一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.171 過去現在未来そして機械学会

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


2018年度(第96期)庶務理事
大竹 尚登[東京工業大学 教授]


1.追憶

小学校時代の校長先生の挨拶をご記憶の方はいらっしゃるでしょうか。私はほとんど覚えていないのですが,鮮明に記憶している話がひとつあります。小学3年生のときの校長先生(お名前は忘却の彼方です。すみません)曰く,“みんなは自転車に乗れるようになったかもしれません。自転車のタイヤを見ましたか?自転車のタイヤはとても細いですよね,だから車輪の幅だけ道があれば前に進めるはずなのですけれど,道の幅はそれよりずっと広いですね。そう。前に進むには道幅に余裕がいるのです。” 記憶はここまでで,この先に校長先生が小学生を前に何を言わんとしていたか定かではないのですが,今の私にとっては,知識の幅を持ってほしい,人間としての寛容性を養ってほしい,社会システムの受容性を担保してほしいといった様々な捉え方の出来る名言です。

2.現在

45年程前の小学校時代に,今の科学技術の進歩を想像することは出来ませんでしたが,その時に描いていた未来の印象は,今の社会よりずっと明るく,やりたいことの出来る未来でした。大学もまた然りで,美術館で絵画をぼんやりと鑑賞しながら次の研究テーマを考えるといった時代は遠い昔になり,申請書と評価書を書き,メールをチェックすることで汲々となっている教員も少なくありません。昭和40年代と比較して断然便利になっている現代社会において一体何が不足しているのか。それは「余裕」だと私は思います。もっとも余裕のないのは国の財政で,その赤字が我が国における種々の疲弊事象の根本原因になっていると思います。時間の余裕も失われています。昔は手紙で緩やかにキャッチボールしていた意思伝達手段がe-mailになって,卓球の高速ラリーの様相を呈し,文章を推敲するよりはとにかく返事を返しなさい,内容が相手に伝われば良いのだから本文は短い方が好ましいのですというご説を生むこととなります。この説にも迅速な案件処理の観点から一理はありますが,初雪の便りなどを無機的な文章に挿入した心憎いメールを読むと,読んだ私自身も救われた気持ちになります。メールの中の余裕,特に自然現象を言語化したフレーズが,心を豊かにするのでしょう。そして,3つ目を挙げるとすれば「気持ちの余裕」です。カナダのトレドー首相が今年のダボス会議で述べた“今ほど変化のペースが早い時代は過去になかった。だが今後,今ほど変化が遅い時代も二度と来ないだろう。”の言に,私は衝撃を受けました。我々が如何に気持ちの余裕のない状態に置かれているかを明快に示した至言です。ここ数十年でDNAが変わった訳でもない我々が,急速な変化により余裕を失いつつある現在,我々はどう未来に向き合ったら良いのでしょうか。

3.未来そして機械学会

変化のペースが早い中で未来と向き合うために,まず我々の姿勢として,未来などわからないと言い切らずに,豊かな未来を描く努力をし続けることが大切です。ここ数年,CRDSを始めとする政府機関1)だけでなく,民間企業において未来社会の分析と提示に努力が払われている2)3)のも,同じ問題意識だと感じています。目先の変化を見て追随し続けると,組織も個人も振り回されて疲弊します。社会の未来像を描き,その到達目標から駆動する形で,未来社会中に自身の役割を位置づけていく前向きな思考こそが,心に余裕を生む源になります。

これは学術界でも同様です。本コラムでも,加藤理事から日本学術会議の纏めた「人と社会を支える機械工学に向けて4)」が紹介されており,その提言中には「機械工学は対象を選ばず、広範な技術の基盤を創造する役割を果たし、さらには社会のための科学技術の方向性を常に牽引し得る特性を有している。」と記されています。本学会は,機械エンジニアの団体5)として,若い機械エンジニア達の未来を担う責務を有しています。未来社会の中で機械工学がどのような役割を果たし,機械エンジニアに何を期待するのかを考え,発信し続けることは,本学会にとって重要な使命だと考えます。例えば,技術ロードマップ委員会の活動を基礎としつつ他学会の視点も入れて,学術分野の発展と製品技術の発展を未来社会像(例えば全ての車が自動運転の社会)からのバックキャストで描くのは魅力的な取組です。

最後に,今夏の異常気象,台風と地震により被災された方々に心からお見舞い申し上げます。


参考文献
1) JST研究開発戦略センター(CRDS):研究開発の俯瞰報告書,https://www.jst.go.jp/crds/report/report02/index.html
2) 博報堂の例,https://seikatsusoken.jp/futuretimeline/
3) トヨタ自動車の例,https://openroad-project.com/innovationreview/post_1109/
4) 日本学術会議機械工学委員会機械工学ディシプリン分科会報告:http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h79.pdf, (2009)
5) 岸本喜久雄:本コラムNo.154 ,Engineeringは工学,Engineerは工学者? https://www.jsme.or.jp/publication/column/2017-01/