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2018/1 Vol.121

【表紙の絵】
「心ウキウキゆかいな
メロディーメーカー」
吉川 知里 さん(当時9 歳)

前にテレビで見た“日本の町工場で作られたネジや部品が世界で使われている”という話をきっかけに考えていた機械です。
ドアの開閉の力で歯車が動き、その時その気分にあった音楽が流れてきます。
朝は1 日を元気に過ごせるようなやる気の出る音楽、夜は1 日の疲れをとってくれる優しい音楽、
悲しいことがあった時は、なぐさめてくれます。
荷物やお手紙が届くとお知らせチャイムが流れます。

バックナンバー

特集 新たな価値創造のために ~女性活躍と多様性の推進~

ソルトレイクシティでの大学生活と子育てを通して

金子 暁子(筑波大学)

図1 ユタ大学のロゴ「U」と大学図書館

はじめに

渡米のきっかけ

2016年11月から2017年8月までの10 か月間、米国ユタ州ソルトレイクシティにあるユタ大学(University of Utah)(1) のDepartment of Mechanical Engineering にResearch Scholarとして滞在する機会を得た。きっかけは夫の1年間のソルトレイクシティへの海外赴任であった。同行するかしないか? 同行するとしたら大学での仕事はどうするのか? 赴任先に受け入れてくれる研究機関があるのか? 保育園児の子供たちは帰国後再び保育園に戻れるのか? さまざまな課題がある中で、家族で同行する決断をし、10 か月間過ごすことになった。ここでは異国での大学生活や子育てを通して見聞きした一部を記したい。

課題は山積み、でも行きたい。そのような気持ちだったので、早い段階で上長に相談した。ソルトレイクシティにはユタ大学があることから、大学のサバティカル制度を利用しユタ大学に在籍することを決めた。懸念材料の中にはDepartment of Mechanical Engineering に筆者が専門とする混相流に関する研究者がいないことがあった。悩んだ末、DepartmentのChairにメールで事情を説明したところ、幸いにも返信があった。伝熱関係の教員を紹介して下さり、Prof. Keunhan (Kay) Park の研究室にお世話になることが決まった。いざ、ソルトレイクシティへ。

大学での生活

ユタ大学工学部機械工学科

ユタ大学はソルトレイクシティ東部に位置する州立大学であり、1850年にブリガム・ヤングが中心となり設立された。現在は学生数約3万人で、医学、化学、人文科学、経済学、教育学、工学、芸術等の学部を有す総合大学である。大学全体における女子学生の比率は46%となる。機械工学科においては約12%であり、日本の平均的な数字と比較すると高い印象である。教員は全38名中9名が女性であり、筆者がこれまでに経験してきた研究機関における女性研究者の割合と比較すると圧倒的に高い。学科としても若い教員を積極的に採用している印象を受けた。

 

図2 筆者の在籍していた工学部機械工学科のRio Tinto Kennecott Building

 

Women in Mechanical Engineering Luncheon

Department では長期休み以外の期間は毎月1度、卒業生である女性研究者、技術者を招き、女子学生との昼食会が開催され、筆者も何度か参加した。ちなみに昼食のメニューはサンドイッチとサラダ、ピザやチャイニーズであり、近所のカフェからケータリングされる。もちろん費用は大学負担である。

筆者が参加したある日はNASA の土星探査機CassiniのマネージャーであるJulie Webster 氏がゲストであった。Webster 氏は化学工学と機械工学を学んだ自身の経験や現在の仕事を語り、基礎学力がいかに重要かを学生に説いた。その後、大学生活で苦労していることがあるか等フランクに話している最中、一人の女子学生が目に涙をためながら話を始めた。筆者の英語力では多くを理解はできなかったが、ジェンダーの垣根が日本より低いと考えていたアメリカで苦悩する女子学生がいる事実が印象深かった。

