一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.166 NASAの宇宙開発を支えた「語られなかった」女性たち
2017年度副会長 鈴木 真二[東京大学 教授]

2017年度(第95期)副会長
鈴木 真二[東京大学 教授]


映画を見るのはもともと好きなのだが、普段はなかなかその機会がない。だから、国際線の飛行機に乗ると、ついつい寝る間も惜しんで映画を見てしまう。最近、感動した映画は、宇宙開発を支えたNASAに勤務する3人の黒人女性を描いた「Hidden Figures」である。私が見たのは2017年の5月であったが、9月には日本でも「ドリーム」という邦題で公開され話題になった。2016年出版のマーゴット・リー・シェタリーによる同名のノンフィクション小説を原作とし、舞台は、1960年代初頭のバージニア州ハンプトンにあるNASAラングレー研究所である。

1957年のソ連による人工衛星スプートニク1号打ち上げは、米国に衝撃を与え(スプートニクショック)、1958年には国家航空宇宙局(NASA)が、国家航空諮問委員会(NACA)の改組として設立された。NASAは全米各地に研究所を持つが、ハンプトンにはラングレー研究所があった。NASAはソ連に次いで人工衛星エクスプローラ1号の打ち上げに成功し、ソ連より先に有人宇宙飛行を達成するために1959年にマーキュリー計画を立案する。そんな時代、ラングレー研究所に有人宇宙飛行計画を研究する「スペース・タスク・グループ」が設置されていた。当時、研究所には「コンピュータ」と呼ばれた多くの女性が働いていた。電子計算機はまだ普及しておらず、ほとんどの計算は人手に頼っていたのだ。また、当時はアフリカ系住民に対する差別が残っており、黒人女性のみはラングレーの西エリアの作業部屋に「ウェスト・コンピューティング」として隔離されていた。

ウェスト・コンピューティングの監督役であった、ドロシー・ヴォーン、そこからコンピュータとして「スペース・タスク・グループ」に黒人女性として初めて派遣された数学者のキャサリン・ジョンソン、男だけの世界であったエンジニアに採用され、風洞実験に取り組むメアリー・ジャクソンの3人の黒人女性が困難な環境で、有人宇宙飛行に向けて活躍する様子が、宇宙開発への熱気と、根強く残る人種差別の悲しみの中で描かれる。

見どころ満載のなかで、IBM計算機が導入されるくだりは個人的に特に興味深かった。ドロシー・ヴォーンはある日、研究所にIBM計算機が導入される場面に出くわす。それは1秒間に2万4千回の演算が可能なマシーンであり、それが本格稼働するということは、黒人女性たちの仕事が奪われることを意味していた。ドロシー・ヴォーンは街の図書館で「FORTRAN」の本を借り出し、IBM計算機を使いこなすためにはプログラミンのスキルが必要なことを学ぶ。当時は数値計算のためにFORTRAN(FORmula TRANslation)のプログラムを1行ごとにIBMカードに打ち込みカードリーダーで読み込ませ、プログラムを実行した。ドロシー・ヴォーンは密かにIBM計算機の設置された部屋でその使用法を試すのであった。そして、ドロシーはウェスト・コンピューティングの黒人女性にプログラミングを学ばせた。来る日のために。

有人宇宙飛行でもソ連は先行した。1961年4月にソ連はガガリーンをボストーク1号で地球周回飛行に成功させ、それに続き、米国も5月にアラン・シェパードを乗せたマーキュリー・レッドストーン3号により有人飛行に成功する。ただし、米国のそれは弾道飛行であり、技術的にはソ連の周回飛行に大きく後れをとった。周回軌道から宇宙船を帰還させるためには、楕円軌道から放物線軌道に軌道変更する技術が必要になる。マーキュリー・レッドストーン3号の成功に沸く米国では、ジョン・F・ケネディ大統領が「1960年代の内に月にアメリカ人を送り込むと宣言」するまでになり、米ソの宇宙開発競争が激化した。周回飛行からの帰還を成功させるためには、リアルタイムに正確な軌道計算をすることが求められた。映画では、巧みに軌道計算を巨大な黒板で遂行できた数学者のキャサリン・ジョンソンが、IBM計算機による数値計算で瞬時に軌道を算出できる手法を提案する。それは旧式なオイラー法であったが、最新の計算機による軌道計算を可能にする数値計算法であった。

