現在の第5版に至るまで一貫した方針でもある。

図1 講習会資料として発行された初版と現在の改訂第5版

本資料の有用性のゆえに、1961年に改訂第1版、1966年に改訂第2版、1975年に改訂第3版、1986年に改訂第4版、そして2009年に現在の改訂第5版が出版されている。1959年の初版当時は我が国においては石炭火力が主流の時代であり、図2に示すように火力発電所もせいぜい200MWの出力であったが、米国においてはBWR, PWRの商用機が稼働し始め、関連して図3に示すように沸騰関連研究が非常な勢いで行われ始めたころでもある。その後、1970年代にはオイルショックと関連して省エネ研究、1980年代には電子機器の冷却技術、1990年代にはMEMSや分子動力学などが伝熱研究を加速した要因としてあげられる。これら沸騰研究も含めた伝熱研究論文数全体の推移を図4に示しておこう。

図2 火力発電の単機容量,火力発電総設備容量,国内総生産の推移(3)

図3 沸騰関連研究論文の推移と各種事象(4)
(庄司東大名誉教授のご好意による)

図4 Web of Scienceによる伝熱研究論文数の推移(著者作成)

現在では、伝熱関連論文は年間20,000件程度までに増加しているのである。

このように、『伝熱工学資料』はまさに伝熱研究が大きく進展する直前の時期に時代を先取りするかのように編纂されたのであり、その当時の伝熱研究の先達の慧眼に敬意を表する。

伝熱工学資料と同様な理念・形態のVDI Wärmeatlas(5)は当初3部に分割され、第1部が1954にリングバインダ形式の第1版が発行され、第2部が1957年に、そして第3部が1963年に刊行され(6)、これらが第1版となる。その後Wärmeatlasは継続的に改訂され、現在では12版(2019)を数えている。1992年には英語版Heat Atlasも発行され、1988年には『熱計算ハンドブック』の書名で翻訳版も出版されている。基本的な形式は伝熱工学資料と同様であるが、リングバインダとしたのは、新たな知見が出てきたときに部分的に差し替え挿入が可能なようにとのことであった。著者の保有する第10版もリングバインダ形式であるが、最近ではハードカバー製本形式のものや電子版の方が一般的かもしれない。

ドイツにおいて継続的に改訂が行われているのは、VDIの化学工学部門の中に専門委員会が設置されており、現在、継続的に開催されているかどうか不明であるが、若手を対象とした利用のための講習会も開催されていた(筆者が参加したのは1980年頃)。機械学会では熱工学部門がその役割を担っていて、本講習会も長年にわたって継続的に開催されている。可能ならこの講習会の担当委員会などが、同時に伝熱工学資料の改訂も担ってもらえればというのは期待のしすぎだろうか。いずれにしても今回の講習会では伝熱研究の最も盛んな我が国の代表的な研究者が、伝熱工学資料の基礎編に含まれる重要事項、熱伝導、対流熱伝達、沸騰熱伝達、ふく射について、さらに熱交換器と温度測定について、丁寧に解説する。上にも述べたように、各項目の記述が簡潔であるため、初学者には多少困難をきたすかもしれないところを講義で補完し、理解を促進するのがこの講習会の目的である

最後に火力ボイラを例にして伝熱上の各種問題について説明しておこう。図5に示すのは超臨界圧変圧運転プラントの熱バランスの計画値の一例である。給水加熱器(低圧ヒータ、高圧ヒータ)、脱気器、ボイラ、過熱器、再熱器、タービン排気が流入する復水器などが基本要素で、水側でいえば、蒸気と水の熱交換、脱気器、ボイラにおける沸騰あるいは超臨界圧流体の強制対流伝熱、過熱蒸気への強制対流伝熱、さらにはタービン内での伝熱、発電機の冷却、復水器およびグランドコンデンサでの凝縮熱伝達などが問題となる。いずれも伝熱(冷却)性能がプラントの熱効率や安全性に直結する。ボイラ、過熱器、さらには環境対策機器などの詳細例を次の図6に示す。

図5 超臨界圧変圧運転ボイラの熱平衡線図〔データは文献(7)による〕

図6 微粉炭焚超臨界圧変圧運転ボイラ(8)

