一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.161 統計調査「データ」は「データ」が語れる範囲で使う―日本の民間企業の研究開発の状況を例に―
2017年度財務理事 塩谷 景一[文部科学省 客員研究官]

2017年度(第95期)財務理事
塩谷 景一[文部科学省 科学技術・学術政策研究所 客員研究官]


日本の多くの民間企業では、2017年度に投入する研究開発費が過去最高になると見込まれている。その「データ」が政府やマスメディアの調査結果として公表されている。研究開発費と営業利益を縦横軸とし各国の位置を示すと、日本の民間企業は左上、欧州は右下となり、営業利益÷研究開発費は欧州より小さくなる。また、研究開発費のGDPに占める割合を見ると、欧米に比べて日本は大きい。このような研究開発の状況に関する「データ」が最近公表されている。「データ」そのものは、欧米との比較において、日本の民間企業は欧米より多くの研究開発費を投入している、を語っているにすぎない。研究開発の戦略・管理的側面・研究開発行為において、日本の民間企業は欧米より良いか悪いかは、これらの「データ」のみでは分析できない。

「データ」は、「データ」が語れる範囲で使う。上記「データ」から、日本の民間企業の研究開発生産性は欧米に比べて低いとの「意見」を述べて、“日本は形だけの研究大国”に近いメッセージがみられる。これは、上記「データ」からは導けない。民間企業の実態を精緻に分析することなく、結論をだせるものではない。営業利益÷研究開発費を欧米と比較した結果は、統計上の「データ」としての比較は問題ない。「データ」が語る以上の「意見」は、意見を導けるデータを補強して、他の解釈も導けることを併記して慎重に述べるのが妥当であろう。

まず、民間企業は多種多様である。上記「データ」は日本全体である。実態を精緻に分析するには、業種・資本金・研究開発費や研究所規模などの指標、および、会社の理念/公共性などの社会的価値、など経営における研究開発システムポリシーがそれなりに同じ民間企業をセグメントに分け、調査対象母集団群を作成。母集団ごとに特徴的な状況を見出す。例えば、宇宙機器の研究開発と幼児の知育玩具を事業に持つ民間企業の研究開発は異なることは想定できる。宇宙機器産業は研究開発生産性が良くなく、幼児の知育玩具産業は研究開発生産性が良いかも分からない。合わせると双方悪いとの結果となる場合があり得る。その結果から幼児の知育玩具産業は研究開発生産性が悪いとは言えない。上記「データ」は、多種多様な業種を混ぜ合わせたものである。

研究開発の業務の定義を合わせる。欧米と日本の研究開発の業務範囲は同じではない。日本では、総務省 統計局が定めた研究開発用語定義がある。しかし、民間企業は必ずしもその定義に沿って、研究開発をマネージメントしていない。決算書の研究開発費は、会計上の研究開発費等に係る日本の会計基準と国際会計基準他があり、国内外の民間企業が採用する基準は同じではない。基準を合わせても計上の仕方は民間企業にまかされているグレーゾーンがあり、その扱いは民間企業によって異なる。

府省の実務部門は、民間企業等へのアンケートは慎重に調査設計し、統計手法に基づき「データ」をまとめ公表する。調査対象の母集団や調査方法を「データ」と合わせて公表している。その「データ」が有効に使われる範囲やどこまで「データ」から言及できるかは明確である。

少し斜めに見ると、色々意見を表明する一般の一部の方々は、人々の興味を引く“欧米は良く日本は悪い”、を示すと思われるデータがあれば、「データ」から「意見」まで論理的につながらなくても、精緻な論理展開なく、意見の根拠として取り上げる。関連する詳細調査をすれば反例を見出せるにもかかわらず、それは取り上げない意図があるのではないか、とまで思える。

欧米企業は、例えば、機器の製品シリーズで営業利益率の低くなった製品の品番を、日本企業より多く製造中止にする判断をすると言われる。日本の民間企業の中で、資本金が1000億円以上あり、かつ、伝統のある超大企業は、利益率が低い品番も、それを必要とする民間企業があれば、一度市場に投入した以上は、製造を続ける経営判断をする傾向があると言われる。その場合は、営業利益率を下げる影響があるだろう。

研究開発には将来への投資の側面がある。日本の民間企業の経営陣は、自分の任期中に営業利益をより多くだすだけではなく、当期利益を減らす研究開発費は増えても、次の世代を考えて投資し、かつ、中期的人材育成を考えている場合がある。欧米であれば、ステークホルダーへの当期経営説明責任と当期決算指標に強リンクした報酬システムが一因となり自分の任期中のみを考えた最小研究開発投資を行う傾向が日本より強いと言われている。その結果、営業利益÷研究開発費の比率は高くなる。これらを精緻に調べることで研究開発の事実を集め、そこから、帰納的に「意見」を表明するのが妥当であろう。日本の伝統のある超大企業は、無駄な研究開発投資を抑制できていないケースもあろうが、上記が事実とすれば研究開発生産性は良いとも悪いとも言えない。研究開発現場を回った印象としては、長期的にみれば研究開発の生産性が欧米にくらべて高い日本の民間企業は、それなりの数、存在する。

また、日本の民間企業はオープンイノベーションが遅れており、自前主義の研究開発が研究開発生産性を低くしているとの「意見」もある。自前主義の研究開発は、経営戦略上の色んな目的があり、また、製品の品質保証上の優位な仕組みを持てる場合があり、相当な金額となる品質費用削減に効果を出している場合もある。経営全体の最適化において、自前主義による研究開発費投入が、決算書の数値を良くするのに有効な場合も想定できる。実際は、日本の民間企業は、戦略的に自前主義の研究開発とオープンイノベーションとする研究開発をバランスよく行っている。サプライヤーとの研究開発連携や強い技術領域を持つ民間企業間で研究開発を相互補完するなど、オープンイノベーションの例は多い。

資本金が1000億円を超え、研究所を持ち、企業理念に社会への貢献を含めている、日本の民間企業の研究開発生産性が悪い、自前主義が経営に悪影響のみ与えているとの明確な「証拠」はないと思われる。もちろん、研究開発生産性が悪く、自前主義が経営に悪い方向で影響していると想定できる日本の民間企業は少なからずあると思う。