IBM計算機の本格的利用が開始されることになり、ドロシー・ヴォーンはプログラマーとして所属変更を命じられる。そして、ウェスト・コンピューティングの黒人女性たちも職を失うことなく、新たにプログラマーとして採用されるのであった。計算機の本格的な導入は、それまで手計算で働いていた人の仕事を奪うのであるが、それはまた、プログラマーという新たな仕事を作り出した。ドロシー・ヴォーンの先見の明が多くの女性を守ったのである。

同様な光景に、私も30年近く前に遭遇した。1979年に(株)豊田中央研究所に入社し、トヨタ自動車での新人研修の際、大きなテーブルに座布団を敷き、白い手袋をしてボディーの外形線をトレースする「トレーサー」と呼ばれた若い多くの女性が働いている現場を目撃した。その後、CADが導入され、トレーサーたちのいた広大な部屋には製図台に代わってコンピュータのディスプレー端末が置かれた。トレーサーだった女性たちは、CADのオペレーターに変わったのだ。ロボットやAIが導入されると人の仕事が奪われると言われて久しい。ただ、過去起きたことを振り返ると、新たな技術の導入は、新しい仕事を求めることが窺える。過去は未来を映す現在の鏡であるという。必要なことは、ドロシー・ヴォーンのように新たな仕事の必要性を敏感にキャッチすることだ。

映画に戻ろう。ジョン・グレンの乗るマーキュリー・アトラス6号は1962年2月にアメリカ初の人工衛星軌道周回を成し遂げるのであるが、空軍のテストパイロットであったジョン・グレンは、職人的な感で、IBM計算機が算出した軌道計算を完全に信用することが出来なかった。ジョン・グレンは、数学者のキャサリン・ジョンソンに手計算でその数値計算が正しいことを確認することを求めた。それがなされなければ宇宙船に乗ることを拒んだのだ。IBM計算機が軌道計算を行うようになったため、コンピュータとしての彼女の役割はスペース・タスク・グループには不要となり、職場も元に戻されていたが、再び彼女に役割が回ってきた。キャサリン・ジョンソンが手間をかけてたどり着いた答えは、IBM計算機が無機質に瞬時にはじきだした結果と同じであった。それにより、ジョン・グレンは安心して宇宙船に乗り込むことができた。

キャサリン・ジョンソンは1986年に引退するまで、NASAの宇宙開発に貢献した。2017年9月にラングレー研究センターに開設されたコンピュータ研究センターは、彼女の功績を称え、キャサリンG.ジョンソン・コンピューター研究センターと命名された。開設式典では、99歳になるキャサリン・ジョンソンは、「宇宙飛行士を地球に帰還させるために必要な計算をした」と紹介され、同時に、有人宇宙飛行ミッションの成功に大きく貢献した人に与えられるシルバー・スヌーピー賞を受賞した。その名の通り、純銀製の、宇宙服を着たスヌーピーのバッジが与えられた。Hidden FiguresのHiddenは「隠された」ではなく、「語られなかった」という意図だとマーゴット・リー・シェタリーは書いている。小説Hidden Figuresは「語られることのなかった」多くの黒人女性に光を当てた名作である。映画には史実と異なる点も多いことがこの小説を読むと分かるという。時間があればじっくり読んでみたい。


NASAシルバー・スヌーピー賞のピンバッチ
2010年同賞を受賞されたJAMSS奈良和春氏より
「http://www.jamss.co.jp/news/?idx=T1268984196」