ボイラでは燃料の燃焼によって化石燃料などが燃焼し発熱する。この燃焼熱をまずは燃焼室周辺に配置された水壁で吸収する。水側から言えば熱吸収、蒸発であるが、火炎にさらされる水管の健全性からいえば、適切な冷却がなされなければならない。火炎からの伝熱はふく射が中心で、水管における熱流束は限界熱流束(CHF)以下でなければならない。したがって燃焼室では放射伝熱と水管内の沸騰伝熱の計算が重要であり、材料的には高温腐食、応力腐食割れなどが問題になる。水管外部に溶融灰などが付着すると冷却性能が低下することになる。燃焼室の下流側には過熱部が配置される。ここでは蒸気単相流に対する強制対流伝熱が管内では重要であるが、管外では対流、放射伝熱、外部汚れによる伝熱性の低下が重要となる。適切な冷却がなされないと過熱管のクリープが発生することになる。最後に余熱回収部にはいると外部では低温腐食、外部汚れなどが問題になるし節炭器ではガス側では対流伝熱が、管内では水の単相流伝熱や低クオリティ域の沸騰流伝熱が、そして空気加熱器では燃焼用空気の強制対流伝熱が問題となる。燃焼ガスの温度帯域に応じて過熱器や再熱器が配置されているところを見てほしい。環境汚染対策部、脱硫、脱硝装置においてもさまざまな熱と物質移動の課題がある。以上のような火力プラント一つとってもあらゆる要素で伝熱問題がプラント全体の性能や強度など安全性、健全性を律速する。このような変圧運転プラントでは定格運転のみならず部分負荷運転(図5の場合15%)においても効率や健全性が維持されなければならず、プラント全体の伝熱問題の包括的理解が必要となる。そのためには昨今広く用いられている各種評価コードやシミュレーションツール、伝熱工学資料の計算式の単なる利用だけでは不十分と言わざるを得ない。システムのイノベーションを志向するにしても、伝熱の基本理解がベースになる。

ここでは火力発電プラントを例として挙げたが、伝熱は産業分野に限らない。そもそも地球の熱バランス、マントル対流、気象、さらには食品から人間を含むあらゆる生物の生存そのものにも伝熱事象が関与しているのである。さあ、『伝熱工学資料』を手に、講習会に参加しよう!


参考文献

(1) 片山功蔵, 伝熱工学資料について, 伝熱研究, Vol.16, No.61(1977), pp. 5-8.

(2) 伝熱工学資料調査分科会, 伝熱工学資料-第119回講習会教材, (1959).

(3) データは黒石卓司, 小川道隆, 発電用ボイラ制御の歴史, 火力原子力発電, Vol.63, No.4(2012), pp. 287-297;内閣府, 1998年度及び2015年度国民経済計算,
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h10/12annual_report_j.html, http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/h27_kaku_top.html;電気事業連合会, INFOBASE, http://www.fepc.or.jp/library/data/60tok(閲覧はいずれも2016年12月10日)による.

(4) 庄司正弘, 沸騰研究の50年, 伝熱, Vol.51, No.214(2012), pp. 21-29の図に若干手を加えた.

(5) VDI-Gesellschaft Verfahrenstechnik und Chemieingenieurwesen, VDI-Wärmeatlas, 12 ed. Springer, Berlin (2019)(現時点の最新版).

(6) Prof. Matthias Kind (KIT, Wärmeatlas のエディターの一人)との私信及びH. Martin, 50 Jahre VDI-Wärmeatlas, Chemie Ingenieur Technik, Vol. 76, No.9 (2004), pp. 1345-1346.

(7) S. Ishigai ed., Steam Power Engineering, Cambridge University Press, New York (1999), pp. 87-112.

(8) H. Iwamoto, J. Matsuda, Y. Suzuki, K. Ochi, Experiences in Designing and Operating the Latest 1,050-MW Coal-Fired Boiler, Hitachi Review, Vol. 50, No. 3 (2001), pp. 100-104.


<名誉員・フェロー>

小澤 守

◎関西大学 名誉教授

◎専門:熱工学、混相流、社会安全学

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