一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.175 Society5.0時代には“プロトタイピングと気づき”を大切に
2018年度会長 佐々木 直哉[(株)日立製作所 技師長]

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


2018年度(第96期)会長
佐々木 直哉[(株)日立製作所 技師長]


今、世の中ではAIや機械学習、ビッグデータ、量子コンピュータ、ロボティクス、IoTなどの新しい革新的技術が実用化されており、それらを活用することで、新たなものづくりやサービスが色々検討されています。しかしながら、製品やシステム、サービスの価値を事前に予測して、向上させることはいつでも非常に難しく、最適な方法というものがあるのだろうか・・? と考えさせられます。また、表現は微妙ですが、現在の価値は未来が与えているようにも思えます。

価値の判断とはどういうものだろうか? 製品で言えば、その製品自体の内的な要因としての性能や機能、使い勝手、デザイン、世の中に提供する新たな意味、また、外的な要因としては、使われ方、世の中の評価や噂などの環境、その製品ものづくりプロセスの背後にある歴史や物語、地域性、製造者の哲学などは、ユーザから見れば魅力の一つと言えます。このように、価値を左右する因子は非常に数多く、多様で、多くは潜在的になります。

Society5.0時代では、サイバーフィジカル空間において潜在価値も含めた様々なニーズに柔軟に対応できるものづくりが期待されていると考えられます。このような背景から、これからの価値を設計するものづくりプロセスの上流では、サイバー空間を中心に、フィジカル空間から得られた情報を元に、従来の設計手法だけでなく、AIやシミュレーション、データ活用、さらに今後重要と思われる広義のデザインという考え方も含め、色々な手法や技術を駆使した総合工学としての価値設計の考え方を構築していく必要があるように思われます。また、AI中心のデータ駆動による相関分析的な考え方とシミュレーションと計測を中心とする深い現象理解という考え方の良いバランスがサイバーフィジカルモデルにとって重要だと考えられます。

一方、フィジカル空間においては、ものに触ったり使ったりという多様な体験プロセスが重要になり、上流で新しい価値を検討することと並行して、それを仮に具現化した試作品を提供して、そこからの体験を素早くフィードバックすることも大事になります。

私事ですが、幸運にも、国関係でプロジェクトの中の一つのテーマをとりまとめる機会を持つことができ、これまで5年の間、大学や国研、公設試、企業の方々と連携して、高付加価値なものづくりを実現するための3D造形技術や表面処理・加工技術、最適化設計などの設計生産技術の開発を行ってきました[1]。その過程で感じたことは、基礎研究段階の革新的な技術を最終的に実用化まで持っていくためには、解決すべき課題や調整は多いのですが、プロトタイピングという手法と、それを実行する体制として、多くの研究テーマ間での連携を積極的に行い、大学や企業、公設試等の多様なプレーヤーが、人や技術の情報共有、公開を行うことがとても有効であるということです。

とかく研究者は完成度合いを確実に見極めてから使ってもらうようなやり方が多いようですが、そうではなく、開発技術の完成度がある程度途中のプロトタイプ段階で、早めに多様なユーザに使ってもらい、早い段階で、実現場での使用課題や技術目標の予想との違いに気づくプロセスが、価値の探索に効果的に作用するようです。また、自分のテーマの中の関係者だけで研究、技術開発を推進するのではなく、他の研究テーマのやり方や方法論を参考にしながら進める方が、色々な発見や気づき、啓発ができるようです。すなわち、共通して言えることは、如何に多くの「プロトタイピング」と「気づき」ができるのかが、新しい価値の設計には大切だと思われます。

以後、話は脱線しますが、特に「気づき」を誘発する方法として、アナロジーや喩えなどは有効と思われますので、ここでは、喩えというものに視点をあて、最近読んだ本からいくつか咀嚼してこのことについて少し考えてみました[2]。

混沌とした環境を前に人間は、まず自らにとって意味のあるものとそうでないもの、というように外界を分節して仕分け(カテゴリー化)し、つなぎ(シンタックス化)、意味のネットワークを構築し、くらべて(アナロジー)、うつし(マッピング)、まとめる(カテゴリーの統合と分解)という認知活動を繰り広げます。そのなかで、「喩え」の運動は思考の運動であり、考えるメカニズムの一つと考えられます。「喩え」は主に、3種類に分類され、換喩(メトニミー)、隠喩(メタファー)、提喩(シネクドキ)といわれています。

特に、隠喩(メタファー)は類似関係にもとづく比喩表現であり、思考構造の本質であり、ある種の事柄を別の種類の事柄からの見地で理解することです。よく経験することですが、ある現象のメカニズムがなかなかとらえられない時に、何か他の事を引き合いに出して考えるといいアイデアが思いつく場合があります。他の出来事を引き合いに出さないとなかなか理解できない事が世の中には多いと言えます。また、思考ステップの一つに推論プロセスがあるが、これも喩えと関係します。哲学者パースの区分では、推論形式は1)演繹、2)帰納、3)アブダクションの三つに分かれ、演繹が提喩的、帰納が隠喩的、アブダクションが換喩的な思考と関連するらしいです。

アブダクションは特に仮説発見手法です。ここでも喩えで表現すると、(ⅰ)「仕事が上手く行かない日がある」という事実、(ⅱ)「雨の日はこれが多く発生するようだ」という推測、ここから仮説として、(ⅲ)「雨の日は仕事が上手くいかない」を導出する、という形態となる。アブダクションは観察された事実の集合から出発し、それらの事実についての最も尤もらしい、ないしは最良の説明へと推論します。失敗の原因を探ったり、仮説を形成したりすることにも応用できると考えられます。思考はアブダクションに始まり、仮説を演繹して、帰納的に実証することで完成を見ます。より充実した、中身の深い思考には多くのアブダクションを起こさせることが効果的と言えます。

ただし、私たちは、慣習化された思考の世界に生きていて普遍的なものの見方や考え方に慣れているため、特殊な文脈や状況を考えて見る発見的な思考が働かなくなり、ユニークな発想ができ難くなっている恐れがあります。逆に、相対的に特殊な状況しか経験がない場合は、普遍的な見方を思いつかないことも多いようです。

心理学者のピアジェが言うところでは、思考の発達は主体の認知構造が外界との関係で質的に変化することであるとのことです。言葉の枠を少し外れて、身体に基づき外界(人やモノ)と積極的に対話して、現象の中に深く入り込むことを忘れてはいけないと思います。

これからの複雑な現実の多様性を科学や工学は統一的に把握しようとしますが、まだまだ理解できない点が多くあり、喩え的な理解が思考の豊かさ、気づきを作り、カバーしてくれるのではと思います。

日頃から思考の硬直化をいろいろな手法で点検することが、これからのSociety5.0時代には大切ではないでしょうか。


参考文献
[1] http://www.sip-monozukuri.jp/ 、https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/
[2] 井崎正敏(2008)『<考える>とはどういうことか?』洋泉社