一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.170 縦糸と横糸を紡ごう
2018年度編修理事 加藤 千幸[東京大学 教授]

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


2018年度(第96期)編修理事
加藤 千幸[東京大学 教授]


先々週から先週に掛けて、中国、カナダ、米国と3ヶ国の海外出張が続いた。中国では江蘇大学と清華大学を訪問し、流体機械の研究開発における日中韓の連携協力に関して先方のキーパーソンと協議してきた。中国は今、新幹線の延伸、水力発電所の建設、上下水道の整備など社会インフラへの投資が盛んである。2011年、中国で唯一のポンプ研究センター(NRCP: National Research Center of Pumps)が江蘇大学に設置され、ポンプのモデル開発や企業が開発したポンプの認定が行われている。清華大学でもポンプや水車の基礎研究や応用研究が盛んに行われている。研究テーマに関して何ら迷うことなく、社会インフラ整備に貢献する研究開発が盛んに大学で行われているように見えた。日本の機械工学も昔はもっと産業と直結していたのだと思う。

中国から帰国した翌週、モントリオールで開催された米国機械学会流体工学部門の講演会(ASME FED-SM2018)に参加した。昨年度からASME FED-SMはトラック制という新しいシステムを導入し、乱立気味であったシンポジウムやフォーラムを統廃合しようとしている。ただ、多い時には800件以上あった論文発表件数が今年度は300件程度しかなく、活気に欠いていた。特に、企業の展示ブースが1つしかなかったことが印象的だった。本会でも現在、部門の再編が検討されている。カバーする分野の大きさは違うが同じような隘路に立たされているような気がする。

カナダから帰国した翌週、ニューヨークで開催された世界計算力学連合会議(World Congress of Computational Mechanics 2018、WCCM2018)に参加してきた。ニューヨーク・ブロードウエイのど真ん中のタイムズスクエアの直ぐ隣にある、マリオットホテルの4階から9階を貸し切って開催された。主催者に確認したわけではないが会議の参加者数は5,000人を超えているとのことであった。こちらは非常に活気があった。ただ、実際の産業との接点はやや希薄に感じられた。

中国に発つ前々日に日本機械学会の合宿理事会に参加した。最近の理事会の最も重要な検討課題は会員数の減少、特に、企業会員の減少に如何にして歯止めを掛けるかである。1995年のピーク時には4万5千人を超えていた会員数(学生員、特別員等を含む)は2017年には3万5千人に減っている。特に、この15年近くの間、企業会員数が毎年500人程度コンスタントに減っており、2002年には2万人を超えていた企業会員数が昨年度は1万3千人に減っている。合宿理事会でも相当長い時間を掛けてどうしたらいいのか議論するのであるが、これといった決定打が打てていない。そもそも企業会員が減り続けている本当の理由が良くわかってない。

日本機械学会と同じような規模の工学系の学協会として、公益社団法人自動車技術会がある。自動車技術会の会員数は5万人を超えていて、しかも、増え続けている。日本機械学会のある会議で、「自動車関係の会議は機械学会では取り挙げないで、自動車技術会の講演会に集約して欲しい。その方が企業からの参加者にとっては利便性が上がる。」という発言を聞いた。企業会員の本音が現れた発言だと思う。日本機械学会、延いては、機械工学はもう要らないのだろうか、という不安が一瞬脳裏を過る。

故笠木伸英先生(2006年度、84期本会会長)が中心になって、10年ほど前に日本学術会議で、「人と社会を支える機械工学に向けて」という報告が纏められた。小生は微力ながら幹事としてこの報告書の取り纏めに協力させていただいた。2007年1月29日に第1回目の委員会(第1回機械工学委員会機械工学ディシプリン分科会)が開催され、かなりの難産の末、2009年7月14日に日本学術会議のホームページに最終報告がアップされた。この報告は8つの骨子からなっているが、その中でも最も重要と考えるポイントを原文のまま引用する。「機械工学は、4力学を中心としたアナリシス(縦糸)の学術コア、設計・生産工学などのシンセシス(横糸)で構成される学術コアが相互に織りなして構成するディシプリンの上に、さらに多彩な応用技術(人工物の科学)が重層されるという特有な知の構造を成しており、ディシプリンの発展性と共に優れた総合性が認められる。従って、機械工学コミュニティーは、機械工学の特有の知の構造に起因する特性を最大限に生かして、『知の統合』を先導する役割を果たせるよう、率先して活動していくべきである。」とある。

「縦糸と横糸が織りなす特有の知の構造を生かして『知の統合』をする」には具体的にどうしたらいいのか? 報告を纏めてから10年近く経った今、改めてそのことを考えてみた。縦糸、横糸、それぞれの学術コアの深堀りも重要である。ただ、今や1本の縦糸や1本の横糸だけではものはつくれない。機械工学にはいくつかの縦糸と横糸があり、全体として、広範な人工物をカバーする工学ディシプリンを形成している。縦糸と横糸の接点をより強固にして、二つの糸を紡いでいくことで、「人と社会を支える」新しい機械工学の基盤が創造できるのではないかという思いに至った。