別のある日は機械工学を学び、電力会社に勤める女性エンジニアがゲストであった。彼女は未就学児2人を抱える母親で、私生活と仕事のバランスについて話した。その中で、世の中にあふれる便利なツールを上手に使うことが子育てをしながら仕事を続ける秘訣であると語った。ここでいうツールとはE メールやSkype 等の通信手段である。彼女はこれらツールを駆使して在宅勤務を上手く取り入れているようであった。事実、筆者も滞在中の学生指導や研究相談ではSkypeを多用し、改めて発達した通信ツールの便利さを実感した。

ソルトレイクシティでの子育て

保育園事情

ソルトレイクシティは宗教都市であることもあり、米国内でも安全な土地の一つである。その中で本当に安心して子育てをすることができた。

日本で保育園に通っていた子供たちは大学が持つKindergartenの一つに入園した。ユタ大学には数か所託児施設があり、各施設が特徴のある教育方針に基づいて運営され、大学関係者に提供されている。ナニーの斡旋も行っているようである。託児施設は学内外に拠らず総じて利用料が高いうえ、必ずしも日本の保育園のように週5日朝から夕方まで保育してくれるとは限らず、園によっては週3日や午前あるいは午後のみ運営されている。また、乳児から入園できる園でも定員はいっぱいで、Waiting List に名を連ねて空きを待つ状況である。幸いにも日本の幼稚園のような教育をしてくれ、しかも朝食(登園が早い子供のため)、ランチ、おやつを提供してくれて18時まで預かってくれるという園に空きがあり、子供たちはそこに入園することとなった。ケアの質は授業料に比例することを納得のうえで入園させた。ちなみにシリコンバレーの某IT 企業内託児施設の利用料は1,200ドル/ 月を下らないとのこと。それよりは安かったことを記しておく。利用料の高さはほとんどの託児施設が私営であり、行政の補助等がないことが一因である。

学内には夫婦でサバティカル等で滞在している研究者もおり、彼らも子供を託児施設に預けることを検討していた。しかし、その費用の高さから親を呼び寄せ育児を託すカップルもいた。しみじみと日本の保育料の低さを実感した。

 

図3 託児施設での野外パーティーの様子

「もしも……」の話

もしも、今回のような夫の海外赴任がなかった場合、筆者自身が在外研究を自ら計画し渡航する可能性はあっただろうかと考える。我が家では以前からどちらかが海外赴任の可能性があった場合はその機会を生かしたい、という話題は出ていたものの、筆者自身が単身赴任するか、夫が休職するのか、子供たちは連れていくのか、連れていったとして家族は問題なく生活することができるのか、懸念されることは山積みであり答えを出せないでいた。

その「もしも……」の話である。具体的に、住居の契約、車の購入、運転免許の取得、子供の教育環境の整備等を、子供がいる状態で全て一人で行うことは極めて困難であることは容易に予想される。おそらく、まずは単身で生活基盤を整える、あるいは夫、身内等の協力を得て基盤を整えて、初めて子供を連れて生活することができるであろう。乗り越えなければならない山は高くみえる。これまでの筆者であれば、考え込んでずるずるとどこにも行けないまま、そんな事態に悶々としていたかもしれない。

帰国した今、環境に恵まれた渡米であったことを心底実感するとともに、山の高さを考慮しても、尻込みしていた自分に、そしてこれからの自分に言いたい。少しでも可能性があるのならば、一歩踏み出してみるのも一興と。山は高くてもどこかに解決策があり、山の斜面を引っ張り上げてくれる手が差し伸べられるかもしれない。どんな人生が正解かは誰にもわからないのだから、そこには今の最善を尽くす価値があるのではないだろうか。

おわりに

今回、夫の海外赴任に背中を押してもらうことで、とても貴重な経験をすることができた。体験したこと、考えたことの一部を徒然に書いたが、少しでも女子学生、女性研究者、技術者の皆様の今後の研究生活のヒントになれば幸いである。

最後に、今回の米国滞在を許可して下さり、学生指導、授業、学内業務において多大なご協力を賜りました筑波大学関係の教員、職員の皆様に心から感謝を申し上げる。


参考文献:
(1)ユタ大学ホームページ, ユタ大学 http://www.utah.edu/( 参照日2017年11月11日)


 

<正員>

金子 暁子
◎筑波大学 システム情報系 准教授
◎専門:混相流工学、混相流計測

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